今日は人生で最も若い日
最近、購読しているnoteで、東大か医学部、どっちが良いかという話題が熱く語られている。
皆さんの記事を興味深く読ませてもらっている。
どれも「当事者」として大変納得いく。読者の皆さんならご存知だが、私は東大理学部卒かつ医学部医学科に学士編入学で入り直したという経歴を持つからだ。
東大という大学の魅惑に心を乗っ取られ、東大に入れたら色々なものになれるという幻想、まわりに医学部出身者がいなかったことによる情報不足、その他色々なことが重なって、博士課程で研究室を追い出されるまで医学部の価値を考えることすらしなかった。
なんとなく血が嫌いとか、自分がやっていけないに違いないとかいうイメージだけで避けていた。
結局、教授から大学院博士課程を強制終了されるというハードランディングがなかったら、ずっと気がつけず報われなさをウジウジと嘆いていたかもしれない。
そういう意味で、悩む期間をすっ飛ばし、やるしかない環境に追い込まれたあのハードランディングは必要だったと言える。結果的には感謝だ。
ともかく、学士編入学で2年省略しても、結局もし高卒現役時点で医学部に受かってかつストレートで医師国家試験に合格していた場合のキャリアから8年遅れることになった。
この8年は、たとえばアカデミックポストを目指すとか、大病院の幹部になるキャリアを非現実的なものにするくらいの遅れではある。
とはいえ、8年遅れたけれど医学部に入ることができたことで、少なくともいま何とか自分の稼いだお金で生きていくことができている。
専門職としてのやりがいも感じ、かつジャーナリスト、作家的活動もできており、充実した日々を過ごしていると言える。
色々詰め込みすぎてヘトヘトになり、ちょっと気分が滅入っていたが、冒頭で紹介したnoteを読んで、26年前の自分の選択に間違いはなかったんだと改めて思わさせられている。
さて、結果的に現役で進むストレートキャリアパスから8年遅れることになったが、遅れは8年で止まったとも言える。大学院強制終了に感謝する日々だ。
ただ、こんなハードランディングはそうそう経験できることではない。
30歳をすぎた。日本の伝統企業(JTC)や今のキャリアではどうも先が見えてきて気が滅入る。しかし、もう30代(あるいは40代)だし、家族もいたりする。そう簡単には決断できないよなあと悩む方々もいると思う。
これは、私のあったかもしれないifの人生だ。
数年悩んだ挙句挑戦する人もいる。私の知人は、40歳になってもアカデミックポストが得られなかったら医学部に挑戦すると言った。結局ポストを得たので、挑戦はしなかったのだが。
人の人生だから他人がとやかくいうことではないが、早期に決断できていたら、悩んだ時間を省略することができたかもしれない。
もちろん、自分の気持ちを熟成させる時間が不可欠な場合があるから、この悩む時間を否定はできない。悩んでやめてももちろんなんら問題はない。
ともかく、ちょっと歳をとりすぎた、遅すぎると決断を躊躇し、先延ばしする人に言いたいことがある。
これは決して私のオリジナルではないが、こんな言葉を紹介したい。
「今日が残りの人生の中で一番若い日」だということだ。死ぬその日まで。
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