スピッツ『運命の人』 歌詞考察

 記念すべき第一回目は、スピッツの『運命の人』の歌詞を考察していきたいと思う。そもそも、この歌詞考察、歌詞について考えるきっかけとなったのは、スピッツだ。スピッツの歌詞の特徴しては、小学生でもわかるような簡単な言葉を使っていながら、非常に難解で奥深い歌詞になっているところだ。聞く人によって解釈が変わるようになっている。そして何より、メロディがポップなのだ。だから歌詞がスッと入ってくる。しかし、意味を考えるとだんだん沼にはまっていく。 

 特に、この『運命の人』は歌詞を聞いて、私は
頭を抱えた。出だしから非常に難解な歌詞なのである。三日三晩歌詞の意味について考え、そして結論づけた。今回はそんなスピッツの『運命の人』の歌詞を私なりに解釈していきたいと思う。


スピッツ『運命の人』の歌詞考察

 結論から言うと、この「運命の人」というのは、セフレを本気で好きになってしまった主人公の愛の叫びを歌ったものである、と私は解釈した。つまり、「運命の人」というのは、セフレのことなのである。
 いやいやどうゆうことだと思うが、そのような解釈になった理由を詳しく説明していこう。 


1番Aメロ①
バスの揺れ方で人生の意味が 解かった日曜日
でもさ 君は運命の人だから 強く手を握るよ
ここにいるのは 優しいだけじゃなく 偉大な獣 

 いきなりこの難解な歌詞だ。ポップなイントロの後に、非常に難しい歌詞をいきなり突き付けてくる。
 ここでポイントなのは、人生の意味が解ったキッカケになったのが、「バスの揺れ方」であり、そしてその日が「日曜日」ということだ。また、その後に「でもさ」という逆接の接続が来て、君は運命の人だから手を握るという結論にいたることだ。
 ここでは様々な解釈がなされる。他のサイト等をみても、それぞれ違う解釈になっている。例えば、バスの揺れを人生や気分の高揚として考える見方や、バスの乗客を子供から老人になるまでの自分の人生に例える見方などがあるが、今回私は以下のような見方をした。
 それは、バスの乗客が主人公が人生で関わる人たちを表しているという見方だ。人生で深く関わる人数は、電車よりもバスの乗客数のほうが適切だと思う。そして、バスではいろんな人が乗り、そして降りてゆく。これはつまり出会いと別れを表している。さらに、「日曜日」という点を踏まえると、次の日は仕事や学校があるのでどこかに帰らなければならない。仮にバスに乗ったのがデートの帰りだとすると、駅でバスに乗った時にはたくさん人がいたのに、次第に降りていき人が少なくなっていく。人生でもたくさんの人と関わるが、別れ、時には死を繰り返して減っていく。そうした中、「君は運命の人だから」どこにも行かないように「強く手を」握ったのだ、という捉え方をした。

 そして1番Aメロの最後の「ここにいるのは 優しいだけじゃなく 偉大な獣 」となる。ここでポイントなのは「偉大な獣」だ。これはおそらく主人公ではなく、彼女のことを言っているのではないかと考えた。そして、「獣」というワードから野生的、つまり性欲が非常に強い女性、というのを表していると考えた。しかしなぜこのような解釈になったのか。それは次の歌詞を見ると見えてくる。

 1番Aメロ②
愛はコンビニでも買えるけれど もう少し探そうよ
変な下着に夢がはじけて たたき合って笑うよ
余計な事は しすぎるほどいいよ 扉開けたら

 まず、最初の「愛はコンビニでも買えるけれど もう少し探そうよ」についてだ。ここでの愛とは、コンビニで買えるもの、つまりコンドームだ。主人公はSEXではなく、本当の愛をもう少し探したいという思いが込められてるのだ。
 しかし、「変な下着に夢がはじけて たたき合って笑うよ」に移る。結局、愛は探すという夢は叶うことができず、彼女とヤることになった主人公。しかし、変な下着に笑い合い、結局楽しいことだった、というふうに見ることができる。 
 ここまで読み解くと、主人公は彼女を愛しているが、彼女側はただ性欲を満たすだけの相手、つまりセフレとしか見ていないという解釈ができるのではないか。だからこそ、最初のAメロの「偉大な獣」とは、主人公ではなく性欲の強い彼女のことを指しているという見方になる。
 最後に、「余計な事はしすぎるほどいいよ 扉開けたら」となる。ここでの「余計な事」とはおそらくSEXのことである。本当の愛を探す上では、彼女との関係は切れないし、結局必要なことなのだと、半分諦め気味に悟ったのだ。

