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三崎亜記『30センチの冒険』(文藝春秋)

新刊を見かけたら必ず読むことにしている作家の一人、三崎亜記の『30センチの冒険』読みました。三崎亜記は、日常生活と思わせる光景描写の途中であれっという変換が起きて、現実と異世界とのはざまを感じさせる小説が多いのだが、今回のは異世界に連れていかれるファンタジー。この手のファンタジー(コンセプトとして近いのは「ナルニア国物語」とか「十二国記」とか)は久しぶりで、足元を一歩ずつ固めるようにして読み進める。三崎亜記の小説でこういうタイプの小説は初めてでは(「コロヨシ!」シリーズのように完全に異世界にあるハイファンタジー的な小説はあるが、現実と異世界の往来というのは今までなかった)。

故郷に久しぶりに帰って、乗ったバスの中で寝過ごして、運転士に起こされて降りた終点と思った場所は、異界への入り口だった、というか、バスが行ってしまったそこから、自分の元いた世界に戻るすべをなくして、距離が不安定に伸び縮みして、自分が行きたいところに行くのも一苦労する、謎の世界に放り込まれた主人公ユーリ。危機から救ってくれたエナさんに導かれ、その世界での歩き方を覚え、静かに滅びつつあるその世界を救い、自分も元の世界に戻る手段を模索する。

細かい仕掛けが多すぎて、やや消化不良になりそうな中、豊かなアイディアを堪能する。本を統べる者、統べられている本たち(コトリとダイゴの姿に心慰められる)。かつて別の小説でも描かれた、恐怖の鼓笛隊たちがこの小説の中でも恐怖の存在として現れ、測量士たちが、わたしたちがイメージするのと全く違う測量で砂漠の中を進む。権力者の思惑。謎の技術を継承するムキ。30センチものさしの不思議な力。象の墓場。ノザキさんとウノキさん。

ユーリが現実世界に戻れるのは、なんとなく最初からわかっていた気がするが、記憶が欠落した状態で異世界を生きたユーリが、現実世界に戻って、逆に異世界での記憶を欠落させた状態で、少しずつ、二つの世界を結び付けていくエピローグは、やや牽強付会にも思える。でも、その向かっている方向が明るいのが、小説の救いになっている。図書館の中で、欲しい情報がうっすらと光って浮かび上がっていく様子を想像するのも愉しい。

三崎亜記がこれまでに繰り出してきた様々な小道具を一気に動員しているのは、作者の気持ちが仕掛けの大同窓会をやっているような気持ちになっていたからなのか。でも、じゃあ、次はどういう方向に行くんだろう? 全く違った次作を楽しみに待ちたい。

#読書 #三崎亜記 #30センチの冒険 #文藝春秋 #鼓笛隊 #象の墓場 #コロヨシ#ファンタジー


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