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朝と風と囁きと

 朝起きるとどこか冷たい風を感じた。窓を閉めて寝ればよかったかな。少し冷えた身体を温めるためにシャワーに入り、いつも通り気合を入れるために聞くアルバムを流す。evanescenceというUKバンドのfallenだ。当初のメンバーが少しずつ入れ替わり、今ではボーカル以外は別人というバンドではあるが、その日本最初のアルバムだ。
 秋という長くくっついたり離れたりを繰り返している今は元恋人をふと思い出す。いつも天真爛漫な笑顔がとても綺麗で、その生き方もその笑顔みたいな人だ。いつも別れ話をされては数ヶ月後には「やっぱりあなたじゃなきゃダメみたい」とすり寄ってくる。いい加減信用できる相手ではないんだけどどうしても離れられない。もう卒業しなきゃいけない相手なんだけどな。
 とはいえ、秋がいない日々はどうしてもモノクロのように感じてしまって、一緒にいるとまるで生き返ったような気持ちになれる。頻繁に訪れる秋のいない生活はまるで自分の中身が凍ってしまうような感じだ。それでもいつも近くにいるんだから余計タチが悪い。そりゃ擦り寄られれば求めてしまうよ。秋がいないとまるで自分が自分じゃないみたいだから。
 今まで自分は完璧な人間だと思っていた。仕事でもプライベートでも隙を見せずにここまでやってきた。今秋がここにいない生活をしていてそんな自分に嫌気がさしてきた。本当の自分じゃない。今までばかにしてたやつらを見て、少しずつ羨ましいなって思うんだ。きっと彼らは自分たちに正直だし、オレみたいに自分を隠してすごい自分を演じているわけでもない。秋、君がいないとオレは自分を嫌いになりそうだよ。
 こんな未練を垂れ流してるオレのことを笑うだろうね。でも本当に、君がそばにいればなんだってしてあげたいと思っているんだ。泣いている君の涙を拭って、叫ぶ君の恐怖を追い払って、今だってずっと君の手を握っているし、まだオレの全ては君のものなのに。ずっと君に取りつかれているみたいだ。もう君はいないのにね。でもまだ君がまた目の前に現れて笑いかけてくれるんじゃないかって思ってしまうんだ。
 まるで君がまだオレを求めているみたいなんだ。君がオレを引っ張って連れて行きたがっているように感じてしまう。いっそ僕を救ってくれればいいのに。今の僕はただ空っぽなまま生きているだけ。
 もう手遅れなのかな。心の痛みを忘れようとしてももっと痛くなるだけ。あの時のことを後悔してただ苦しんで、祈って、痛みに耐えて、叫んでいるだけ。秋、君は僕のこと覚えてるのかな。もう忘れてくれないかな。もう遅いのかな。
 時々変な夢を見るんだ。紙で作った花。ドアの前をうろうろしていると恐ろしい怪物がオレの名前を呼ぶ。風の声が聞こえる。紫色の空。静かな場所にいるとそんなイメージばかり浮かんでくる。君がいないだけなのに。
 どうやらオレは君がいないとダメ見たいだ。君はオレのことをもう覚えていないんだろうか。愛し合っていたはずなのに。君とまた会えるなら命を差し出してもいい。君がいないと生きていけない。息もできない。君がいないと。
 始業のチャイムが鳴る。雨雲が空を覆う。あの時君の息が止まったこと、なぜ誰も教えてくれなかったんだろう。ただ笑って、信じなければきっとこの夢から覚めるはず。オレのことをなんとかしようなんてしないで。やっぱりもう手遅れなんだ。
 息が止まりそうだ。自分の中に逃げ込んでいれば何も怖くないけど、最後の息を止めて、もう終わりにしよう。
 真実と向き合うとだめになりそう。振り返らないで、隠さないで、目を閉じないで、光を消さないで。自分が見たことがとにかく怖くて。これでは終わらない予感もあって。足元で君が倒れる。耳元で囁きが聞こえる。目の前で灯火が消える。君が僕を手招きする。その手を取ってしまおうか。助けて。

というアルバム。2段落目から順に
1. Going under
2. Bring me to life
3. Everybody’s fool
4. My immortal
5. Haunted
6. Tourniquet
7. Imaginary
8. Taking over me
9. Hello
10. My last breath
11. Whisper
名盤です。聞いてみてください。

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