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変化。 / ⑤


師匠のアシスタントに就く時に

言われていた条件がいくつかある。

・アシスタント代は月に3万円

・1度でも遅刻をしたらクビ

・その他常識で考えられないような事をしたらクビ

・卒業は自己申告制で、自分の思うタイミングの2、3 ヶ月前に宣言して、次のアシスタントを育てる事


その条件をのんでアシスタントに就かせてもらったのだ。

でも早々にそのクビになる条件の遅刻をしてしまった。
(経緯は前回の記事に書いてあります。)



私は自分が情けなく、もう、すべて投げ出したいような気持ちになっていてここまできたのに、なんでこんなことになってしまったのかとずっと自分を責めていた。

数日後、改めて師匠に電話して、もう一度初めからやらせて欲しいとお願いした。


師匠は、ようやく答えてくれた。

とりあえず、続けてもいいということだった。

ただしもちろん「2回目はない」と言われた。


救われた。


東京にきて4、5ヶ月。

ようやく目標にしていたアシスタントにもつけて、色々なファッションの現場を見て、すべてが初めてて、とんでもない緊張の反面、私は自分がそんな世界に居ることが夢のようで、楽しかった。毎日が信じられない光景の連続だった。そして、その華やかな世界の両隣にいろんな人の壮絶な戦いもある事を知った。

アシスタントをつけているのはヘアメイクだけではない。

スタイリストさんやカメラマンも同じくアシスタントが居る。現場ではそんなアシスタントたちが、必死でやってる。もちろん怒られる場面も見かける。

スタイリストさんのアシスタントさんも大変そうで、リースの人と現場の2人体制だったり、いろんなやり方のスタイリストさんがいる。

雑誌で見ていたスタイリストさんがすごい剣幕で怒っていたりするのを見ると、やっぱり現実ってそうなのか。と思ったりしていた。

そして、スタイリストさんはみんなやっぱりオシャレだった。

そして、東京のファッションの世界を見て、感じたことが、女性のメイクさんもスタイリストさんもあんまりメイクをしていなかった。そこは着飾らず、ラフにしている、そのバランスが、すごくかっこよかった。

師匠は相変わらず、Tシャツに短パンにビーサンスタイルだったけど、それもある意味かっこよかった。本当に飾らない。自分のスタイルを持っていた。


アシスタントの私はもちろんお金もないし、時間もないし、東京にきてからは、よりダサい服になっていっていた。でもアシスタントをするうえで、もちろん動きやすさが絶対だし、とにかくどんな現場でもなんの不自由さもない事だけが優先となるので、買うと時はそれだけが目的になっていた。

ちょうど住んでいた商店街には、1000円とか500円で買える洋服屋さんがあった。そこで掘り出し物を探すのが楽しみだった。

恥ずかしかったのは、そんなダサい服のまま、伊勢丹や高島屋のメイクカウンターに行って、リサーチしたり、在庫を買い足す時だった。

一歩入ればちゃんとお店の方もお客様もみんな綺麗に着飾って、メイクもバッチリしていて、ライトにキラキラ照らされて、すべてが輝いていた。

そんな中に入っていき、あーだこーだ質問したりいろんなカウンターをはしごして、長い時には数時間、だったり、別のデパートとはしごして、行ったり来たりしている時に、銀座や新宿に居るのに着飾れていない自分がちょっとだけ恥ずかしかった。

(でも買う時は師匠から預かったお金で結構な額をさっと出せたり、何点かを一気買いできた時はちょっと優越感があった。)



師匠からはメイク道具のリサーチや、在庫の買い出しなども頼まれる。

リサーチは苦手分野だった。

新商品のあれとあれを見比べて、どれがどうだったか師匠に伝える。

初めの頃は化粧品カウンターに行き、自分で試しつつ、カウンターのお姉さんに商品の説明をきき、パンフレットをもらって、、という感じでやっていた。

でも師匠からはそれってどういうこと?とかカウンターの人がいってることなんてあてにならないとか、さらに深い質問が飛んでくる。

今持っている道具と比べてどうなのか、とか、必要か必要じゃないか、何か新しさを感じるのか、

今思うと当然の事ばっかりなんだけど、当時の私は、語彙力も足りず、なんの説明にもなってなかったんだと思う。

師匠の持っている道具の事もまだ全然把握仕切れていなくて、特に、ファンデーションの質感だったり、色味、コンシーラー、など、ベースに関してのテクスチャーや、仕上がり具合の違いなんかはまだ全然頭に入っていなかった。

師匠のベース作りで、いろんな色をミックスしながら、そして、たくさんあるアイテムの中から、なぜそれをチョイスしたのかとか、この肌にこれが合う。とか、こういうアイテムがあったらいいな。とかそういった師匠の頭の中で計算されていることが全くまだ理解できていなかった。そういう風に考えようともまだ気付けてなかったのかもしれない。


なんどもなんども師匠に「考えろ。」と言われ続け、

ちょうど、1年ぐらい経った頃だったか、はっきりは覚えていないけど、なんとなく、師匠とタイミングが合ってきた感覚があった。

メイクにしてもヘアにしてもなんとなく、ヘルプのタイミングがあってきたのだ。

それが、早いのか遅いのかはわからないけど、グラデーションで気づきはじめていたのだと思う。

今までは、師匠が今何を必要としているか、とか、どうしたいのか、という事に集中していたけれど、少し仕事も自分が慣れてきて、余裕ができてきたからかもしれないけど、

自分だったらどうする、とか、どうしたいか

という事も考えられるようになってきていたんだと、今振り返るとそんなタイミングだったんだと思う。


メイクのヘルプをする時もモデルさんのスキンケアをしている時に私だったらあの色のファンデーションかな?と心の中で予測をする。全然違うのを師匠が選ぶ場合もあれば、同じものになる場合もある。その時は心の中でガッツボーズ。メイクの色味を出す時も、今日のテーマだったらこの色味とか??こんなのも在庫にありますよ。というのをこっそりとテーブルに出しておくと、師匠に「あれ出して」って言われた時に慌てないし、それがテーブルに出ていたら、たまーにだけど、「やるじゃん」とか言われるようになって、少しずつ楽しみ方がわかったきた。

ヘアも直される事もしょっちゅうだったけど、だんだんと、こういう雰囲気にはこう。というのがわかってきた。たまに自分の中には全くない面白いアイディアを師匠が言いはじめた時はやっぱりすごいなって思うし、師匠自身もいろんなやり方を試してたり、楽しんでるんだなって思えるようになってきていた。

そう思えるようになって、ようやく、アシスタントできている。という感覚になった。

それまでは全くアシストをするどころかただ足を引っ張っていただけだった。


そして師匠の凄さをどんどん実感してきて、姉弟子がなんであんなにも師匠を尊敬しているのかという気持ちもわかるようになってきた。



続きはまた

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