#77 アメリカ司法記者界のレジェンド、ニーナ・トーテンバーグ (Part 2)
1991年に、最高裁判所判事候補に指名されたクラレンス・トーマス判事のセクハラ疑惑を報じたNPRの司法担当記者のニーナ・トーテンバーグ氏。
トーマス判事の最高裁判事指名から承認までのタイムライン
ざっくりみていきましょう。
【1】1991年7月1日に、最高裁判事候補としてトーマス判事がブッシュ大統領(共和党)から指名される。
【2】9月10日の週に「1980年代初め、職場環境でセクハラ被害に遭った」との申し立てを、当時大学教授であったアニタ・ヒル氏が上院司法委員会の委員長であったバイデン上院議員(そう、もうすぐ第46代大統領になる民主党のバイデン氏)に行う。
【3】バイデン委員長はヒル氏に対して、公の場で証言するならトーマス判事に対する捜査を行う、と条件を付け、それについてヒル氏は公の場に出ないと決める。
【4】だがトーマス判事の指名承認公聴会が開始された数日後、ヒル氏はバイデン委員長のオフィスに宣誓供述書 (affidavit) をファックスする。
【5】ヒル氏の宣誓供述書 (affidavit) をトーテンバーグ記者が入手した結果、ヒル氏はインタビューに応じ、その内容が10月6日に報じられた。(その2日後に上院での採決が予定されていたが、この記事のために延期)
【6】10月11日から3日間にわたり、トーマス判事を最高裁判事として承認するかを検討するための上院司法委員会の公聴会が開かれ、結局10月15日に上院で52票対48票の僅差で、トーマス判事を最高裁判事にすると可決
世論の批判は、ニュースを報じたトーテンバーグ記者にも向けられる
公聴会ではトーマス判事、そしてヒル氏の双方が証言しましたが、世論の批判が2人に対して厳しいのは勿論、その矛先はニュースを報じたトーテンバーグ記者にも向けられたそうです。
特に、既に上院での採決が2日後に予定されていた中でニュースを報じた、というタイミングも非難されたそうです。
こちらはNPRのAll Things Considered の2016年の放送。
「この特ダネを報じたあなたに、どのようなことが起きましたか?」という質問に対し、トーテンバーグ記者本人が1分45秒から答えます。
Well, you would think it would be great. And I suppose in hindsight, it did do a fair amount for my career, but at the time, it was just awful.
(きっと素晴らしいことが起こったと思うでしょう?確かに、今からみれば、私のキャリアにとってそれなりに良い結果をもたらしたと思います。でも当時は、ただただ酷かったです。)
Clarence Thomas was pilloried. Anita Hill was pilloried, and I was pilloried because I was the messenger.
クラレンス・トマス判事とアニタ・ヒル氏は公然と批判され、さらし者にされました。そして、このニュースのメッセンジャーの役割を果たした私も同様に、さらし者の扱いを受けました。
始めは共和党の上院議員を中心に始まったトーテンバーグ記者への攻撃は、共和党寄りのメディアにも広がりました。
更には、上院が指名する特別検察官の前で証言するよう召喚状が届いたり(トーテンバーグ記者は証言を拒否)、議会侮辱罪で投獄される恐れにまで事態が悪化したそうです。(結局、上院は取り下げ、議会侮辱罪には問われず。)
テリー・グロスによるインタビュー
2021年1月2日に放送されたFresh Air では、その当時の状況について19分3秒からテリー・グロスが質問します。
【テリー】
So, what kind of body armor did you develop when you were under attack and everybody and all sides you say was hating you?
(攻撃にさらされていた頃、どのような鎧を身に付けたのですか?周りは全員あなたを嫌っていた、とおっしゃいましたね?)
【トーテンバーグ】
Well, you know, I tell this story because it's true and because it's funny and it because it sort of captures everything.
(なぜこの話をするかというと、真実だし、可笑しかったし、ある意味全てがここに込められているからなんです。)
So then, night after I broke the story--I broke the story on a Sunday morning and on Monday night I did Nightline. And Simpson was on and the late Paul Simon, then senator from Illinois was on. And I was on.
(あのニュースが出た次の晩—日曜の朝に報道し、月曜の夜はABC局のナイアトラインに出演しました。シンプソン議員 [共和党ワイオミング州選出の上院議員] と民主党イリノイ州選出の故ポール・サイモン上院議員も出演していました。)
And you know, I have thanked God many times that I was not a twenty-something at the time because if I had been, I would have been really, I think, unable to maintain the demeanor I had to maintain.
