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エニアグラムと子育て

やすいこうたろうさんとSHOGENさんの『今日、誰のために生きる?』という本を読みました。

現在、Amazonでは「ギフトとしてよく贈られている商品2位」です。

人気ですね!

おすすめされて知ったのですが、とっても心が温かくなる本でした。

ペンキアート作家のSHOGENさんがアフリカの小さな村に滞在する中で、村人たちから教わった、幸せになるための人生訓が書かれています。

物は少ないけれど、人との交流は深い。そんな村のエピソードの一つ一つが心にじんわり響きます。

この本の中で特に心に残った言葉があります。 

それは「人は長所で尊敬され、短所で愛される」「欠点は、あなたにとって『欠かせない点』」という言葉です。

その村では、人が失敗したら「かわいいね」「人間らしいね」と声をかけるんだそうです。

私は欠点や失敗に対して、こんな感覚を持ったことはありませんでした。

今となっては短所にこだわっても仕方がないとあきらめていましたが、「かわいい」はレベルが高い(笑)

私は欠点を汚点とみなし、修正しなければならない点として厳しく対処してきました。

どう対処してきたかというと、中一のときの日記では、自分のここが良くない、これを直すように、という欠点リストが日々つらつらと書かれていました。

欠点の経過を追って、戒めているのです。うつになりそうですね。

努力の甲斐あって(?)人当たりよく、そつなくこなし、何不自由なさそうな顔をしておきながら、心の奥底では人見知りのまんまの内にこもった人間が完成しました。

なぜあんなにも自分を矯正しなければならないと思ったのか。

その解決の糸口が、エニアグラムにありました。

エニアグラムの観点から親子関係を見ると、親と子それぞれが持つ無意識の思い込みが相まって、あらゆる問題を生じることがわかります。

無意識の思い込みは囚われといいます。

囚われはそれぞれ、タイプ1は完璧さ、タイプ2は愛、タイプ3は成果、タイプ4は自分らしさ、タイプ5は知識、タイプ6は安全、タイプ7は楽しさ、タイプ8は力、タイプ9は調和です。

各タイプがそれぞれの囚われを満たしたい、達成したいという強い欲求を持ちます。

例えば、タイプ1は「完璧でありたい」という欲求があり、「完璧でない自分や他人が許せない」という自罰的、他罰的な思いを抱えています。

完璧を追求しひたむきに努力する姿勢はすばらしいですが、できたことよりもできていないことに注目しがちなので、タイプ1の親は子どもの欠点ばかりを指摘する傾向があります。

テストで95点を取ってきて「なぜ満点じゃないんだ」といわれるケースですね。

また、タイプ3は成果を追い求めます。人の目にどう映るかを気にするタイプなので、社交的で成績がよく、見た目にも気を遣うクラスの人気者が多いです。

でも一方で、タイプ3は「成果さえあげればいい、手段は問わない」とか、「失敗したら何の意味がない」など、成果のみにフォーカスする危険性もはらんでいます。

囚われも、ほどほどであれば問題もありません。囚われは生きる原動力でもあり、本人にとっては切っても切れない欲求です。

でも、強化されすぎると歪みを引き起こし、問題を生じます。

「囚われの過剰強化」は幼少期、親子関係の中で生じます。

だからこそ、子育て中の親がエニアグラムを知ることには大きな意味があるのです。

まず、親が親自身のタイプを知り、無意識に発しがちな言葉や思い込みに気づきます。

例えば、目立ってはいけない、人と同じように生きねばならない、規律を乱してはならない、やられたらやり返せ等の思い込みです。

自分自身のタイプの説明を聞くうちに「こういうところあるな」と知っていきます。そして同時に、それが自分のタイプの特性であって、他のタイプにはない特性だと知るのです。

次に、子のタイプを知り、子の無意識の欲求を理解します。

そうすると、タイプが違う親から見ると、まるで理解できなかった子どもの言動が理解でき、子どもの言動のロジックが解明します。

すると、なぜ自分の言う通りにしないのか、妙なところで反発してくるのかといった日頃の謎が解けてきます。

親と子のタイプを知ると、自ずと、親がつい言ってしまいがちなNGワードやその子にとってのNGワード、積極的に与えたい言葉がわかってくるのです。

タイプ3の子を例にとりましょう。

成果を出すことは大切です。

でも、タイプ3の子は無意識にそこに囚われていますので、成果を出すことの大切さを説くと、ますます囚われを強化し、成果こそすべてという偏った考えを持つ恐れがあります。

そんなタイプ3の子に対して親は、成果に注目するのではなく、その過程に注目し、子の意識を努力の過程やチームワーク、試行錯誤から得られるものなどに向けさせることで、重要なのは成果だけではないと気づかせることができます。

囚われは色眼鏡とも言えます。親には親の囚われがあり、子には子の囚われがあります。

青色のメガネをかけている親は「世界は青い」と言い、赤色のメガネをかけている子は「世界は赤い」と言います。

一生話がかみ合いませんね(笑)

人によって無意識に持つ世界観、恐れ、追い求めるものが違うこと、それをエニアグラムは教えてくれます。

無意識に持つ囚われはほどほどにすること。強化しすぎると歪んで心のバランスを損なうのです。

中一の私のケースで言えば、それ以前の小学生時代に印象に残っている親からもらった言葉は「外面だけはいいのね」「器用貧乏ね」「思いやりがない」「そんな子に育てた覚えはない」「のんびりね」といった言葉でした。

私はタイプ4のウイング3ですので(ウイングは社交の場で使うタイプです)、タイプ4のマイペースな面と、タイプ3の「かっこつけたい」という面を併せ持っていました。

だから、外面はよかったんでしょう! かっこつけてましたから。

でも、親は私の失敗談を近所の井戸端会議のネタにして、ことごとく暴露してしまうんですよ。

例えば、漢字が読めなくて変な読み方をしたとか、猫のおしっこを掃除機で吸い取ったとか。それはちょっとひどいね(笑)

今思えばしょうもない話ですし、親からすればかわいいエピソードだったのかもしれません。

でも、子ども心にプライドが傷ついたわけです。

だから、外には見せていない失敗談をネタにされるのは、どうしようもなく嫌だったんですね。

タイプ3は自分の欠点を突き付けた人間を恨む面もありますから、やめてといっても聞き入れず、欠点を暴露し続ける親に恨みを抱いたのもうなずけます。

このようにタイプごとにこだわりのポイントもありますから、こだわりポイントをへし折ると、他のタイプでは絶対に感じないような大きなダメージや反発を招きます。

そういったことからも、エニアグラムの観点から子への接し方を考えるのは有意義です。

エニアグラムを通して親子関係を見ていると、愛情の表現方法がタイプによって違うのだと思えます。

みな、自分のやりたいように人にしてあげます。でも、それは自分のやりたいやり方であって、人が望むやり方ではない。それがわからない。

抱きしめてほしい子に、お金を渡しても愛は伝わらないのです。

だからこそ、大人になってから、親にしてもらったことを思い返す内観研修などがあるのでしょう。自分が気づかなかっただけで親はたくさんのことを当たり前のようにしてくれていた。

でも、私が親をするのだったら、子がリアルタイムに愛を感じられる形で愛情を与えたいと思います。

だって、子が大人になるまでには20年も時間差があるのですから。

世界中の親子の時間が笑顔でいっぱいになりますように。


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