1番サビ
走る 遥か この地球の果てまで
悪あがきでも 呼吸しながら 君を乗せて行く
アイニージュー あえて 無料のユートピアも
汚れた靴で 通り過ぎるのさ
自力で見つけよう 神様

 ここではセフレではなく純粋に彼女を愛してる 気持ちを歌ってる。この地球の果てまで、誰にも邪魔されないとこまで、君を連れていって愛したい。そんな気持ちを歌っている。そして続く「無料のユートピア」。これはおそらく風俗店の無料案内所を指してるのではないかと考えた。自分の性欲を満たすだけなら、そういったお店に行けばいい。しかし、彼女が好きだからあえて通り過ぎるのだ。そして最後に、本当の愛を自分の力で見つけたい、そう思って神様に祈りサビを終える。

2番Aメロ
晴れて望み通り投げたボールが 向こう岸に届いた
いつも もらいあくびした後で 涙目 茜空
悲しい話は 消えないけれど もっと輝く明日!!

 続いて2番のAメロ。一見自分の思いが届いたような歌詞に見えるが、私は逆の捉え方をした。
 そもそもこの「ボール」というのは、太陽のことを表していると考えた。それが向こう岸にとどいた。つまり、太陽が東に沈むようすをここでは表している。デートの日、望み通り晴れたのに、気がついたら日が暮れてしまった。だから、「茜空」につながる。
 そして、そんな自分の横で彼女があくびをして、自分もあくびをする。つまり、デートが互いにとって楽しいものではなかったのだ。この「涙目」とは、あくびによる涙と、デートが上手くいかない悲しみの涙の2つの意味があるのだ。
 そんなデートや自分の思い通りにいかない「悲しい話」は消えない。それでも明日こそは輝く、明日こそは頑張ろう、そう決意を決める場面になっている。

2番サビ
走る 遥か この地球の果てまで
恥ずかしくても まるでダメでも かっこつけて行く
アイニージュー いつか つまづいた時には
横にいるから ふらつきながら
二人で見つけよう 神様

  2番のサビも1番と同様に、純粋な愛を叫んでいる。
どんなにうまくいかなくても、恥ずかしくても、君を振り向かせるためにカッコつけてく。そして、君がつまづいたときには、横で支えてあげよう。最後に2人で本当の愛を見つけよう。そう歌ってるのだ。
 ここでグッとくるポイントは、1番のサビでは愛を自力で見つけようとするのだか、2番サビでは、2人で探しにゆこうと決意しているところだ。結局、本当の愛というものは、1人じゃ見つけることができない。2人揃って初めて見つけることができるのだ。

Cメロ
神様 神様 神様 君となら…
このまま このまま このまま 君となら…
ラストサビ 
1番と同じ

 こうして、自分の想いを神様に祈り、最後にサビでもう一度愛を歌う歌詞になっている。



 以上、スピッツ「運命の人」の歌詞考察である。
有名な話だがスピッツの曲のテーマは「死とSEX」である。この点を踏まえると、今回の考察はあながち間違ってないと思った。普通の恋愛とはちょっと違う、少しだけエロさと複雑さを含んだ歌だなと思った。
 ただスピッツの歌詞の良い点は、情景描写的なところは非常に難解で草野マサムネの世界観満載なのだが、1番伝えたいこと、今回の場合だと愛を歌うサビの歌詞は、とてもストレートであるところが非常にグッとくる。だから、スピッツの歌詞は、その不思議な世界観に引き込まれながらも、共感することができる。これがスピッツの魅力の一つであると思う。またスピッツついては追々他の曲でも考察していきたいと思う。

 それでは次回もお楽しみに、、

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