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6章-(3) とうちゃんの応え

かよの知らないところで、事態は動きつつあった。

かよのとうちゃんが稲刈り作業に、じいちゃん宅へ4日続けて泊った時、  最後の夜に、旦那様からの下男が使いの者として、じいちゃん宅に来た。

とうちゃんは何事で呼ばれるのかと怪しみながら、いつもの作業着をはたきつつ、屋敷の台所へ向かった。

かよは下女部屋で、おつる様の習字用の道具を、きれいに準備していた。  すっかり上手になられて、県の習字発表会にも出品されたりしている。筆も中筆、小筆を何本も使い分けられ、用紙もいろいろお使いになる。

とうちゃんが黙ったまま、奥座敷へ向かう後ろ姿を見かけて、かよは首を  傾げた。

奥座敷に通されたとうちゃんは、旦那様とおくさまが、床の間を背景に      して、きちんとした身なりで座っておられ、とうちゃん用に、分厚い座布団が置かれていた。

旦那様はとうちゃんがへやに入ると即座に、声をかけた。                         「まあま、遠慮せんで、そこへ座ってくれんか。余平さんにでぇじな話が あって、来てもろうたんじゃ」

とうちゃんは自分の作業服で、座布団を汚すまいと、その脇に座った。

「ええんじゃ、汚れるやこ、気にすんな。座ってくれんか」

再度言われて、とうちゃんも身をずらして、座布団に座った。

そこへ、おキヌさんが盆に蓋付き茶わんの茶と、羊羹を載せた小皿を3つ、それぞれの前に置いて、下がって行った。

旦那様が先にお茶の蓋を取り、ゆっくりとひと口飲んでから、余平にもすすめた。

「なんで呼ばれたのか、見当もつかんじゃろうのう。わしら2人も考えて、考えて、決めようとしとるんじゃが、父親の余平さんの考えも聞かせてもらわんことにゃ、と思うての」

余平も蓋を取り、ひと口茶をすすった。話はさっぱりわからないが、重大なことではあるらしい。

「簡単に早う言えば、かよをつるといっしょに、うちの子にもらえんじゃろか、ということなんじゃ」

余平はあやうく茶わんを取り落とすところだった。え? かよを? いや、かよも?

「つるは、実にはしこい子でな。かよが自分の姉じゃと気づいておるよう じゃ。寝言に言うたりもしとる。かよが三の割に戻っておることも、もう 知っておる。自分がもらわれ子で、今までずうっと、姉と別扱いされとる と気づけば、気持ちは安らかではおれんじゃろう」

旦那様はそこまで言うと、またひと口茶をふくんだ。
その間に、おくさまが口を出された。

「かよが三の割に戻って、兄弟妹に会うておることを知った後、いつ自分も三の割に行ってみてぇと言い出すかと、うちはハラハラしましたえ。秘密のままにせんで、姉妹として自然に育てる方が、2人にも、うちらにもええ ような気がしますねん。そう思われしませんか?」

とうちゃんは飲みかけた茶を、ごくりと飲みこんで、しばらく茶わんを手の中で小さく回して、答えなかった。

とうちゃんの頭の中では、亡きちよの面影がくっきりと浮かんでいた。ちよにそっくりなかよ、それにつるもよう似とる。この2人を、手放してしまうとは・・つるは川に流させたくないばかりに、ここへ預ける算段をした。預けるには、かよを子守としての条件だった。仕方なくそれを呑んだのだが、いざ2人とも、手放すことになると思うと、無性に手放したくない気持ちがつのってくる。だが、恩あるお方たちの申し出を、即座に無下に断るのも 申し訳ない。

旦那様が助け船を出した。

「急な話で面食ろうたじゃろう。考えてみてはくれんか。ええ話じゃと思うとるが・・」

「へぇ、考えてみます。明日三の割に戻って、息子らにも話してみます  けん」                               と、余平はそう答えた。

「それがええ。家族でよう話し合うて、稲刈りが済んで、祝いの酒の席までに、返事をくれんか」

「へぇ、そう致しやす」                       と、余平は畳に手をついて、おじぎすると、立ち上がろうとした。

おくさまがすぐに手を叩いて、おキヌさんを呼んだ。

「羊羹も召し上がられんで。おキヌさん、包んで差し上げて。他のも   もっと・・」

とうちゃんが草履をはきかけてるのを見て、かよはすっ飛んで行った。
「何の用じゃったん?」

とうちゃんは何か言いかけたが、のみ込んだ後、
「あす、三の割へ帰って、あんちゃんたちとよう考えてから話すわ」
と、それだけ言って、手に羊羹の頂き物の紙包みをもったまま、じいちゃん宅へいったん帰ったが、その足で三の割へと、夜道を急いだのだった。


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