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(小説)solec 4-7「メディア・ギャラリー」

 ギャラリー「la musée comme medias(メディア美術館)」はパリ・モンマルトルの斜面にある古い酒場跡を改装して開いた安藤水子の経営する小さなギャラリーである。遠くに古ぼけて萎れたエッフェル塔が見える。

 開業するにはルーアンとパリ市の検問を抜ける必要があったが、維持隊の協力も得られ容易に入国(都市)できた。市中では出てゆくことはあっても、外部から上段階の人間が来ることはまずないので、じろじろと見られた。しかし、危害は加えては来なかった。戦時中とはいえ(あのソレク軍とは違って)維持隊の攻撃は精密であり、爆撃こそはすれども牽制としての意味であり、もはや日常に溶け込んでいた。あたり前と言えば、当たり前だ。維持隊はあくまで維持隊であって、あらゆる侵略侵略行為は禁止されているのだから。パリ市民もそれは十分に承知している。この街が第2段階へと格上げされることも近いかもしれない。いや、そうでもないかな。

 ギャラリーを建てるのには案外簡単だった。瓦礫をどける作業を手伝ってゆく中で、ソレクの中の話や、私の人生、私が見たものを話すと向こうも非常に関心を持ってくれたようで、打ち解けるのは早かった。彼女も人見知りではあったが、廃墟を描くスキルは異常に高かったので、それを「売って」、日々の生活資金とちょっとばかりのギャラリーの運営資金を「稼いだ」。

 もちろん、当初は2人でともに路頭に迷う覚悟もしていたものだが、ギャラリーの噂は口コミで瞬く間に広がり、開業から3ヶ月たった今となってはたくさんの市民が寄る人気の場所に成長した。始めは新しいもの好きのパリ市民の間で受けただけであったが、今では遠方から来る人も少なくない。


そんなある日、ある意味で世界のどこよりも遠い国から来客があった。



「あなたが、ここの経営者さん?」
//彼女の汚れたエプロンがひらっとしてから、止まる。
//その風がポストカードを2mmだけ動かす。
「えっあっはい!いかにも私がシハイシャです!」
「私は〜人事部から来ました。」
//奥でごとんと音がする。
 前にお姉ちゃんからされた話を思い出した。ギャラリーにひとが集まり始めたときが勝負だ。ここが大きくなれば利益も増えるし、言論も多様化する。それはきっとソレクにとっては不都合なことだから、ここが大きくなり始めたら、警戒したほうがいい。

・・・こいつだ。

「なぜ、僕が君たちの〜、なんというか、「ここ」へ行きたがるか、わかりますか?」

「いえ。あの。実は私、経営者じゃないんで。あのケイエイシャは」

「代表は私ですが・・・何か。」
そこへどこからか、どしどしと水子が駆けつける。
//額入りの原画を選んでいた客がにっこりして、電球を見上げる。

「あぁ、あなたが。私は人事部から来たのです。」
背の高い老いた男は水子のことを確認して納得する。

「ソレクの人間が、わざわざ私たちになんの用です?」

「あっなるほど。これは失礼。いえ、私は」
なんだこういつは。なぜひとりで護衛もなしにここまできた?

「お姉ちゃん!こいつ人事部!」

「あっ待って。待って。ただの観光だ。観光なんだ。人事部の友人に、どうしてもパリへ行きたいというのなら、人事部のふりをして観光しなさい。あとはこっちでやっとくからと言われ、そのままこの街へ来た。そんな裏方法がすぐに信用されるだろうかとも、思ったさ。でも、ここまで来れた。私は今嬉しいんだ。決して内偵なんかじゃないし、ほら、観光ビザだってある。」

「ありえないわ。第三段階から第一段階への観光は禁止されているはず。」

「そう、ありえない。このビザは偽物さ。だから、いや、それは〜コネがあって通してもらって。君たちにもコネでここへ来たのだろう?それと同じさ。」
//ゴミ収集車が通り過ぎる。5,4,3,2,1, 5秒。

「信じない。」

「信じてくれ、パイロットだ。もう引退して10年になる。名はアレックス。アレックスはどこにでもいる名前さ。僕はアレックス・フィールダーという無名のパイロットだった。わたしは人事部ではない。信じてくれ。」
//鳩が斜めになった街頭の上に止まったので、0.3秒間だけ彼もわたしもそれに注意が向く。

「あ?」肩書きが空転している。身分を隠したい理由がいくつもありそうだ。だが、最後のは聴きづてならない。彼は無名ではないわ。本物ですか?」

「あなたとって有名なら十分だ。それならきちんと証明できる。これだ。」ソレクのPPC・・・。彼のはトーラス型だ。PPCは2人が出国時に返却した。彼はそこからIDを開いて見せる。

「東京戦争の時の爆撃・・・アクロバット飛行は映像で有名です。雑誌のインタビューとか、良く読んでました。でも、ならなおさらです。なぜ。あなたのようなひとが。こんな場所に?」

「この地球上で、ソレクから最も遠い場所だと思ったからだよ。安藤水子さん。僕は感動したんだ。ギャラリーの内容もだが、ソレクの人間がここで生きていることに!」彼は一歩踏み出し、わたしは二歩下がる。

「人事部はなんでも知ってるんですね。すみません。帰ってください。」

「僕は、単に感動したんだ。↓」
//彼はもう一歩踏み出して、石畳に映るわたしの影を踏みつぶす。

「私のアレックス・フィールダーを穢さないで。偽物。」
//瓦礫の上で本を読んでいる少年がぴくっと驚く。

「そんなぁ。↓」

彼が肩を落として、街角へすぅっと消えた、どぶ河にでも落ちればいい。
彼女がわたしにこっそりと聞く。

「あの人、本物?」
「違うと思う。」



 彼が本物であることが判明したのは、それから一週間たってからだった。ソレクからたくさんの自称人事部の観光客がギャラリーに来館するようになったのだ。聞くとみんな飛行機乗りであった爺さんばかり。アレックスの口コミで来たとのことだ。


「お姉ちゃん。サイン惜しかったね。」
「あの時は仕方なかったじゃない。」



お客さんのひとりが彼からの手紙をくれた。

「あなた方は私たちであり、私たちができないこと、言えないことをきちんと世の中へ向けて、伝えている。だから、信じられるし、共感をもって受け入れられるのです。精進してください。応援しています。」

                      アレックス・フィールダー




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