7章-(4) 家族会議
パパはまだ病院のままだった。リハビリが少しずつ進んでいるのだって。
夕食の石狩鍋を囲みながら、ママが香織に聞かせるように、話し出した。
「パパのお仕事は当分、休職にしてあるの。横田先生のお話では、もうパイロットとして、飛行機に乗るのは、無理だろう。くも膜下出血の後の脳梗塞は、また起こりうるので、空の上でそんなことになっては、と思うと、そう言わざるを得ないんだ、と私におっしゃったの。まだパパには知らせてないけどね・・」
香織は、熱い豆腐がのどに詰まるような思いがした。パパ、あんなに好き だったパイロットを、空を飛ぶのを、諦めなくてはならないなんて。その ことを知ったら、どんなにがっかりするだろう。
志織姉が続けた。
「パパがそのこと知って、がっかりしてしまったら、リハビリをする気を なくすかも知れないでしょ。だから、見舞いに行ったときに、気づかれないように、明るくしていよう、って、あたしたち話し合ったのよ」
貴史兄が言った。
「オレさ。マグレガー教授に話して、奨学金をもらえる方法がないか、聞いてみるよ。パパの休職が続いたら、給料も減るだろ。今までみたいに、気軽に金を使ってられないよ」
「あたしもバイトを増やすわ。ピザ店だけじゃなく、思いついたんだけど、日本語学校がいくつかあるから、そこでアルバイトできないか、聞いてみるわ。語学の勉強には、それ、役に立つと思うから」
ママが2人に頭を下げた。
「ありがとねえ、よく言ってくれたわ。今の状態で、2人を外国で勉強させられる状態ではないものねえ」
香織は、自分も私立学校に通っていて、公立の圭子の3倍くらい、月謝が 高いのを知っていた。
何か言い出しそうな香織に気づいて、志織姉が言った。
「オリは今のままでいいのよ。そりゃ、私学はお金がかかるけど、ニットのお蔭で、編み代まで頂いてるでしょう? ミス・ニコルにお願いしたら、学費免除の奨学金をもらえるかもしれない。私のクラスにそういう人、2人いたもの」
香織はそれを聞いて、ほっとした。でも、香織の成績で〈学費免除〉なんて、おこがましいのではないかしら、とも思った。
「その人たち、成績がよかったんでしょ?」
と、香織は言わずにはいられなかった。
「そうね、確かに優秀な人たちだった。卒業して、ひとりは高校の先生に なったし、もうひとりは新聞社に決まって、今も記者として活躍してる」
ママが口をはさんだ。
「香織は体を壊さないほどに、編み物と自分の勉強を続けていれば、それでいいのよ。私が英語塾をもう少し増やすことにすれば、なんとかなるから」
すると、傍らで黙々と、とうふや白菜を食べていたおじいちゃんが、ゆっくりとこう言った。
「わしも仲間に入れてくれんか。まだ退職金は残ってるし、年金もわしにゃ余るから、毎月10万ほど出せるぞ、今まで5万ママに渡しとったが、倍にしよう。いや、3倍にしてもええし、年金全部渡してもいいぞ」
「おう、じいちゃん、すごいや。助かるね、おふくろ」と、貴史兄。
「ありがとう、おとうさん。私、パパの介護も大事だから、英語塾を増やすこと、やれるだろうかと自信がなかったの。実の息子でもないのに、パパのためにそこまでしてくれて、ほんとに有り難いです」
と、ママは涙ぐんでおじいちゃんに頭を下げた。
食事の後かたづけも、入浴も志織姉とすませて、2人のへやで布団を並べて寝た。
「パパがすっかり直って、パイロットになれないとしたら、何をするんだろうね」
志織姉が、言い出した。香織には見当もつかない。姉は続けて言った。
「空港には、管制塔があるけど、管制官の仕事は、すごく神経を使うはず だから、パパにはたぶん無理だわ。力仕事も無理だろうし、」
「じゃあ、机に向かって、パソコン使ったりする、事務官になれない?」
と、香織は言ってみた。
「そうだね。そうなるかな。それとも、教官という仕事もあるかもよ」
「何を教えるの?」
「新人のパイロットに、経験者として、いろいろノウハウを教えるのよ」
「あ、それいい。パパ、それに向いてるかも・・」
2人でパパのこれからの未来を考えて、気がかりと同時に、ワクワクも し合いながら、目を閉じたのだった。
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