知らない世界にふれてみる
この本は私が大学1年生のとき、絶望感に苛まれる状況に追い込まれた際に、先輩から無言で渡されたものでした。
この本は、筆者が奥さんと一緒に1年6ヵ月の間、世界を放浪して、目にしたものをデジカメで撮り、現地の人たちをコミュニケーションをとり、体験したことをしたためたものとまとめたエッセイ本です。
特に目的を持ったものではなく、世界に飛び出すには「今しかない」と思って旅に出たというもの。
今回の言葉はインド カルカッタ(現在はコルカタ)で、「孤児の家」と呼ばれる施設に行き、故マザー・テレサが行ってきた活動の手伝いをしたときのこと。そこにいる孤児たちとコミュニケーションをとっている中で綴った言葉です。なかなかもらえないクッキーを手に入れたら、ふつうは1枚全部自分で食べるところ、孤児たちは半分に割って著者に分けてくれたと。
自分はそんなことできるのか。
日本で普通の生活をして、クッキーを不自由なく食べることができるのに、半分分けてあげることをしないかもしれない。
この本の中で最も考えさせられる印象的な部分のひとつです。
絶望感しかなかった私は、これまで見聞きしたことのない世界各地域でのできごとをこの本を通じて知ることで、「こんな世界があったんだ!」「自分は狭い範囲でしか行動して来なくて、ちっぽけなことで悩んでいたんだな」と、大きな扉が開くような感覚をもったことを今でも鮮明に覚えています。
何かに行き詰まったり、どうしようもなく悩んだり、将来が見えなくなったりしたときに、これまで触れてこなかった世界、分野に触れてみる、そこに行くつもりで歴史や習慣などを研究してみる。
その際、今現在の悩みは考えず、無心でやってみる。
焦らずゆっくりやってみる。
結果、何も残らないものだとしても、無心でやることに意味がある。
知らない世界に触れてみた結果、何か解放されるような感覚を覚えることができたら、その世界に飛び込んでみるのもいいかもしれません。
私の場合、大学生でこの本を読んだときに旅に出ました。
適応障害になって、この本を新たに1冊買って、娘に黙って渡しました。
こっそり読んでは気分を開放しています。
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