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(小説)solec 4-9「境界線」

 だけれど災難は、突然やってくるもので。

「ソレク警察の者です。なぜ来たか、わかりますね。」
「まさか、うちのお姉ちゃんが、破廉恥な真似をやらかしましたか?」
今度は複数人でやってきた。

「反乱団体への資金援助、不正入国者の報告義務放棄、利益目的の経営方針、非合法的貯蓄とその額の倫理的不正。」

「お姉ちゃん!なんか変な人来た!」

「あなたが経営者の安藤さんですか?」

「zzz・・・はい?」2階からあくびをして降りてくる。

「これは、警告です。今すぐにこのギャラリーを撤去しなさい。でないと資金の凍結とソレクへの強制帰国措置、ギャラリーの没収。受けることとなります。」

「あっそ。もうそろそろ来ると思ったわ。光栄ね。わかりました。帰って。他のお客様の邪魔でしょ。」
「では、警告ということで、次来るときは強制退去です。」

「お姉ちゃん、やばいよ。どうしよう。」
「うっさいわね。黙っててよ。」朝食がまずい。

「お姉ちゃん、またあの人たちに会いにいくの?」
「そうよ。警察が来たって伝えるわ。」

「私もいく。」言うと思った。
「あなたには関係ないわ。」

「戦うの?」そう。
「パリらしくね。」

「ダメだよ。」
「あんたは黙ってなさい。これは大人の事情なの。」

「私ももう大人だよ。」
「大人っていうのはね、・・・いいわ。」
立ち上がる。この子だけは守る。
絶対に巻き込まれるようなことがあってはならない。

「行かないで。一緒にいてくれるって言った。約束破るの?」
「・・・。こっち向いて。」彼女にキスをする。彼女はすぐに離す。

「ねぇ、何のキス?」彼女は俯いて口元を拭う。この声は苦手だ。
「行くね。」このひと、二度と戻ってこない。


「いやだ、そんなこと。それなら美術館なんていらない。帰ろうよ。」
誰にもなりたくない。どの立場にも立ちたくない。(自分の作り出した立場だとしても。)誰にも認識されないことは無理。寂しがり屋だから。でも、私はこの胸の内の不安定さをぶつけたくて蹴散らかしたくて、それだけでよかったのに。芸術家になるということがこれほどまでに苦痛を伴うとは思わなかった。あの頃は、もっと純粋に、生きたいように生きて、それだけでよかった。


「ソレクで、生活が保証されているほうが、よかった。」
お姉ちゃんの言い分はわかる。でも、私にとって、楽園は未だ健在だ。こんな廃墟と空しい澱みの中で生きてゆくのは嫌だ。


「どっちが空しいの?保証された生になんの意味があるの?あんたはソレクで芸術っていいながらめちゃくちゃなことしていたじゃない!」


「私は、アーキストという肩書きや立場が欲しかったんじゃない!仲間なんていらないし、生きる場所なんていらない!お姉ちゃんがそばにいてくれればいいの!それが私の居場所なの!」

「いい加減にしなさい!ソレクのぬるま湯がそんなに気持ちいい?生の保証くらい自分で持つべきだと思わないの?生きる場所が提供されているからって、自分がなんなのかわかんなくってるのよ!」

「自分が何者だっていいじゃない!そんなにプライドが大事?そっちこそ東京に行ってからおかしくなってんの自分で気がつかないの?」
「ちっ、世界の不平等に気がつこうともしない、見向きもしないことがどれだけ惨い結果を生むか、それを知らないあなたに言われたくないわ!」

「みんな幸せだわ!戦争を招いているのはあなたの方よ!あなたは革命家か何かになったつもりかもしれないけれど」
「真実さえ知らされずにモルモットのように育てられて何が幸せなの?現実から逃げてばかりの理想郷になんの価値があるの!?」

「あなたは日本人だから、そう思うのよ!」
言ってしまった。後悔した。もう遅かった。
「ごめん」

すっと張り詰めた空気が解けた。

お姉ちゃんは椅子をそっとテーブルにしまう。その動作に恐怖しい。

そして、ひとこと「ずっとそう思ってたんだ・・・。もう終わり。さよなら。」

「待って!」
追いかけようとしたが、金縛りが掛かったように動けなかった。

「ごめんなさい。そういうつもりじゃなくて。」
どんどん遠くなる。

「さよならなんて言わないで!」
もう終わりだとどこかで気がついた自分がいた。

「嫌・・・。」
最低だ。お姉ちゃんの言いたいことは痛いほどよくわかる。お姉ちゃんの痛みをよく知っていたから。だから、自分がどれほど最低なこと言ったのかは理解できている。どうしようもなくて、どうしようもなさ過ぎて。私が幼すぎるから?そんな言い訳で、どうにかなるわけではない。巻き戻せるものなら・・。

「・・・ごめんなさい。もうあんなこと言わないから。負けず嫌いでもあんなこと言うべきじゃなかった。でも、それでも、この世界の不条理をすべて背負い込んだようなあなたが気に入らないのよ!」

ぴたっと、お姉ちゃんの脚が止まった。

でも、次に続きるべき言葉が浮かばない。
//床の木目が気になって、目が回りそう。
もう。どうしたらいい?わかんないよ。嫌だよ。考え方は正反対だけど、いいパートナーとしてやっていけるとおもっていた。それを私は自分でぶちこわした。思えば、あのオレンブルクのテロの時からあのひとに人生動かされてばっかりだ。そんな思い出が走馬灯に流れる。涙の代わりに出た台詞は届かない。最後に出た言葉は自分でもよくわからなかった。


「責任取りなさいよ!」
お姉ちゃんがつぶやくとふいっと振り返る。こちらへむかって歩き出す。真顔。あれ。通じた?戻ってくるの?・・・

ひゃっぐ。2、3m先まで近づいた時、彼女は助走をつけて、私をビンタした。椅子ごと吹っ飛び、床でバウンドして背中に額が倒れる。俯いて目を合わせない私の頬に。一発だけだった。もう一発は漆喰の壁に抜けた。
わたしは不思議と逆上は起こさなかった。


「責任とってあげる。」身体が震えて立てないわたしに近づいて、水子は微笑みながらそう告げた。


「ふぁい?」口から、気の抜けた息が漏れた。
次の瞬間、抱きしめられた。


                           END

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