じっかい??,
十界、、、と書く。
下から
1=地獄界 (じごくかい)
2=餓鬼界 (がきかい)
3=畜生界 (ちくしょうかい)
・ここまで三悪道 (さんあくどう)
4=修羅界 (しゅらかい)
・ここまで四悪趣 (しあくしゅ)
5=人界 (にんかい)
6=天界 (てんかい)
・ここまで六道 (ろくどう)
7=声聞界 (しょうもんかい)
8=縁覚界 (えんがくかい)
9=菩薩界 (ぼさつかい)
10=仏界 (ぶっかい)
となっている十界。
普通わ、六番目の天界までで生活しているのが一般的、、
7,8,9,10, わあんまり現れない、、
なんでも具合悪く捉えてふさぎ込む地獄界やとにかくなんでも欲しがって止まない餓鬼界、動物的本能のまま動く畜生界、この三悪道と、
四つめの・怒ってばかりいる修羅界の、
三悪道四悪趣 (さんあくどうしあくしゅ) を輪廻してぐるぐる生命状態を現すのが、精神面の良くない現象で、
なにかにとらわれている心をかかえているとおちいり易い。
それに、フツーの生命状態の、人界 (にんかい)、と
人を喜ばせて嬉しい、天界 (てんかい)、ここまでが六道、、
よく六道輪廻 (ろくどうりんね) とか聞く。
天界=わ、「 魔わ天界に住む 」とも云うので要注意、、、
まぁ普通に生活を営む上でなんにも負荷無しでフツーのときを、
人界、と呼んで差し支えないと思う。
世の中の一般論でわ、この六道のなかで生活しているのがフツー、
7,8, わ探求心や好奇心が旺盛だと求めやすい状態かもしれない。
他人の話などでピンときてものごとを諮れるような感じが声聞、
生き物を観察したり植物など、ものごとの動きで悟る縁覚、
この二つわ二乗 (にじょう)、学者などに値する感覚、、、
一般ピープルで、この二乗の感覚がときどき現れるようになると
ベターで、触感(!?) を研ぎ澄まして生活の工夫をはかっていくと
少しずつ涌現=あらわれる=気がつくときが出てくる、、
まぁ二乗の生命状態がたまにでも出てくるようになっちゃえば
しめたもので、生活上・安定した感情コントロールが備わってくる。
感情が整えば人間関係や社会との関わりが安定・安全な軌道にのる。
だから、このような生命状態を目指して生活するのわ悪いことでわない。
つぎに菩薩界、
ときどきに誰しも・他人を思いやるいのちがこみ上げる瞬間があるが、
その生命(せいめい)が菩薩の心、、
まず・つねに他人に思いをはせる人っつーのわなかなか居ないから、
常時あらわれるものでも無いが、逆にさきほどの論で行けば、
万人・誰しも持ち合わせているはずの生命状態で、
足の不自由な・目の不自由な・車いすの・・・・
ままならない人を見てなにか・かわいそう・手助け??、
と思うこころが良い。誰しも持っているいのち。
これがときどきに涌現するように生活すれば素晴らしい!!。
だいたいザッと、これが十界論 (じっかいろん)。
もうひとつ??、、あ、、もうひとつあるか、、
・仏界 (ぶっかい)
これわ菩薩のこころを超え、さまざまないのちに共感し、
自身のチカラをできるだけ発揮して他に尽くそう、と目覚める生命。
まさに、仏さま (ほとけさま)・・・(亡くなったひとでわ無い),,
だから、そんなに涌現してるひとわ見れない、、が
確実に存在する。
たとえば、家族のうちに高熱やケガで困るときがある。できるだけのチカラを発揮して尽くす=こういうときに出てるかもしれない。
また、
仏さまを能忍 (のうにん) とも呼ぶ。能く忍ぶ(よくしのぶ)=我慢強い!?。
これが十界論の概要で、こと細かく細部をつめると文庫本なんさつかに
なっちゃうのでやめとく。
ちなみにわたしが云いたいことわなんだったか?(はてな)、、、
となるが、
一般ピープルでも仏のチカラを発揮できるときがたまにある・と云うことです。
誰でもです。
でも、ちょっと油断すると六道から出られずに苦しむ場合もあるから、
いのちのアンテナを張って、
六道の状態を抜け出て、
ともに豊かな生命で生きていきたい、と願うところから
この記事を書きました。
そんなこと云ったって生命状態なんてコントロールできんだろ!!、と云うかたもいらっしゃると思うが、
日々の生活のなかで目や耳に入ってくるかすかなことを見逃さずに工夫すると、意外と情報わあるものです。
ユーミンの歌詞に
「すべてのことがメッセージ」とも在ります。
声を聞いて気がつき・縁にふれて悟り・人を思いやり・自身を昇華させゆく。このような感覚を大切にして、
みなさんと共に、ゆたかな生命で生きていきたい、、
と願う自分がいる。
少し長いが・読んでくれて・ありがとう!!。
好奇心旺盛で、いろんなコトを勉強中です。せまいようで広い世間をオンラインで見て回っています。どうぞよろしくおねがいします。