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オオカミ少年の真実 その5

ナドレはあまり出歩いたりしなかった。

だから、村の人からしょっちゅうナドレのことを聞かれた。
「元気にしてるか?」「体調の方は?」とか。

僕のことなんて興味ないのさ。

だったら、お見舞いでも来ればいいのにさ。
果物でも持って、ついでに掃除や洗濯も手伝ってくれればいい。

しかし、そんなことをされて
僕とナドレの間に入ってこられても嫌なんだけどさ。

そのうち僕も一日家で過ごすことが多くなった。
僕も看病や、家事をして、家にいることが多くなった。

それは歓迎すべきことだったかもしれないね。
みんな子供は外で遊べっていうけど、僕は・・・・・

いや、今はちょっと話したくないかな・・・。
いずれ時が来ればね。

外に行けば、また崖から突き落とされた時のような・・・・

あ、
それでも、時々ミカとは会ったりしてたよ。何せ、親友だからね。

まぁ、でも日常の多くの時間を家の中で過ごしていたな。

それを考えると、家の中の平穏がずっと続けば良いとさえ思った。

時々ナドレは、昔の話を聞かせてくれた。
部屋の隅にある大切なもの。ノーチラス。

それがなんなのか、すぐにはわからなかった。
玉虫色に光る、石か何かのかケラのようだった。

ノーチラスとは
海に住む「オウムガイ」という生き物のことらしい。
いや、オウムガイも知らないんだけど・・・
その化石の一部をナドレは大切そうに持っていた。

焼き払われた村から、唯一もし出せたものらしい。
つまり、家族の形見ってやつだな。

正直、それが本当にオウムガイだったのかどうかは、
よくわからない。
でも、ナドレが言うんだからそうなんだろう。

「いつか、それを還しに行こう。一緒に。」
ナドレはそういった。
「体が治ったら、海へ連れて行ってやる。
きっと長い旅になる。覚悟しておけよ。」

二度とこの村には戻ってこれないかもしれない。

それもいいじゃないか。人の命の終わりあんてあっけないもんさ。

だから、行けるところまでいくさ。命の限り。

海へと。

「海って何?」
僕は海というものを知らなかった。

それをみて、ナドレは嬉しそうに答える。
「すげぇいでっかい水溜りさ!
デカすぎて向こう岸が見えないんだぜ!

いつか、お前を連れて行ってやる。
そこで一緒に酒を酌み交わすんだ。」

「何それ?
楽しいの?」

「お前はまだ子供だな!
それが友愛の証なのさ!
海の男の!」

「ナドレは海の男だったんだ。」

「細かいことはいいんだよ!」

「本当は、嫁さんを連れていくつもりだったのさ。
戦争が終わったら・・・・

子供も・・・・腹の中にいたんだ。

全て・・・全てさ、戦争に奪われた。

でも、その時に気づいたよ。

俺が奪われたのと同じように、俺も誰かから奪い続けてきたんだってな。

だから、戦争に関わるもの、全てが加害者であり、被害者でもあるんだ。」

生まれた時代が違ったら、それでも、今に感謝しろと?
もう十分だろ?

「家族のところに行かせてくれ。
ヤックル、ありがとう。お前のおかげで、最後の日々は穏やかに過ごせた。」

「なんだよその言い方。まるで、もう最後みたいじゃないか。」

「そうだな。でも、
見えるんだよ。ヤックル。お前の未来が・・・・
あぁ、はっきり見える。
真っ白い砂浜に、赤い屋根の家、お前がノーチラスを海に帰す姿が。
少女路一緒に笑う、大人になったヤックル。お前さ。」
そう言って、ナドレは静かに目を閉じ、
やがて、息を引き取った。

僕は、ベッドの横に座り、ナドレの右手を優しく、
握りしめていた。



その6に続く


エニヲ

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