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スポーツ心理学を発展させたいんだっ!!

みなさん、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。研究者として、私は日々論文を書いているのだが、いかんせん中々、論文がうまく書けない(と思っている)。なぜか。それは読者を惹きつけるようなストーリー作りが下手くそだからだと思っている。だから、今回から数回にわたって、私がどうして”とある研究”をしたいのか。その”とある研究”とは何なのか。その”とある研究”にはどういう社会的、学問的な意味を内包しているのか。を月一回程度で執筆していきたい。このプラットフォームで私の考えをできるだけ魅力的に書く努力をすることで、魅力的なストーリー作りの練習にしたい所存だ。なので、読者の皆さんには、是非読んだ後にコメントいただけたら嬉しいです(ここが分かりづらかった、ここがつまらなかった、ここで私の思考が迷子になったなど)!第一回目は今後私が数年かけて取り組んでいこうと思っている研究プロジェクトをどうして立ち上げようと思ったのかについて書いてみる。忌憚のないコメント、お待ちしております。

現代社会におけるスポーツの存在

現代においてはスポーツは人々の生活に大きく関わっているということが言えるだろう。学校ではほとんどの学生が部活動に入り、最低でもその半分はスポーツ系の部活である。さらには、クラブチームでお金を払いながらスポーツに打ち込む選手もいる。また昨今では、学生生活を終えて、社会人となっても、健康のために身体を動かすことが推奨されている。事実、個人個人が集まってその日の即席チームを作ってフットサルをする”個サル”なるものや、ミートアップ等のアプリを使って当日初めて会う人と一緒にスポーツをする、といったことも最近では見られるようになってきた。そういった意味で、スポーツは現代の人々には切っても切り離せないものとなっていることは言うまでもなく、この記事を読んでいる方も一度はなんかしらのスポーツをしたことがあると推測する。このように人の生活に溶け込み、生活の一部となっているスポーツだが、ある日はとてもいいパフォーマンスが出たにもかかわらず、他の日には全く振るわないパフォーマンスが出てしまった、という経験はだれしもが一度は経験したことがあるのではないだろうか。プロ選手においてすらこのような傾向はみられる。特に短期間で数試合をこなさなければいけないテニスの国際大会やサッカーのワールドカップでは顕著である。全く同じ人間がパフォーマンスの波を経験することは一見奇妙であるが、このような現象は同じ人間が2度にわたってプレーする際、身体的にはさほど変わりがないこと鑑みると、その人の心理状態が大きく関わっていると言えるだろう。スポーツ心理学は、このような問題を解決して、常にベストパフォーマンスを出せるようサポートするという目的を達成しようと、心理学の理論やモデルを応用することで発展してきた学問だ。

スポーツ心理学という分野

上記のような例を解決するためにスポーツ心理学は、パフォーマンス向上を目的として発展してきた(昨今では、勝利至上主義のアンチテーゼとして、スポーツ選手のメンタルヘルスに注目した研究も多く行われるようになってきた)。先ほど、スポーツ心理学は心理学の理論やモデルをスポーツ選手に応用することで発展してきたと述べたが、スポーツ心理学は心理学の中ではどういった立ち位置なのだろうか。この疑問は、一つの重要性を内包している。スポーツ心理学という分野それ自体を心理学全体から客観視することで、心理学全体の中で過去にどうスポーツ心理学が発展してきて、今後スポーツ心理学がどう発展していけばいいかの洞察を得ることができるという点だ。

スポーツ心理学の立ち位置を理解するためには、スポーツ心理学が応用心理学であることを理解する必要がある。心理学は、大きく分けて基礎心理学と応用心理学に分けることができる。基礎心理学というのは、人間の心理を探求することを目的とするものだ。例えば、

人の記憶はどう形成されるのか(認知心理学)
人の心理はどう形成されるのか(発達心理学)
人は他人からどのように影響を受けるのか(社会心理学)

