3章-(4) 4人でパパと再会
江本寮監に、直子もいっしょに父と食事する話を伝えた。先生は隣のへや だから、ノックですぐ顔を合わせることができる。先生は食堂に伝えて おく、と言ってくれた後、小声になって訊いた。
「山口さんとの同室は、いかが? うまくいってますか?」
香織はすぐに頷いた。
「そうだと思いましたよ。このことは、ちゃんと私が考えたのですよ」
香織が訊きたそうな表情をしたらしく、先生は小声で続けた。
「あなた、ニットのせいで新聞にも載って、目立つ人になったでしょ。静かに引っ込んでいたい人なのはわかってるから、同室の人は、自分をしっかり持っていて、あなたの気持ちを騒がせない人を考えてみたら、山口さんだったの」
香織はにっこりして頷き、お礼のおじぎをして、直子のへやへ向かった。
他の人と同じへやになっていたら、きっと香織の一挙手一投足に興味を示して、見つめたり崇めたり、同室であることを誇ったりと、やじ馬的になるのでは、と先生は案じてくれたのだ、と香織はぼんやりとだが、察せられた。その意味で、山口さんは目的を持って自立している人だった。
1階の10号室では、直子がおしゃれの真っ最中だった。髪を結い上げ、薄手ウールのグレーのブラウスの襟を立て、紺色ロングスカートが、よく似合っている。ブラウスの袖のふくらみがエレガントだ。
香織は長目のえんじ色のワンピースに、ロングスカーフを肩から胸の前でゆるく結んでたらしている。
「オリ、すてきだよ。そのスカーフの花柄の色合いが地味だけど、とってもいいわ」
2人とも、小さなポシェットを持って、さっそうとレストランを目指した。
「やあ、久しぶりだね」
パパが結城君たちといっしょに、レストランの前で待っていてくれた。
「おう、2人ともさらに娘らしくなってきたな。エスコートしがいが
あるよ」
と、パパが言うと、パパの後ろで結城君が香織にウインクした。
5人でエレベーターで3階の席へ向かった。結城君の手が、香織の手をしっかりとにぎっていた。顔はパパの背中を見つめたまま。
小部屋に通され、パパが一郭にひとりで座り、直子とポール、香織と結城君が並んで向き合って座った。前回と同じだ。結城君が香織の耳に、ステキだよ、ドレスも髪もとささやいた。手はあいかわらず、にぎったまま。
オードブルとワインから始まったが、パパだけはウエイターに前もって伝えてあったのか、ジンジャーエールを手にしていた。また血圧のせいで、医師にアルコールを止められたのだ、と香織は察した。
食事が始まると、パパは早速ポールに話しかけた。
「どうだい、日本のいいとこ、何か見つけたかい」
ポールはよくぞ訊いてくれました、というように、はずんで答えた。
「いろいろありますけど、ぼくは魚の養殖とか、海産物の干物とかに、強く興味をもちました。カリフォルニアの僕のうちでは、上の兄が漁師をしていて、取った魚を市場に売っています。2番目の兄は銀行勤めですけど。ぼくは今まで何をするか、思いつかなかったけど、直子の家の、乾物屋の小さい干し魚や大きなのや、海苔やワカメなど、海のものが保存食としていっぱいあるのに驚きました。海は魚だけじゃなく宝の宝庫なんですね」
直子が嬉しそうに聞いている。
「それで、大学は水産大学に行きたくなりました。ショウジは建築科らしいから、山の木に関係あるけど、ぼくは海ですね」
パパは、うなずきながら聞いていて、笑顔を向けて言った。
「2人とも、大学の方向もほぼ決めたんだね。やりたいことがあるのは、 すばらしい。海は日本の周辺にも、カリフォルニア側にも広大に広がってるから、たしかに宝の宝庫だ」
結城君は夏にポールといっしょに、伊勢神宮へ行った話をした。
「立派な社殿を20年ごとに壊して建て替えていることに、驚いたし、胸打たれました。技術を伝えて行くためにもそうしてるそうだし、あの太い木々を育てている、隠れた人たちの代々の長年の努力も感じさせられました。 日本は森の国なのですね。最近は守る人が少なくて、荒れてきている、とも聞きますけど」
「たしかに、森の国とも言えるね。飛行機で空から見ていると、ほんとに 濃い緑が続いていて、川や海岸べりや、平野の部分だけ茶色の土地が見えて、田や畑がきれいに作られているのが見えるんだ。あの風景は実に美しいよ。アメリカの空を飛んだ時は、荒れ地が目立って、あそこを耕せば、野菜でも穀物でもとれるだろうに、と思った場所があちこちあったね」とパパ。
メインディッシュのお肉が出るころ、パパが香織と直子を見て言い出した。
「君たちの文化祭が新聞に載るほど盛況だったそうだね」
「それは香織の額縁ニットですよ。廊下に長い行列ができて、大騒ぎでした」と直子。
「ぼくらも行列して見せられたけど、あれは香織の・・なんて言えばいいだろ?」
と、結城君が言葉に詰まった。
「マスターピーシズかスペシャルタレントかな?」とポール。
「そう言えば、パパは一度も見せてもらっていないな。香織の祖母が、よく編み物を教えていっしょにやっていたが、それが花開いたのかもしれない。明日にでも見せてほしいよ」
香織はパパに頷いた。
「昨日から1枚編んだから、アイロンをかけておくね」
「アイロンなら、あたしにまかせてね。香織は次のを編んでて」
その日の会では、香織はほとんど話さず、話を聞いてるばかりだったけど、パパと結城君と皆でいる楽しさを充分に感じて、幸せだった。
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