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(小説)solec 1-5「ソレク平和維持隊」

 いつの間に寝てしまったのだろう。枕元のPPCで時間を見ると既に午前6時を過ぎていた。

あぁ、あの子はやはり、バスの停留所で待っていただろうか。昨日のことで立腹して行かないならともかく、ただ単純に寝坊をしたということが情けなかった。

まだ、待っているだろうか。想像して、まだあの子がいるような気がした。外は静かだ。オレンブルクの朝は遅い。ソレクではありえないことだ。PPCがオフラインのままだ。オフラインになる前に着信があったようで、音声データが残っているので再生する。

「安藤さん!安藤さん!街は出たか?無事か?無事なら連絡をよこしなさい。まだ街を出ていないようなら、すぐにその端末からエマージェンシーシグナルを出して救助を要請しなさい。ソレクの人間なら優先されるはずだ!とにかく連絡をくれ!・・・。」

室長の声だ。

簡単な化粧と冷蔵庫の中に支給されたサンドイッチを食べ、出発の準備をして、彼女の言ったアトーデ行きのバス停へ出かける。

頭が重い。今朝から続くこの頭痛は一体なんだろう。景色が白くぼやけ、足下がふらふらする。彼女がもしバス停でまっていたとしても、今日はキャンセルしよう。昨日、泣きながら歩いた回廊は案外広く、人は誰もいない。回廊から見える高層ビルディングは白い靄と響き合って幻想的だ。

 駅に着くと頭痛は増々ひどくなった。そうして、ようやく異常に気がついた。駅には人が少なく、次第に狭くなる視野の先のあちこちで、ひとが倒れていた。ガラス張りの天井に映し出される「警報」の文字。目よりも鈍くなった耳にかすかに届くサイレンと銃声。不思議なことに悲鳴は聞こえてこない。いまさら帰ることも逃げることもできない。そのまま、ふらふらとバス停に着いたところで、意識が遠のいた。


 「ロメオ隊は西側に展開、ニコラとジャック両突入班は駅南側の中央ターミナル屋上にヘリボンで降ろす。突入はこちらの合図で行う。」

「駅には多数の要救助者が取り残されている。犯行グループはやはり「赤丸」だ。駅だけでも30〜40。」

「狙撃チームが動けない。人、人、人、どこも避難民だらけだ。」

オレンブルクの人口は2400万人、ガスは市内のあちこちでバラまかれていた。また、オレンブルク市北部に位置するソレク軍基地はすべての門を閉じているため、避難民の流れは東西に流れるメインストリートに集中し、交通は滞った。さらに、ラッシュ時を襲われたため、路上に放置された自動車や自転車はさらに避難を遅らせた。

 「了解。たった今作戦の指揮権が軍に移った。これより維持隊は軍の指示で動くように。」

「軍」とはソレク軍のことである。ソレクには3つの保安組織がある。それぞれ軍備や強制力が異なるそれにより役割も大きく異なる。まず一般に通常犯罪の取り締まりなどを行うのが「ソレク警察」。次に、発展途上地域や準ソレク連合加盟地域、敵対国との干渉地域などソレク警察ではカバーしきれない部分を覆う。警察能力のみならず医療、水準教育(ソレクでは教育に二段階設けている。義務教育と大学教育のようなもの。)、消防、平和的政治の建設支援、各種インフラ提供などの公共サービスを提供している。簡単に言えば、世界的社会主義連合であるソレク連合に加盟させるための下準備をするのが仕事である。

それが、「ソレク平和維持隊」。

そして最後に、今回のような大規模な事件や事故、災害、戦争行為に対して応急的に設立されるのが、「ソレク軍」である。(故に常備軍でない。)

「おいでなすったぜ。」

ソレク軍所属ミル24k「スーパーハインド」が巨大なタンデムローターを回しながら中央ターミナルの屋上で待機するニコラ班の上空を通過する。急激なダウンウォッシュで弾き飛ばされそうになるのを堪えて、目の前に来たスーパーハインドの操縦席を確認すると、やはり無人である。班長職であるのに恥ずかしながらニコラにとって、ソレク軍を見るのはこれが初めてのこと。知ってはいたが、やはり無人。感想のひとつも漏らしたくなる。

「直ちに投降しなさい。我々はキサマらを蹴散らす用意がある。」スーパーハインドは拡声器を使い無機質な暴言を吐く。ニコラもソレクのやり方は知っていたが、

これにはげんなりした。それからは、要救助者のことはなるべく考えないようにした。はじまる。

「来たぞ!」副長が叫ぶ。これは初陣だったかな。見降ろすと吹き抜けの一番下、地下一階からアサルトライフルを振り回す3人組が出てきた。

パラパラとスーパーハインド目がけて撃ってくる。チャッチャと音を立てて屋上のガラスがいくつか割れる。当たる訳ねぇだろ。

「伏せてろ!」今の今まで目の前にいたスーパーハインドがもう駅の東側の端まで言ったかと思うと尻をくいっと持ち上げて、こちらへ急接近、その下にぶら下げた30mm機関砲を真下の彼らへ向ける。

その瞬間、ブーンという連射音とともに屋上にあるすべてのガラスが弾け飛んだ。自分たちは縁や室外機に隠れていたので平気だが、今のを食らった彼らはひとたまりもないだろう。続いて3階デッキから。

「移動する!」屋上から3階デッキを狙うにはこちら側から撃たねばない。薬莢が降ってくる。巻き添えを食わないよう東側へ移動する。移動中、3階デッキに老人と見られるふたりが倒れていたことは忘れることとする。

 避難すると、ぬっと下からスーパーハインドが顔を出し、視界良し!言わんばかりに機首を下げ、バルカン砲ではなく12連装の対戦車ロケット弾をシュッシュと発射する。爆音と共に建物全体が大きく揺さぶられる。倒壊するかと思った。

俺たちはいつ突入するのか。未だ連絡がない。ここから動くべきか、動くべきなんじゃないだろうか。

これが、ソレクのやり方だ。


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