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スポーツという”箱”が人間に与える影響を考える

前回はスポーツ心理学全体がどういった学問なのかを執筆した。読んでくださった方々、大変ありがとうございました。どなたにもリツイートされなかったにもかかわらず、僕のノートにしては非常に多くの方々に読んでいただいたようです。

さて、今回は、前回の続きで、スポーツの特徴である競争性に注目して議論を進めていきたい。スポーツの環境としての特徴は、競争性があげられることは前述のブログで述べた。

https://note.com/enjoyfootball28/n/nd0e11cc479dc

この、スポーツという環境が人間の心理にどう影響を与えるかを考える上でまず押さえておきたいのは、(スポーツという)環境が人間の心理に影響を与えることを前提としている、ということである。しかしながら、この前提は心理学における一つの前提に過ぎない。そこで心理学には前提が最低でも3つあることを述べておきたい。

心理学の前提

前述の通り、心理学には最低でも3つの前提が存在し、それぞれの研究者がそれぞれの前提のもとで研究を行っている。その前提は、人間と環境の関係がどうなっているかによって変化する(下記図参照)。

1つ目は人間の心理を考える上でその人間の置かれている環境の影響は一旦ノイズとして扱うという前提である。この前提に立つ筆頭の心理学は認知心理学だろう。環境の影響を一旦、無いことにして人間はどのように記憶しているのか、人間はどのように視覚情報を処理しているのか、など、人間の認知プロセスを紐解こうする心理学の分野だ。

科学的ではないが、血液型のタイプ分けもそれにあたるだろう。例えば、「B型は自己中だ」という文の前提には、B型の人間は生れてからどんな環境にいようとも自己中になるという風に書き換えることができるからだ。

2つ目は人間の心理は環境の影響を多分に受けるという前提にたち、その環境の影響を研究する心理学である。この前提に立つ代表的な分野が環境心理学と言われる分野である。昨今、サッカー指導においてホットトピックとなっているエコロジカルアプローチもこの前提に立っていると言える。つまり、どういう環境を設定すると、人間のスキルは最大化されるか、という問いを解こうとしていると言えるだろう。ちなみに、このエコロジカルアプローチは、ギブソンという生態学的アプローチを唱える心理学者の系譜を引いている。

3つ目は人間の心理は環境との相互作用によって生成されるものだという前提である。この前提に立つ分野の代表が、社会心理学であると言えるだろう。例えばどういう社会環境がどういう人間を作り出すのか。また、その環境を受け取る側はどういった特徴があるとどういった効果があるのか。など社会環境と個人差の相互関係を見るような分野だと言えるだろう。

要は、人間と環境の相互作用の中で、人間によりフォーカスを置くのか、環境にフォーカスを置くのか、その相互作用にフォーカスを置くのかという、程度問題によって前提が異なる、ということである。

この前提の中で、私は3つ目の前提をもとに話を進める。逸話的な例になるが、スポーツをしている人間同士は似たもの同士になりがちである一方、スポーツをしてみて、自分にはスポーツは合わないということでスポーツから遠ざかる人もいる。このような例は、スポーツという環境とその環境にいる人間の相互作用が生み出したものとしての結果だと言えるからだ。

スポーツのタイプ

このスポーツという環境を一元的にとらえることは少々無理がある。それぞれのスポーツにはそれぞれのパフォーマンスの評価基準が存在し、スポーツの特徴といえど、サッカーとフィギアスケートでは、「スポーツの環境」は異なることは明らかである。

スポーツを分類する際、多くの分け方が存在するが、一つの分類の仕方として、「どれだけ環境が安定しているか」という分類がある。別の言い方をすれば、相手と直接対峙して、相手の出方によって自分のプレーが変わるスポーツ(環境が不安定なスポーツ)なのか、自分のパフォーマンスに集中して、その結果として相手と競うスポーツ(環境が安定しているスポーツ)なのか、という分け方だ。

