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11-(6) 気になる卵とウサギ

マリ子にとっては、おばあさんの話は、世界の色がすっかり変わってしまったほどの衝撃だった。まだよくのみこめてはいなかったけれど、女の子であるということは、遅かれ早かれ、その仕組みに巻きこまれるらしい。世界中の女の人は、みんなそうなんだって。としたら、マリ子がどんなに逆らっても、逃げようにも、逃れられないものらしい。それが誇らしいことだなんて・・。

なんだか、重いものが背中にはりついたようで、それからのマリ子は、口数が少なくなってしまった。

帯野村の村めぐりになっているすごろくを、みんなで始めた。裕子の家の 三上家を出発して、村のおもだった場所をめぐって行く。小学校、村役場、木野山神社、一王子神社、六間川、八幡神社に井筒山、それからあちこちの小さな地蔵さんも。神社前の出店や、アイスキャンデーののぼりまで、描かれていて、進んだりもどったりがおもしろくて、順にさいころを転がしているうち、マリ子も気が晴れてきて、笑い声もあげていた。

村を一巡して三上家に最初に戻れたのは、妙子だった。みんなで拍手して、次にトランプにしようと取り出した時、急に裕子が何かをが思い出したように、手を打った。

「そうじゃ、うち、ニワトリとウサギのえさを、やる時間じゃった。えさをやらんといけんの。うちが育てとるけん」

それでババ抜きしようと言い始めていたのを止めて、皆で庭へ出ることに なった。

裕子は納屋のある方へ、マリ子たちを案内した。

納屋の南側の、さしかけ屋根の小屋の中に、白いめんどりが6羽いた。  裕子はとうもろこしや穀粒のえさに、青菜をきざみこんで、えさ箱に入れてやった。

「あ、卵うんどるが」
妙子がとり小屋の奥の巣箱を指さした。大きな白い卵がふたつ並んでいる。

マリ子は卵という言葉にどきりとした。おばあさんの言葉を思い出したのだ。生きてるものは、みんな自分の子孫を残そうとして、卵を持っとるんよ。生まれた時から、そういうふうに、神さまが用意してくれとるんじゃ、とそう言ってた。

ニワトリの卵もそうだったんだ。ひなが生まれるはずの卵を、人間は横取りしてるんだ。

でも、卵はおいしいもの。生でもゆでても焼いても、どんなにして食べてもおいしいもの。あきらめるなんて、できそうもない。マリ子は頭をふる。

「かえらしいウサギ!」

鈴江と妙子が口ぐちに声を上げた。ウサギ小屋はニワトリ小屋と並んで  いた。真っ白の毛がふっくらしている。3匹のウサギが、えさを求める  ように、寄ってきた。

マリ子は自分のゆびを、ウサギの口元に近づけてみた。ふんふんと匂いを かいでいる。その息がくすぐったい。生きてる感じ!

裕子はすぐ近くの畑から、キャベツの葉をちぎって、小屋のすきまからさし入れてやった。ウサギたちは、すぐに寄って行って、もぐもぐせわしなく口を動かし始めた。

裕子はなにげないふうに、こう言った。
「さっきの煮物にお肉が入っとったろう。おとうちゃんがきのう、一羽やったんじゃ」

「ええっ、あれ、ウサギじゃったん?」
「ニワトリかと思うとった。うちじゃ、ニワトリは食べるんじゃけど」  妙子と鈴江はそう言って、顔を見あわせた。それも、農家では自然な生活のひとつなのらしい。マリ子にはびっくり仰天だった。

マリ子のお腹の中で、さっき食べたおいしいものが、ひやっと固くなった 気がした。知らない間に、あんなにかわいいウサギを食べてたなんて!

裕子たちは、なんてちがう暮らしをしてるんだろう! 農家というのは、 お米やイグサや野菜を作り出す一方で、ニワトリやウサギや牛など、生き物と身近に暮して、その命もにぎってるんだ。

マリ子の家の生活では、畑の野菜の他は買ってくるものがほとんどだった。

その日、たくさん残ったごちそうを、おばあさんが竹の皮や経木きょうぎに包んで、土産に持たせてくれた。おじさんとおばさんも野良着姿の まま、門口まで見送ってくれた。
弟たちはまだ映画館からは戻っていなかった。

マリ子は深くおじぎしながら、今日はお腹にも心にもいっぱいに、新しい何かをたくさん頂いた気がしていた。まだ、ぼんやりと消化しきれない感じなのだけど。 

「まあ、こんなに頂きものして、悪かったねえ」
おかあさんは、赤飯、おいなりさん、煮物や卵焼きの包みを開けては、  ありがたがった。

「裕ちゃんとこじゃ、ぎょうさん作ったんじゃねえ」

マリ子はうなずいたきりで、2階への階段を上がり始めた。

「どうしたん、マリちゃん? おなかでも痛いん?」
「ううん、なんでもねぇ・・」

どうしてだかわからないけれど、マリ子の頭の中はもやもやしていて、  しばらくはただ静かにしていたかった。

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