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(小説)solec 1-4「ラーメン横丁」

 「ラーメン横町」そう名付けられた路地。脂っこい臭気が漂う狭い道。入り口らしき看板はすでに照明が落とされ、不気味な雰囲気を漂わせた。路地は湿っており、見上げれば、路地を囲む建物がかなりの高さであることがわかる。顔に水滴が落ちてくる。モールから外へ出たが気温はさほど変わらない。雪はここまで落ちてくるのに解けて水滴になるらしかった。

はいよ。と出された、とんこつラーメン。鳴門が渦を巻いている。湯気とともに海苔の香りが顔を覆う。私がオレンを払おうとすると店主は「いらね。」と答えた。店主は貰う意味がないかというと、そうでもないのだが(この街特有の恩赦などの特別待遇がある)まぁいらないと言っているのだから、いいのだ。

「いただきます!」

「いただきます。」

そういえば、この子、日本人なのだろうか。限りなく、そのような気もするが・・・。

お互い夢中になってどんぶりに箸をのばす。

しばらくは話せそうにない。

無言。麺をすする音。時々どんぶりを置き、水分補給。箸がどんぶりに当たる。チャーシュー。そして、汁の喉越し。

「はぁ〜。」あっ。どんぶりから口を離して、ついうっかり。

「お姉ちゃん。はぁ〜って言った。」

「言ってません。」それにしても、

「ありがとう。」こんな時間に営業している店があることは驚くべきことだし、そんな店を知っていて、紹介してくれたことには感謝せねば。

「ぷは〜。あいよ〜。」彼女も食べ終わったようだ。

「それにしてもさ、よくこんな店知ってたね。」店主に聞こえたかもしれない。

「あ〜。オレンブルクにはよく来るから、この時間やってるのコンビニ以外だと、ここくらいだし。」確かに、こんな時間にも関わらず路地の人通りも多かった。やはり何度も来ていれば、わかるものだろうか。

「そのコンビニっていうのは何?」

「24時間営業で、雑誌とか食品とかデザート売ってるとこ。お姉ちゃん、もしかしてオレンブルクというか貿易都市は初めて?」

「初めてではないわ。でもあんまり記憶には残ってないかな。お金ももらったことなかったしと思うし。」私も小さい頃は母によくここにも連れられてきたはずだ。そもそもこの子はソレクの子なのだろうか。

「何世?」

「日系?」

「うん。」

「4世。お姉ちゃんは?」4世って。まさか建国当時から・・・。わたしは。

「1世・・・だよ。」

沈黙。

「1世ってことは・・・。」このお姉ちゃんの親ってもしかして。

「聞かないで。」一方的な拒絶。図星かもしれない。ちょっと探ってみたい気持ち。でも、お姉ちゃんの目に溜まっているもの。詮索は止めることにしよう。

「アトーデにはさ!」

「ねぇ、なんなの。あなた、いきなり現れて。芸術家志望とかなんなのか、よくわかんないけどさ、ひとを馬鹿にして何が面白いの?私だって、私だってね、飛行機好き。機械が好き。そのためにずっと努力もしてきたつもりだし。パパのことだって乗り越えて。がんばって、がんばってきたんだよ。あなたには負けない。負けられない。ちょっと主任と仲がいいからっていい気にならないで!」

「お姉ちゃん?」突然のことで、頭が真っ白になってしまった。泣き叫ぶなんて思わなかった。

「うるせぇな。飯がまずくなるだろ。さっさと出てけ!」
店主の怒りも爆発した。女子にも容赦ない。私が謝らないと。

「お姉ちゃん。ごめん。」声が震える。

「すみません。帰ります。」お姉ちゃんは紅潮し、涙だけでなく、鼻水まで出ていた。

私も、どうしようもないこの状況に圧倒されていた。

飛行機が好き。

そのプライドに私は傷つけた。

答えは単純な気がした。

私には自信があった。

最も、その自信がお姉ちゃんを傷つけたのだけど。

ポケットの50000オレンをテーブルに投げ捨て店を出てゆくお姉ちゃんの背中に、

「明朝五時、チュキス行きのバスターミナルで待ちます。絶対、待ってますから!」

お姉ちゃんは一度立ち止まり、出て行った。

投げ捨てた5枚の10000オレン札が、エアコンの風に吹かれてふわふわとテーブルから床に落ちた。

「あんた日系4世のソレク人だってな。」ここに来て初めて話しかける店主。トーンは落ち着いている。

「聞いてたんだ。」

「あんたわかってないようだから言っとくけど、あの様子じゃ、彼女の父親・・・」

「わかってる。」

「そうかい。」

「お姉ちゃんが一世ってことは、その両親はおそらく日本にいたことになる。でも、日本は・・・。」

 世界的に少数派独立の気運が高まる中、日本ではアイヌや沖縄、朝鮮半島や満州の独立運動そのものが弱かった。多彩な文化を持ち、地方よって独自の言葉を有するにも関わらず人々の政治への関心は薄く、また国際情勢への関心も薄かった。そもそも占領地域があれだけあるのに、ある程度のまとまりを維持しているのは圧倒的武力による感情操作と国民の無関心の結果なのではないだろうか。日本はアメリカの一部の州と限定的閉鎖的な貿易関係を築きあげ、軍備増強と政治的鎖国を作り上げていた。さらに、ソレクを侵略国家と見なしソレク連合全体へのテロ攻撃を行う国際過激派武装組織への資金や武器の提供を行うテロ支援国家に成り果てた。

 「どうしようもないじゃない。次々とシンクタンクにより報告されるベトネム、フィリピンの虐殺や拷問などの惨状を見て、反撃に出ないわけにはいかないじゃない。」

ソレク軍の武力介入は大幅に遅れていたが、介入後たったの半日ちょっとで決着をつけた。

その後、連合の平和維持隊に引きつがれ基地と貿易都市を置き、連邦の管理下に置くことになったが、未だにテロは絶えない。

「連合側にだってたくさん戦死者が出たし、日本側の攻撃でたくさんの一般人も犠牲になった。」

 もちろん歴史には様々な解釈があるが、私にはあの時戦争を起こした日本がわからない。それがお姉ちゃんを傷つけることにもなっただろうし、お姉ちゃんのような思いをしたひとがたくさんいるのだ。戦後に行ったマニラやプノンペン、そして広島に行ったときの記憶が蘇ってきた。

「さっちゃん。頼まないならそろそろ帰って。今日はもう閉めるから。」

「うん。」

壁に掛かった金色の額の中の黒い絵が、いつもと違って見えた。

 

 「最低だ。私、なんてことを言ってしまったんだろう。話題を振ったのは私のほうじゃないか。」

宿のチェックインを終え、部屋の中で座り、俯く。絨毯には涙や鼻水がしみ込み、ぐしょぐしょに濡れ、朱色が濃くなっている。

ふと、このホテルの名が「カトリーナ」であることを思い出して、このぐしょぐしょの床を掃除するのは女性だろうかと考えた。

 その後、彼女について同じ思考を、毎度繰り返される実験のシークエンスのように4度ほど繰り返した。答えは出なかった。

「まだ、名前も知らないじゃないか・・・」

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