(114) 知らぬ同士
「もっと早く宿題は終えるものよ。夏休みが終っちゃうじゃないの」
部屋に入って来るなり、おふくろは言いそうなことを言った。
「やらねえよりは、ましだろ」
おれも平凡な返事をして、辞書をめくってる小山に、おふくろの運んできたジュースとパンを押しやった。
英語の宿題が3冊だぜ。二人で半分こして、辞書引きまくっても絶望的、死んじまうよ。
「アウシュビッツで撮られた写真みたいな体、って何だ?」
くそまじめな小山は、まだ本に食いついている。まだそばにいたおふくろが、口出ししそうだったので、いいから、いいからと追い出しにかかって、小山には適当に答えてやった。
「でぶってて、みっともねえ体ってことじゃねえの」
「そうか。作者は水泳してかっこよくしようとしてるんだね」と小山。
すると部屋を出かかっていたおふくろが、すごい剣幕で戻ってきた。
「その反対よっ。骨と皮にやせて餓死者も大勢いたのっ。アウシュビッツの収容所で、ユダヤ人たちがドイツのナチスに、何百万人も殺されたのよ。高校生が知らないなんて、そんなのありっ! 日記を残したアンネは、同じ頃、別の収容所で病死したのっ」
おふくろの話に度肝を抜かれて、黙りこんじゃったけど、知らなかったのしゃくだから、おれ言い返してやったんだ。
「ビリー・ジョエルってだれ、って訊いたのだれだっけ?」
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