用は主語を「人」として、一般的に人の心理を追求する学問であるということが言えそうだ。一方で応用心理学は、それらの基礎心理学で生まれた理論やモデルを自分の興味のある対象に応用する学問であるということが言える。例えば、教育に興味のある教育心理学者は、学生や子どもからデータを取って、基礎心理学で生まれた理論やモデルを学生や子どもに応用することで、どうしたら学生の学業が向上したり、メンタルヘルスを保てるのかを追求する学問ということが言える。これらの特徴は他の応用心理学にもいうことができる(例:産業・組織心理学)。かくいうスポーツ心理学はこの「応用心理学」に分類することができる。つまり、スポーツ心理学は、基礎心理学から生まれた理論やモデルをスポーツ選手にあてはまることによってスポーツ選手のパフォーマンス向上を心理的側面からサポートすることを目的とし、発展してきた。例えば、スポーツ選手のモチベーションを上げるためにはどうすればいいのかという疑問に関しては、基礎心理学で生まれたモチベーションの理論を拝借することで回答を出そうとする。そういった意味で、基礎心理学はゼロからイチを作り出し、応用心理学はそのイチをさらにサンやヨンにしていく作業をしているということが言えるだろう。

他の心理学分野から見たスポーツ心理学

とはいえ、応用心理学にもゼロからイチをつくりだして、心理学全体に影響をおぼした研究者も多くいる。例えば先の教育心理学の例でいえば、Dweckという教育心理学者がいる。彼女は子どもをつぶさに観察して、同じ知能レベルであるにも関わらず、挑戦を好む子どもと、拒む子どもがいるのはなぜか、という疑問から暗黙理論という理論を作り出した。その理論によると、その子どもが、人の知能は変化するものだと思っているか、生まれつきのものだと思っているかによって、子どもの挑戦傾向、目標の質、努力量、さらには、学業成績までも変わりうることを証明した。最終的にこの子どもの知能に対する信念は外部から介入を行うことで変化させることも可能であるということも証明した。この一連の研究で彼女は心理学界では有名な研究者になった。事実、彼女の研究グループによる論文の引用された数は枚挙にいとまがない。さらには、それに伴って追随する研究者がこの「努力でどうにかなるか vs. うまれつきのものか」というロジックを他分野に応用し、それぞれの信念の効果を研究するようにすらなった。(例:性格[性格は変化するものだ vs. 性格は生まれつきのものだ]、創造性[創造性は鍛えられる vs. 創造性は生まれつきのものだ]など)。

この例からわかるように、イチをさらに発展させることを目的としている応用心理学者も時として基礎心理学の側に一石を投じた例も少なくないということだ。そう考えるとスポーツ心理学もそうなれる可能性はある。しかしながら、現在のスポーツ心理学者が基礎心理学の側にインパクトを残した例は少ない状況にあるように思う。私は研究環境として基礎心理学の側にいるが、こういった状況が反映されてか、心理学全体においてスポーツ心理学の立ち位置は高くなく、スポーツ心理学の印象があまり良いものではないという状況に繋がっていると感じる。つまり、応用心理学も基礎心理学において価値を見出せるのだが、基礎心理学の理論やモデルを応用してイチをふやしていく作業をし続けているのがスポーツ心理学の現在の状況ではないだろうか。逆に言えば、スポーツ心理学もゼロからイチを作る研究をすることで分野全体の地位向上に寄与できるのはないかと考える。

応用心理学者のゼロイチプロセス

ではなぜ、少なくない応用心理学者は基礎心理学の側に影響を及ぼすことができたのだろうか。それは、彼らが自分の興味のある分野の環境の特徴を分析し、興味のある分野の優位性をうまく使ったからではないかと考える。先のDweckの例えでは、教育という現場が他の分野に対して知能という概念が大きな評価基準になっていることである。仕事では知能も一応は重要だが、それとともにコミュニケーション能力やリーダーシップなどのソフトスキルも求められる。そういった意味で、教育以上に知能という概念が顕著に重要である状況はあまり存在しないように思う。よって、知能の研究したい場合、教育現場で行うことは理にかなっている。実際にDweckがそのような環境としての優位性を意識していたかどうかはもちろん不明であるが、結果としてその環境の他分野に対する優位性にならった研究をすることで、その研究の心理学全体の価値が高まった、ということは言えそうである。

