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(小説)solec 3-1「部外者」

 滑らかなカーブを描くインテイクに大量の空気が吸い込まれる。双子のスクラムジェットエンジンはさらにストラットへの流入を増す。ソレクは9月中旬を越すと風向きが変わり、急激に気温が下がる。零下になることもある。そんな時、この広い格納庫を暖めるのはこの最新式のエンジンである。
「ほー。あったまってきた」
このエンジンの最大の特徴と言えるのは、30年前より開発が進められてきた水素・酸素混合燃料である。通常ロケット燃料として使用される液体燃料を航空機に搭載している。核融合発電でほぼ無尽蔵に作り出されるアラル海産の水素をたっぷり使って、格納庫の気温はすぐに20度を超えた。

「やぁ、おやっさん。もう暖房に火を入れたのかい?寒がりだな〜。」
僕は冗談まじりに隣に話しかける。おやっさんは「火じゃねぇよ。」とか言いながらこちらを向く。

「まぁな。こいつが行っちまうと、寒くなるな〜。」と、しみじみしている。
「明日の夜までには戻ってくるから、おやっさんは部屋でお抹茶でも飲んでてよ。」
「こいつにとっても、それが本望さ。」


 研究省連合局施設管理科ソレク軍統括本部ではすでに戦争が始まっていた。作戦プランナーたちの巣窟である第2作戦室は慌ただしい。

「ブロック12にハッキング。ブロック14の偽装もバレてますね・・。」
「大学のスパコンの支援は、まだかね?」
「遅いですねぇ。」
「トゥラーティ隊長。やつを銀行データで引っ掛けてやりましたよ!」
「部長だ。トゥラーティ部長、ね。いい加減軍隊式の呼び方、やめてね。ちょっと、これ。」
オフラインのはずの第13ブロックにアクセストレーサーが反応している。侵入されたということだ。やっちまったか?
「回線を物理的にシャットアウトしろ。」
作戦室中央に展開するホログラムディスプレイには13ブロックの侵入相手が表示される。
「すみません。13ブロックってどこですか?」

攻略対象が日本語なのでここにいる人間のほとんどは読めない。翻訳する必要もないので無視。機械翻訳は役に立たないことは既成の事実である。
「ぴ」
作戦プランが早速A列からC–1に切り替わる。 
一同、苦笑い



 「ロレンツォ!聞いて!。あたし、妊娠したの!」僕は、動揺を悟られないよう細心の注意を払い、演技する。
「そ、そいつはよかったな。彼氏さんには伝えたのかい?」
「もちろん伝えたわ。おかげさまで、あたし幸福だわ。」サンドウィッチを手に持ったまま僕は動揺してどうすることもできず、それを上下させている。

「そいつはよかった。」

 ダイアナは本当に不真面目で鈍感で、だけども本当に可愛い。だけれど僕は、つまりそういうことに関しては、疎いといか、そんなに興味もなかったし・・・つまりそういうことだ。彼女は僕のプラトニックな気持ちをわかってて、こんな話をわざわざ僕にするのだろうか?いや、そんな疑問は何度だってしたさ。その度、この世界のすべてに疑心暗鬼になる自分がいて。つまり僕はネガティブで。彼女はほんとに可愛くて。全く。それでもこうして作戦当日も彼女と一緒にいられることにうきうき満足している。

「なにボケーとしてるの?ロレンツォ?ちゃんとあたしの話聞いてる?でね、あたしは彼を犬を愛でるみたいにかわいがるの!そうすると彼はね〜。」

彼女の愉快な話と僕の現在進行形の失恋の記憶と、その相互を、ぼくは聞き流しながら、今夜の作戦を反芻する。ソレク軍ではない、「僕たちの作戦」が、もうそろそろ始まる頃だろう。

 天気は当然の嵐。巨大なうねりを掻き分け進む補給艦の列。大量の食料を乗せている。めざすは攻略後の東日本。彼らに先行するのは全長3㎞を超える滑走路を持つ多目的空母と護衛のための戦闘艦多数。これらが出航したのはカルタッタ基地と隣接する工業地帯である。カルタッタ基地はこの度、対東日戦用前前前線基地(つまりは後方支援)として使用されている。海上輸送以外にも昨日から前線基地へとトラック輸送で物資をひっきりなしに東へ送っている。戦車やAVFもトランスポーターを使って同時に送られている。その背景に飛ぶ輸送機。むしろこっちのほうが忙しい。カルタッタのこの空港は世界一の大きさを応急で誇らされたが、それらは輸送機に埋め尽くされて、きれいに整列した葉緑素のように見える。こうした大局はヴァーチャル化され、先ほどの第二作戦室のホログラムディスプレイに表示される。

 「いや〜。これ、みんな動いてるんだな〜って感じますよね。ほら、ここら辺とか!」

 部下が指したのは、輸送艦の5%が当日になって整備不良で動かず、急遽、作戦プランが切り替わり、自動車輸出用のフェリーを5隻、石油タンカー7隻、その他製造品加工品運搬用貨物船数十隻を補填に回したことだ。その光景を見て、まるで作戦が生きているかのように感じたのだろう。

 「うん。だけどプラトンを過信しないように気をつけるんだな。」トゥラーティ部長はうなずく。トゥラーティ部長の言う通り、実はソレク軍の作戦は人間の作戦プランナーたちとソレク大学で共同開発された「プラトン」という作戦計画支援システムなるコンピュータによって支えられている。つまり作戦当日彼ら作戦プランナーがやるべきことは「プラトン」が正常に動いているかを監視することだけである。だが、「プラトン」は天気予報と同じニューロネットワークを使用した確率演算システムである。多少の誤算はあれど、近似を取るようにできているし、作戦プランの大まかな枠組みはそもそも自分たち人間の作戦プランナーで作っているので、「プラトン」自ら導きだした結論が例えとんでもないものであろうと、作戦が立てられるはずがない。天気予報のようなものだ。なにしろ経験がものを言っている。ニューヨークのテロのときですら「プラトン」が停止したことはない。トゥラーティー部長が心配しているのは、そんなことではない。もし、「プラトン」が機能停止したときは作戦プランナーがその代わりを行わなければならないのだが、そうなった場合、ここの連中で手に負えるだろうかということが心配なのだ。まだ物理的な攻撃をしていない今ですら、予想外のハッキングを受けたブロック13(今は物理的にシャットダウンし、代わりを西アラルの加速器に隣接する演算センターが担っている。)、取り敢えず今は輸送船の緊急手配など様々な不確定要素が「プラトン」によって処理されている。ここの連中は自分も含め進行する作戦を見守るばかりで、まるで競馬でもしているみたいだ。

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