(20代じゃなくて本当に良かった、と何度も神に感謝しました [注:当時40代]。そんな年齢だったら、その場にふさわしい態度は、とても取れなかったでしょう。)
So that night at the end of the show, Alan Simpson was saying that I was a completely unethical journalist and I broken all kinds of ethical codes, and etc., etc.,
(番組の終わりに、アラン・シンプソン議員は私のことを全く倫理観のないジャーナリストだ、あらゆる倫理規定を破壊した、などとまくし立てました。)
And so I waited and I waited till about 50 seconds before the end of the show. And I got the floor and I said, "Look. If I hadn't reported this story, it never would have come out. And if the Senate Judiciary Committee had done its job and investigated these charges, I never would have had this story."
(そこで、私は待って、待って、番組終了50秒ぐらいになりました。そして私にマイクが回ってたので、こう言いました。
「いいですか。私が記事にしなければ、あの話が世に出ることはなかったですし、もし上院の司法委員会がやるべき仕事をちゃんとやって嫌疑を捜査していれば、私も特ダネをつかむことはなかったんですよ。」)
So I head out, they had sent a car for me. I head out, I get in the car, Al Simpson, who's about 6-8, comes dashing out after me, holds the door open, and is yelling at me.
(私はスタジオを出て、用意してくれていた車に乗り込みました。すると身長6フィート8インチ [2メートル強]のシンプソン議員が私を追いかけ、ドアを開き、私を怒鳴りつけたのです。)
And I finally, after about three or four minutes of this and I couldn't close the door, I got out, I stood up to my full-then five feet four and a half inches, and I said, "Senator, you are a blankety-blank bully," and you can figure out what the blankety-blank swears were.
(その状態が3~4分続き、ドアを閉めることもできなかったので、遂に私は車の外に出ました。身長5フィート4.5インチ [166cm]ですがなるべく大きく見えるように立ち「議員殿、あなたは●●●●ないじめっ子だわ」と悪態をついてやりました。●●●●が何だったのかは、想像してください。)
I got back in the car, and we drove off. I said to the driver, I said "Go!", pulled the door shut.
(そして私は車の中に戻り、走り始めました。運転手さんに「出して!」と言ってドアを閉めました。)
We go out, turns around the corner--there's more to the story--and he says to me, he pulls over, "Lady, you better get a gun."
(走り始めて角を曲がると—続きがあるんですよ—運転手さんが車を止めて、私に言うんです—「銃を持ち歩いたほうがいいですよ」と。)
I go home, my husband who is a former United States Senator, the late wonderful Floyd Haskell, had not been watching this because it was a Monday night football night.
(家に着きました。私の当時の夫は、もう亡くなってしまいましたが元上院議員のフロイド・ハスケルでした。素敵な人でした。彼はいつも月曜日はテレビでフットボールを見るので、ナイトラインは見ていませんでした。)
So, he just went to bed, and some husbandly instinct, I walk in the house and he comes down the stairs, and he's standing at the top of the stairs in his pj's, and he said to me, "What's wrong?" and I said, "Alan Simpson was mean to me, and I said bad words to him" I just completely, I totally lost it. I mean, I just cried and cried and cried.
(彼は寝ていたんですが、夫としての勘が働いたんでしょう、私が家に戻ると、階段のところまで来てくれました。パジャマ姿で2階から「何かあったの?」と聞いてくれました。それを聞いて私は「アラン・シンプソンが意地悪だったの、だから言い返してやったの」と言いながら、わんわん泣いてしまいました。自制心を完全に失い、泣いて、泣いて、泣いてしまいました。)
NPRをつけていると、度々ニーナ・トーテンバーグ記者について触れられているのですが、どの記者も彼女にとても敬意を表しながら、強く慕っているのが声の調子で分かります。
PBS(こちらもNPRと同じく、公共放送サービス)による長尺インタビュー、こちらも面白いです。
トーテンバーグ記者は2018年のカバノー判事の最高裁判事指名の時のことも語っています。(トランスクリプトつき)
いがらしじゅんこ:会議通訳者
#英語学習 #ninatotenberg #ニーナ・トーテンバーグ #アニタ・ヒル #テリー・グロス #TerryGross #freshair #最高裁判事 #NPR