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『山岳部大全』(1996)について。

国分寺燕稜会の原点、または萌芽と言えるのが『山岳部大全』(1996)です。
『山岳部大全』(1996)は本会の副代表であるコスガ(24回生)が編集責任、代表のKota(23回生)が発行者となり、1996年に国分寺高校山岳部四半世紀の活動記録と、各世代の部員や顧問の先生より寄稿された文章やイラストをまとめた文集です。

    文集を編むという期間限定の活動でしたが、過去行われた懇親会形式の同窓会を除けば、卒部生を学年を超えて縦に繋ぐ組織的な活動はこれが最後、その後は目立ったOBOG会活動はありませんでした。

     1996年といえば、コスガもKotaもまだ大学生で、Kotaは発行者となっていますが、当時Kotaが在学していた大学生協のプリント・オン・デマンド・センターで印刷製本依頼を担当したことにより、Kotaは発行者におさまったわけです。コスガの「あとがき」によると、Kotaやもう一人の副代表のほり(25回生)は、あちこちの山に行ってしまってとんと捕まらず、ついにほりの才気ある文章が載せられなかったとのこと。それでも、コスガの獅子奮迅の働きにより25年の記録をまとめ、国分寺高校山岳部史の岩壁にハーケンのように打ち込んだのです。この文集は、寄稿した諸先輩・後輩・顧問の分のみ限定発行されたので、持っている方、内容を閲覧できる方が限られていました。

    そこで、燕稜会の活動プロジェクトの一つとして、『山岳部大全』(1996)のうち、1969年〜1997年までの活動記録と思い出のエピソード(コスガ著)をnote上で公開・発信し、アーカイブ化します。なお昨今のWeb事情から個人情報に配慮した改変をおこないます。
順次公開していきますので、卒部生、現役部員の皆さんに読んでもらえると嬉しいです。また山岳と登山を愛するすべての皆様の目に止まることがあれば幸いです。

※現在、『山岳部大全』の一部がWeb上に公開され閲覧できる状態にあるのを本会として把握しております。しかし、それらは編集責任 小菅聡一郎・発行者 田上幸太が公開したものではありません。当該HPの管理者について心当たりのある方はお知らせください。なお、『山岳部大全』(1996)の公開については、燕稜会noteによる発信が唯一公式のものとなります。ご理解のほどよろしくお願いいたします。
【国分寺燕稜会問い合わせ先】enryokai.kac1971@gmail.com


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