前者をオープンスキルを要するスポーツ、後者をクローズドスキルを要するスポーツという。オープンスキルを要するスポーツとは、例えば、サッカー、バスケットボール、テニス、剣道など、相手と直接対峙するスポーツで状況が刻一刻と変化する。一方、クローズドスキルを要するスポーツは、例えば、水泳、陸上、弓道などである。これらのスポーツは相手の出方を見るというよりは、自分のパフォーマンスにフォーカスを置いて、結果として相手と対戦することになる。

これも程度問題であるということは述べておきたい。つまり、例えば、野球などのスポーツは安定な環境と不安定な環境が混ざり合ったスポーツであるということができるだろう。

達成目標理論

この、オープンスキルを要するスポーツとクローズドスキルを要するスポーツとで、その選手のモチベーションにとって効果的な目標が異なるのではないかというのが私の考えだ。この考えを深ぼるために、このセクションではまず目標に関する理論を説明していく。

モチベーションを上げるための効果的な目標は何か、に関しては多くの心理学者の注目を集めてきた。その中で、達成目標理論という理論はスポーツ心理学者はもとより、教育心理学者やモチベーションに興味のある心理学者が1990年ごろから現在に渡って使用してきた理論である。

ここで話をシンプルにするため一部を紹介する。この理論によると、目標には大きく分けて二つの種類が存在する。
熟達目標
自己を比較対象とし、自己の能力にフォーカスを置く目標
例:前の自分よりよいパフォーマンスを出そう!

遂行目標
他者のパフォーマンスを比較対象とし、自らの能力を評価するための目標
例:あの選手に負けないように頑張ろう!

この二つの目標のタイプにおいて、非常に簡単に言うと、「熟達目標は善、遂行目標は悪」のような理解がこれまでなされてきた。「相手と比較するより自分と比較しよう」ということである。事実、教育心理学の分野では、遂行目標よりも熟達目標の方が学生のメンタルヘルスや、モチベーションに正の効果があることが分かっている。

しかしながら、スポーツのように相手と競争しなければならない環境に人間が身を置いた場合、相手との競争することが目的になるのであるから、遂行目標は必ずしも悪ではないのではないか、そしてそれは、前述のスポーツのタイプによるのではないだろうか、というのが私の主張だ。

スポーツタイプによって適切な目標が異なる可能性


というわけで、このスポーツタイプと達成目標理論を掛け合わせて考えてみる。前述の通り、スポーツには、相手の出方によって自分(たち)のパフォーマンスを変化させる必要のあるオープンスキルを要するスポーツと、自分のパフォーマンスにフォーカスを置くことで試合が成立するクローズドスキルを要するスポーツが存在する。

自分のパフォーマンスにフォーカスを置くようなクローズドスキルを要するスポーツでは、より自分を比較対象した目標である熟達目標が効果的な一方で、相手の出方によって、自分(たち)のパフォーマンスを変化させる必要のあるオープンスキルを要するスポーツでは、遂行目標が効果的なのではないだろうか。

クローズドスキルを要するスポーツにおいては、相手がどういったパフォーマンスをしようとも自分のパフォーマンスが出せれば必然的に相手に勝てるのだから、遂行目標を立てる必要もないし、自分がどううまくなるか(早くなる、強くなる)を考えることがパフォーマンス向上に効果的であるように思う。

一方で、試合において相手と直接対峙するオープンスキルを要するスポーツでは、あの選手、あのチームに勝ちたいという思考が支配的になることが必然であるように思う。このように相手と直接対峙するという特徴をもつ環境に合った目標を立てることで選手はより頑張ろうとするのではないだろうか。

もちろんこれもゼロ、ヒャクの問題ではなく、程度問題であろうことも述べておきたい。つまり、クローズドスキルを要するスポーツに遂行目標が悪なわけでもないし、オープンスキルを要するスポーツに熟達目標が悪なわけでもないだろう。ただ、程度問題として、どちらの目標が優位に効果的な目標なのか、という話である。

前述のように、一般的に達成目標理論において「熟達目標が善、遂行目標が悪」と結論づけられてきたが、スポーツという環境の特徴を鑑みると、遂行目標は決して悪いものではないのではないか、というのが私の考えで、今後、研究してみたいと考えている。

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