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(137) 見舞い

郷里の母の入院する内科病棟は、老人専門ではと錯覚するほど、どの部屋も寝たきりに近い患者で埋まっていた。

母もこの6年の間に、パーキンソン病その他の病状が進み、今はリハビリはおろか、寝返りもままならない。年に数回帰郷して、見舞うことしかできない身としては、訪れるたびに、精一杯話し相手をつとめるほかなかった。

そんな時、車椅子であちこちの病室を巡り歩いてくれる、患者のOさんは心強い援軍だった。半身不随で、物言いは不自由だが、リハビリを欠かさず、積極的に話しかける彼女と、いつしか冗談を交わし合う仲になっていた。

母のベッドの傍らで、二人でたわいない話をして笑い合っていると、母も笑顔を見せることがあった。

今回、その彼女が姿を見せなかった。同じ階のどの部屋にも、名札が見えず気がかりだった。身内に見放されて、引き取り手はないと聞いているし、入院して 16年目になるはず。


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ひょっとして、と不安に駆られて、別の階まで一巡してみた。階段の踊り場まで出ると、そんなはずれの予備室に、やっと彼女の名札を見つけた。。

あった!と嬉しくなってのぞくと、廊下を見つめていた彼女の目と、まともにぶつかった。

覚えてる? とつぶやきながら、数ヶ月ぶりの私が笑顔で入っていくと、うなずき返しながら、彼女は目にみるみる涙をあふれさせた。

手を握って、元気で良かったと声をかけたとたん、彼女は爆発する勢いで、号泣した。全身から哀しみを絞り尽くすように、身をもんで泣き続けた。

もう車椅子も使えなくなり、だれかの訪れを、だれかとの会話を、こんなにも待っていたのだと、私は何も言えず、手をにぎりしめながら、もらい泣きしていた。せめて私がいる4日間は、何度でも立ち寄ってみよう、と心に決めた。


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