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わたしは対人間の毒性が高いらしい。

きっと20歳の頃から気づいていた。

寄ってくる男性は皆、それはもう中毒かのように沼に嵌る。計算してやっている訳ではなかった。ただいろんな女性を経験してきた男性であればあるほど、わたしという存在は毒になるらしい。

わたしの愛はとても純粋なようだ。年収がどうだとか、仕事や肩書きがどうだとかを一切気にしない。結婚したい欲もなかったし、責任を押し付けるようなことをしない。それは私が自立しているからの他にないが、そもそもそのような女性が希薄である。

スペックなど気にしないが、結局関係のあった人は皆高収入で自分に自信のある人がほとんどだ。そうでなければ勝手に劣等感を抱き、話しかけてくることすらない。自信は魅力につながる。その自信がずっと続けばの話だが。

関係があるうちはうなぎのぼりで業績や収入が上がっていく。愛を与えられ自信がつき、全てが良い方向に繋がっていく。が、わたしが離れようとするのを察知した瞬間に瞬く間に全てが崩れだす。全てを投げだしてわたしを追ってくるのだ。わたしはそんな男に興味なんて持てない。その時にはもう遅いのだ。私は気持ちがなくなった瞬間に、その場に留まることを二度と選ばない女だ。

"まるで蟻地獄"なんて言われたこともある。気づかないうちにその沼に入り、気づけば抜け出せないところまで来てしまっていたと。後戻りなんてできない、一度知ってしまったら一生忘れることなんてできないと。

遊び人だからいいかと迂闊に甘い誘いに乗ったりすると、次の日にはその人は他の女性を全て切り、彼女にしたいだなんて言いだす。付き合ってないが仲良くしていた友達は、彼氏が途切れた瞬間に結婚してほしいなどと言ってくる。

特別なことは何もしていない。ただ感情のまま生きているだけだ。わたしはなんでも1人で行動できるタイプなので、特に要望などもない。記念日なんかも正直どうでもいい。プレゼントも別にいらないし、欲しいものも大してない。

オムライスやパスタみたいなオシャレな料理はよく分からないが、実家だったりおばあちゃんの味みたいな料理はビックリするほど美味しく作れる。それくらい。

一度付き合うとその後何年も彼女が出来なくなる。付き合う前まではモテていたのに。どうしてもわたしとの比較になるのだ。また、わたしを部下にするとその後どんな人が部下になっても満足できないようにもなったりする。

既婚者と仲良くなると、気づけば妻との関係が悪くなったり知らぬ間に離婚したりしている。関係が無いうちにそうなる。君と出会ってしまったら、もう無理だ。独身に戻ってからきちんと口説きたいなどと言う。


ちなみに後輩なんかになると、とても良くない。ネガティブな人は勝手にわたしと比較して病んで辞めたりする。距離の近い後輩になったりすると、わたしはこうはなれないなどと言って努力することを諦めたりする。

先輩になると、お前が後輩で良かったと言う。先輩ってだけで命拾いしたと。

対女性や男友達になると少し変わってくる。

女友達の場合、相談に乗ることが多い。また、彼氏ができるといの一番に私に合わせることが多い。わたしは秘密がないので自分の身の回りのことはすべてオープンに話す。世間的に褒められないことも関係なく、あっけらかんに事実をそのまま話す。そうすると、ほかの友達に話せないことを話す相手としてわたしは存在するようになる。

わたしは世間的に間違いであろうが、屈辱的なことであろうが、フラットに聞いてしまう。どんな話だろうが、引くということがない。全てを受け入れられるキャパがある。最悪犯罪をしようが逮捕されようが、わたしの態度はきっと変わらないだろう。

新しく出来た彼氏を合わせることについてはとても分かる。私の目はとてもキツイ。わたしと目をじっと合わせることが出来ない人が意外といる。目を見て話ができなかったり、スッとそらすような人だとその事実のみを後から友人に伝える。大抵、やましいことがあったり自信がなかったりする人はその時点で炙り出される。そして、友人の彼氏に手を出すような人間ではないことを仲が良い人たちはみんな知っている。

