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寿命

山奥にある村におばあさんが一人でひっそりと住んでいました。

最近、おばあさんは長年連れ添ったおじいさんを亡くし、すっかり元気をなくしてしまいました。食欲もなく何もやる気になれずに、ただ涙を流して悲しむ毎日を送っていました。

ある寒い冬の日、おばあさんはおじいさんお墓参りに出かけ、何時間もお墓の前に座り込んでしまいました。夕方になって吹雪も強くなってきました。それでもおばあさんはずっと座ったままで帰ろうとしません。おばあさんはこのまま凍えておじいさんのところに逝けるならば、それでもよいと思っていました。

その時、偶然、巡行中のお坊さんが通りかかり、おばあさんに一宿一飯のお願いをしました。おばあさんは、最後に困っているお坊さんのお役に立つのであれば、それからでもおじいさんのところに逝くのは遅くないと思い直し、お坊さんを自分の家に案内しました。

貧しいおばあさんの家には、わずかなお米のほか何も残っていませんでした。そこでおばあさんは味噌を他の家から分けてもらうため家を出ました。おばあさんはその途中、「こんなぼさぼさな髪の毛の老いぼれを見たら、きっと乞食と思って追い返されるに違いない」と思って、近くの田んぼにあった稲藁の束から「少しの間、お借りします」と言って、藁を取って髪を結いました。

おばあさんは、無事に味噌を手にしたその帰り道、「ありがとうございました」と感謝して、先ほどの田んぼに寄って、稲藁一本を元に戻しました。

おばあさんは、わずかなお米と近所から分けてもらった味噌で温かいおじやを作って、お坊さんをもてなしました。おばあさんは久しぶりの話し相手に、少しの間、悲しみを忘れることができました。

翌朝、お坊さんは別れ際、「長年連れ添ったおじいさんを亡くして、さぞお辛いでしょう。しかし、おばあさんが悲しまず、ましてや早くおじいさんのもとへ逝きたいなどと思わず、天寿を全うしようと毎日をしっかりと生きることこそが、おじいさんへの何よりも供養になる。おばあさんを見ていれば、あなたが今まで正直に生きてきたことはよくわかる。きっと仏のご加護があるはずじゃ。あの世のおじいさんに心配をかけないためにも、寿命を全うしなされ」とおばあさんを諭して去っていきました。

お坊さんが去った後、おばあさんは、再びおじいさんのお墓参りに行きました。すると、そこには、お坊さんが置いていった巾着袋が置いてありました。そのなかには多少のお金が入っていました。

おばあさんは、合掌して涙ながらおじいさんにやさしく語り始めました。
「おじいさん、私はもう大丈夫ですよ。おじいさんからたくさん良い思い出をもらった。お坊さんに言われた通り、これからはおじいさんに心配をかけずにしっかりと寿命を全うしますから、安心してください」

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