スポーツという”箱”を分析してみる

そう考えると、スポーツ心理学が心理学全体の中で価値を創出するためには、スポーツという環境にはどういった特徴があるのかを分析する必要があるようだ。そしてそういった特徴をもとに研究を推し進めることで、スポーツ心理学が他の心理学の分野に優位性を保った形で研究できるのではないかと考える。では、スポーツという環境の特徴、あるいはスポーツという環境が人間に与える影響は何なのだろうか。今のところ私が考える概念は3つだ(他にあれば切実に教えてほしいです!)。

1.完璧主義

スポーツを行う上では勝利することが選手の目標の一つだと言える。当たり前だが、勝利するために選手は毎日のように組織された質の高い練習をする。そして選手は練習で習得したことをできる限り試合で発揮することが期待されている。そういった意味で、程度問題こそあれ、ある程度、スポーツ選手は完璧主義者にならざる負えない環境にいるということが言えそうだ。

2.運動学習

そういった組織された質の高い練習において、スポーツ選手の身体的なスキルの習得が全体としてのパフォーマンスの向上につながるということも言えるのではないか。そういった意味で、人はどのように身体スキルを習得するのかという疑問はスポーツを行う上で解決すべき問題であるし、スポーツが他分野に比べて優位性を保てる分野であると言えるだろう。

3.競争性

最後に考えうる概念が競争性だ。先ほども述べたが、選手がスポーツをすることの目的の一つは相手に勝利をすることだ。言い換えれば、相手と競争することはスポーツという環境の重要な特徴であるということだ。そういった意味で、”負けず嫌い”がスポーツ選手に与える特徴を研究することもスポーツ心理学者が注目したい概念であると言える。

この中で、完璧主義と運動学習はある程度、研究されている分野であると言える。完璧主義の研究に関しては、退官されてしまったが、私が所属する大学の体育学部の先生が専門とされていた。私は教育心理学にも足を踏み入れており、教育分野での完璧主義の論文を投稿したが(参照:https://link.springer.com/article/10.1007/s11218-023-09776-0)、この論文を作成するにあたって、彼の名前はよく見たし、引用もさせていただいた。そういった意味で、完璧主義の研究は数少ないスポーツ心理学が心理学全体に影響を与えた数少ない例であると言えると思う。2つ目の運動学習という分野だが、この分野に関しては、むしろ運動学習の研究者が実験室内で色々な要因が統制された中で、人はどのようにスキルを習得するのかを研究しつつ、時としてスポーツ選手を使って研究を進めてきたような傾向があるように思う。

最後に競争性だが、1990年代から2000年初頭にかけて、数少ないスポーツ心理学者が競争性について執筆した論文は存在するが、その後、ぽつぽつと論文が執筆されているだけで、スポーツ心理学全体として競争性が日の目を浴びたことはない、もしくはあったとしても一時的なものだったように思う。また、心理学全体を見ても、競争性は進化心理学の文脈では語られてきたが、一つの分野として競争性が注目されたことは稀有であるように思う。

そういった意味で、今後、スポーツ心理学が基礎心理学に今以上に打って出るために、さらには、スポーツ心理学が心理学全体でより大きな価値を創出するためには競争性という概念を研究することが必要なのではないかと思う。そもそもよく考えれば、競争しなければいけない場面はスポーツ以外にも多く存在する。学校生活においては、受験という限られた枠を多くの子どもたちがその枠を目指して争っていると言える。大学生の就職活動においても、ある程度決まられた枠を就活生が争っているという表現もできる。さらには、資本主義社会においては、自分たちの会社の売り上げを考える上では、ライバル企業にどう勝っていくかを考える必要がある。こういった場合、よく言われるような”他人と比較するのはやめよう”キャンペーンのようなきれいごとばかりではうまくいかず、時として、残酷な現実を目の前にしなければいけないことも多い。そういった意味でスポーツがたまたま競争が目に見えて顕著なだけであって、人々の生活には多くの競争場面が見え隠れしているように思う。よって、他の分野、状況よりも競争が顕著なスポーツという環境を使って、人の競争性という特徴を研究することは理にかなっているし、さらには、それを他分野に応用する可能性も考えると、競争性を研究することが、心理学全体で見たときのスポーツ心理学という学問の価値を向上させることに繋がりそうだということが言える。というわけで、次回はその競争性を使ってどういったことをスポーツで研究できそうかを紹介していきたい。


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