私のどこが羨ましいの?

わたしは気長に努力するのが苦手だ。

過去のことを振り返ると、
学校行事も受験も、短期集中型というか、ピンチをチャンスにというか、崖っぷちから生還というか、、?笑
頑張ると決めたら周りが見えなくなるくらい頑張ってしまうし、一度休むと決めたらとことん休む。

とにかく
生きるのが下手な自覚があった。

姉は正反対で、
なんでも器用にこなすし、容量がいい。
何をやってもある程度上手くできて、計画を立てて一つ一つこなしていくのが上手。

いつもそんな姉と比べられて、
いや、自分で比べていたのかな。

そんな自分があまり好きでなかった。


✳︎

大学生になって、ものすごく自由の幅が広がったと感じている。

大学の勉強もバイトも部活も、
努力しようと思えばとことん努力できるし
手を抜こうと思えばどこまでも手を抜くことができる。

きっと社会人になったら、やらなければならないことが増えるだろうと思うから、
こんなに自分の努力のベクトルを選べる時間は大学生の間しかないんだろうなぁと思いつつ、
わたしはわたしの好きなことややりたいことに全てを注いできた。

時にはそのせいで大学の友達との予定もキャンセルしたし、親とケンカして生活費を止められたりしたのだけれど
そんな後ろめたい失敗もしつつも
自分の感情の赴くままに、やりたいことをやるための努力をトコトン続けた。

私はそんな私のことを
嫌いになることもあったけど
ただただ、夢中に生きていた。
それ以外の選択肢を自分の中に作り出せなかったから。
好きなことにまっしぐらじゃないと生きている心地がしなかった。

そんな自制的ではない状態で好きを追い続けた私のことを、
周りは羨ましがっていた。


最初はお世辞かと思ったけど、
どうやら本当に
それほど熱量を込めて夢中になれる趣味があることは羨ましいらしい。

正直、私としては
なんでも器用にこなす周りのことの方が羨ましかったので意外だった。


夢中になることは何かを犠牲にすることだから


趣味とはいえど、
好きで生きることも、なかなか苦しかったからだ。

でも周りの人の目に、
私がキラキラした姿で映っていることは
素直に嬉しいと思うようになった。

✳︎

わたしは器用には生きられないけど、その分夢中に努力できる。

自分の頑張るべきものをゲームのように楽しんでガムシャラに努力できる。

自分の信念に基づいて、頑張れる。

ここ最近は、こんなガムシャラにしか生きられない自分の個性を
強みとして話すようになった。


今まで嫌いだった自分も
案外、周りから見れば羨ましがられるもので
案外、周りはその能力を持っていなかったりする。

きっと他にも、たくさんあるんじゃないかな。

そしてこれを読んでいる誰かにも
きっとたくさんある。


自分の嫌いなところは
案外、誰にも真似できない個性かもしれない。


その個性をうまく使えるようになりたいって話は
また明日しようかな、、☺︎





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