話の聞き方もおそらく独特で、言いたいこと話したいことを聴いているあいだはノリよく相槌を打つ。一通り聞いたなと思えば、今ある選択肢を思いつく限りならべた後に、それぞれの選択肢を選んだ場合のメリットデメリットを淡々と説明する。同時にリスクの説明と可能性を探す。そして最後には、まあ何かあれば私のところに来るといいよ。匿えるし養えるし生活はなんとでもなるから、好きなようにやればいいと伝える。本心だ。自分の身内はなにがあっても助ける。

これはただ愚痴を聞いて欲しい人や、共感してほしい人には驚くほどダメなやり方だが、そんな人たちはそもそも私に寄ってすらこない。そして友人たちは私のダメなところも知っているため、安心して周りに言えない秘密をぶちまけてくる。悪友であり、共犯者になっている。

男友達はというと、仕事の相談が多くなってきた。上記のような話し方をするため、新しい視点や思いつかなかった選択肢を求めて会いにくる。また、彼女や妻に言えない秘密を吐き出したい時もあるようだ。


良いように話を進めてきたが、良くない面も多々ある。まずわたしと時間を共に過ごすと疲れる。普通の体力じゃきっと同じレベルで1日を過ごすことはできない。11人の仲のいい親友の中でも、わたしと同レベルの体力を持っていて疲れる度合いが同じくらいなのは1人だけだ。

疲れるの意味は2種類あり、脳が疲れるのと単純にフィジカルの差だ。

多くの人はわたしと話すと体力を消耗する。わたしとの会話は、普段考えもしないことを考えさせられるから頭を使うとよく言われる。深掘りに深掘りを重ねる哲学的な会話にどうしてもなってしまう上に、そういう話は楽しくて会話のテンポが異常に速くなる。

わたしは普段からずっとそんなことを考えているので慣れているが、普通に生きていると会話中にずっと深い考え事なんてしないし、考えたことのないようなことを改めて考えなければいけないので疲れるそうだ。

そして、体力の差がかなりある。わたしは異常な体力を持っているため24時間という1日の枠に収まることが出来ない。きっと体力と時間をイコールにするには1日40時間くらいないと体力の消耗が足りない。故に普通の規則正しい生活を送ることが難しい。

そしてとんでもなく膨大な熱量を持っている。とにかくアツいのだ。なにを語らせても自我がとても強く、話し始めたら長くなる。あまりに近い距離になるとそのアツさに感化されることが多く、人生を捻じ曲げてしまうことにもなる。平和に生きたい人には本当に向いていない。

大人も子供もわたしと長い時間を共にすると、自分も何かに挑戦したい・いろんなことを経験したい・少しくらいハメを外してみたい・度が過ぎた遊びをしてみたい・会社辞めて独立したい、など胸に秘めた願望が大きく沸きあがってくることが多々ある。これは極めて良くないことであり、その人の生きる道を変えてしまうことになりかねない。

賢い人はわたしを遠巻きに見て程よい距離感で関係性を保っていることがある。距離を取ると相談できるし話聞けるし新しい視点やアイデアをくれるし、程よい熱量をくれるおもしろい存在になるようだ。中には敢えて巻き込まれにくる人もいるが。

わたしは本心を話すと人の価値観や常識を壊してしまう。本心を話す前にいつも、"知らないままの方がいいこともあるよ。あなたにとっての常識や普通を壊してしまうことになりかねないし、話すだけで人生や考え方がまるっと変わってしまうかもしれない。それでもいいなら話すしアドバイスもする。どうする?"と必ず前置きをして選択権を渡すようにする。

自分の考え方で周りの大事な人たちを変えたくないし、変わってほしくないのだ。変わっていってしまう様子を何度もこの目で見てきたからそうするのだ。これ以上自分のせいで精神をやられたり壊れたりしていく人を見ることがもう嫌なのだ。


わたしはひとりで大丈夫なようで大丈夫じゃない女だと自分で知っている。もちろん外見も強そうだし、実際体も強いし健康体だ。ひとりで焼肉もお寿司も牛丼も食べに行けるし、バーにひとりで突撃したりもする。

だが本心ではこんなわたしを丸ごと受け入れてくれるような奇跡みたいな存在をずっと探している。わたしの毒にあたらない、逆に毒を持って毒を制すような人を。それは元彼たちではなかったし、親でも友達でもなかった。わたしを手のひらで転がしてかわいいねと言ってくれる余裕を持った人に出会ってみたい。

きっとそんな人はいないのだろうと諦めながら、その可能性を夢見て日々生きている。

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