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(小説)solec 1-1「プロローグ」

一面の草原は絶えることを知らない。

どこまでも、どこまでも、うんざりするほど。

巨大な大陸と無限の空の間のわずかな隙間を疾走する2040トンの鋼鉄の塊。燦然と輝く太陽に照らされる一直線の糸は、地平線へ聳える。

平坦な大地と南の山脈。重厚な青空。無機質な潤沢。

雲はまばらに線路を横断するように北から南へ流れる。

地球の大気の循環、天球を巡る太陽や惑星、それらは100年も1000年も前、人類の生まれるずっと前から回り続けているのだろう。

男を乗せた列車は毎時100kmで西へ進む。絶対速度で車体に直撃する突風を押しのけ、ただひたすら西へ進む。片道特急。

「東日本人民共和国のひとたちのためにも故郷を取り戻す。」

僕はそのために遥か西の都市、「ソレク共和国」へ向かう。

 遥か遠くの、ここから東の果てに僕の故郷がある。廃墟と銃火と血で溢れてしまった故郷。そこに家族がいる。仲間がいる。僕はもう軍人ではない。薬指に嵌った過去にふと目を落とす。

 彼らを守ろうと思うことの何が抑圧されなければならない!愛する場所を守ることの何が悪い。彼らはソレクという無情な帝国の圧力に屈し自らを失おうとしている。

そんな東日本の平和を誰が取り戻すのか!

自分たちでつかまなくてはならない!

そうやって立ち上がったのだ。僕たちのイデオロギーが生き続ける限り、東日本は滅亡したりはしない。逆転させることができる。この作戦は帝国に圧倒される小国に希望を与えるだろう。この作戦に加われたことを名誉に思う。

草木は流れ、車体が軋む


 有限のひとの世において移動の距離は、その所要時間になる。ゆえに移動時間の短縮は人間の身体的感覚における現実的距離を短縮するに等しい。情報の伝達、食料の支給、金融、軍隊におけるロジスティクス、余暇の観光、これら移動の産物は、いわばこの「移動の相対性」によってその形を変えてきた。

 人類史における交通の役割は今更言うまでもない。またそれらが都市に与える影響もしかり。かつてこの草原に栄えた王朝はまさに移動に生きた。その王朝の莫大な富も馬なしには存在しえなかったものだ。やがて彼らは各地に富の集約である都市を築いた。それから数百年、ユーラシアに張られた世界最大級の鉄道網も例外ではない。そしては今や世界の中心である「ソレク共和国」の大王脈である。


 男を乗せたユーラシア大陸鉄道北京発、フランスのルーアン行の「アンガローニ101」はシベリアの東のハブ都市オムスクへ向かっている。アンガローニ型は1両の長さが120m、幅20m、高さ25m(客室区画は4階建て)の2両編成で構成される。ノアの箱船を彷彿させる桁外れの大きさの列車である。ゆえに、この列車は陸上では最大級の輸送機械である。


 アンガローニの車体の幅はあまりにも大きいため、2本のレールを跨いでいる。一両に左右52基ある直径4mの高出力超伝導モーターはすべて同時に稼働し、半径2.6mの車輪左右合計104つを回転させる。それらによって大きさの割にかなりの速度を出すことができ、最大速度は時速140kmにもなる。2両を合わせた全長240m強の物体は遠方から臨めば小さな街と見間違われることから「移動する都市」との愛称もある。


 「ユーラシア鉄道」はその名の通り、ユーラシア大陸の東端から西端までを貫く世界最長の鉄道である。マレー半島の南端シンガポールから発し、タイのバンコクで「太平洋路線」と「インド路線」に分かれる。「インド路線」は西ベンガルやデカン高原での自称難民のゲリラ組織の展開による情勢不安と近年のバングラディッシュのチッタゴンの豪雨から、ヤンゴン(ミャンマー)–ハイダラバード(パキスタン)間で封鎖されている。


 「太平洋路線」はインドシナを海沿いにベトナムを縦断し、広州、上海を抜け北京へ至る。北京で「太平洋路線」は「第四シベリア鉄道」というウラジオストクから平壌を抜けてきた路線と合流する。「太平洋路線」は北京でウランバートル(モンゴル)からオムスク(ロシア)へ抜ける「シベリア路線」と敦煌から天山南路を通りソグディアナを通過しサマルカンドへ抜ける「セントラル路線」に分かれる。さながら草原の道とシルクロードである。またシルクロード上の鉄道は大小分かれて100以上は存在しているのでこれらをまとめて「シルクロード線」と呼ぶ。


 「シベリア路線」は途中、シベリア鉄道と交差することもあるがまったく別物である。ユーラシア鉄道の着工はソレクが絶大な威力を発揮するのと比例する転換点となった1930年代の「沈黙の1年間」と呼ばれる年に始まった。アンガローニの竣工はその39年後の1972年、当時はディーゼル機関であった。1980年にはリニアモーターの試験運用がテヘラン(イラン)でなされ、オアシス都市間の地下鉄に応用された。一時はアンガローニ級の一部路線のリニアモーター化も検討されたが、超伝導モーターとの技術競争の結果、メンテナンスおよびスクラップ&ビルドの効率の差から超伝導モーターの導入が採用された。(リニアモーターは軌道に電磁石またはリアクションプレートを設置する必要がある。対してモーターは車体内部に収まっているため、点検や急速に発展する科学力によって更新される部品の取り替えが容易である)


 ウランバートルからノヴォルシビルスクを抜けたアンガローニ101はもうすぐオムスク駅に着く。オムスク駅で路線はテヘランを抜けイスタンブルへ向かう「カスピ海南岸線」と「北ヨーロッパ線」(エカテリンブルク、モスクワ、ミンスク、ワルシャワ、ベルリン、ハンブルク、ハーグ、そしてルーアン)とに分かれる。総延長は地球の赤道上を4周する長さだ。

   
 「この世界は不条理なことばかりだ。・・・」

防音され、振動のみがカタカタと伝わるアンガローニ車内。図体の大きさの割に、振動は少ない。あまりに長い乗車時間のため、生活臭漂う車内。今日で何日目だろうか。数えるのを忘れてしまった。ぶら下がって、カタカタと下着が振動する


 「ソレク共和国」はかつてのカザフスタンとウズベキスタンの国境にある、半径20km、東京23区ばかりの大きさの比較的小国だ。

だが、現在進行もする「世界同時社会主義革命」のブレインである。


そして、その登場から世界史は大きく変わってしまった


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