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詩) 徒歩

   徒歩

とりわけて晴れの日が少ない、というわけではない
とりわけて心躍る時が少ない、というわけではない



朝露に濡れた板道を森へ森へと歩いて
私は自らの生命を分け与えることを想っている

寂とした、凛とした、朝の影の色、その濃さ
平坦な草原から谷間の奥へと続く小径(こみち)

ああ、蜜を求めて群がる蜂たちは
どこからともなく季節を呼び寄せてくる

   かつて、生命の価値を明度によってのみ測り
   利益や効率のみを知恵に追求させていた―――
   そして、その挙句に、変質した老廃物に埋れ
   孤独や絶望を罪悪として恐怖し
   ひたすら己の尻尾を追いかけ回していた

あらゆる者たちが無言で寄与しているように見え
あらゆる者たちが、同時に無関心であるようにも見える

足下に咲く点々とした花々は、吹きだした風に
小刻みにふるえ、賑やかにさんざめいている

森の彼方に見える山並みは空の青さを映し
壁となって季節風から水を得る

   都市の中に自律を見出すことは難しい
   依存の連環という脆さと同時に
   それ故に安定であるとの錯覚
   搾取していることを意識することなく
   枯渇の危険を感じることもない

不安を孕んだ無風の安逸の中から這い出し
規格化された無数の商品の陳列棚を蹴飛ばし―――

無防備な蛹として大気に身を預け
再生するために自我を溶解させる

この身に蓄えられた力と、そして知
それのみをもって創造すること―――

   退化してゆく生命機能を守るため
   次々と防御システムを増殖させ
   同時に生命体の生命体たる根源を啜らせてやる
   その息苦しさに喘ぐ者は
   生命そのものを残忍に狙う野獣となるのだ

水辺に憩っていた者たちが一斉に飛び立つ
人々、という輪は、ここにはない、と知る

聞こえている葉擦れとは少し違う声が
目を閉じると、遥か彼方から届く

私はそれを胸の奥深くへと導き、刻み込む
それ故に切り拓かなければならないものを知っている

   自己という対岸へ渡るため
   売り渡した意思に媚を売る
   何度も、何度も、何度でも
   法外な利子の付いた借用書を書き続ける
   血走った目で

たとえそれが灼熱の高温であるとしても
手に取らなければならない

この身を貫き通すわななきが意味するもの―――
お前はそれを知ることなどできないのだ

森の中に射し込む陽光の、散乱することのない透明さ
独りではない、と私をして呟かせる透明さ

   事実の殻だけを積み上げ
   それをひたすら解析し
   未来を導き出す
   その背後に追いやられたもの
   哀れ、それが現在の意思の姿

私が戻らなければならないのは明白だ
あの森を越え、山脈を超え、そして川を下る

冷ややかで、しかも気前のよいお前たち・・・
そこから多くのものを得ることだろう

しかし、いかにこの腕の中に抱きしめても
どのようにしても、奪い去られてゆく―――

そのことを哀しむことはない
が、しかし、とめどなく涙が溢れてくる

「何のために、そして、何故に」
そのような問いは無意味なのだから

   *

とりわけて晴れの日が少ない、というわけではない
とりわけて心躍る時が少ない、というわけではない

ただ、今日は抜けるような青空が
私を吸い寄せてゆく

          (2009.1.17)

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