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(9) 借りた半ズボン・・

すると、あかちゃんをだいた女の人が、顔をのぞかせました。

「また? そろそろ帰ってくるとおもって、ホットケーキを作って まって いたのよ。そちらのあなたが つれてきてくれたのね。ほんとにありがとね。あなたもあきらちゃんも、あがってらっしゃい。いま、よういするわ」

おばさんは、ゆったりそういって、一郎をさそいました。たっちゃんは、 ホットケーキときくと、かけだしていきました。

あきらといっしょに、一郎も大きなホットケーキを ごちそうになり         ました。

おばさんが こんな話を してくれました。

「さくらの いっぱい さいてたころに、パパとみんなで、あの坂道を上って、そのむこうの ほそいみちのところで、お花見したの。妹ははうば車でね。あそこは  車がこない  いいところね」

「それで たっちゃん、あそこが ボチの になったんだね。それじゃ、  まいごじゃ ないね」と、あきらがいって、わらいました。

そうか。くつをかたっぽ おとしたから あそこで泣いてたんだ、と一郎はやっとわかりました。たっちゃんは もうなんども ひとりで 行ってるのでしょう。  

 おばさんは、一郎のガムのついたズボンを、ていねいに あらってくれ  ました。自転車のサドルも きれいにふいてくれました。

パンツ一枚になった一郎を見て、あきらが、              「ぼくの半ズボンをかしてあげるよ」

というが早いか、へやをとびだしていきました。

たっちゃんは、あかちゃんとならんで、気持ちよさそうに ねむって   います。ふくらはぎとひじには、ばんそうこうがはってあります。

一郎の右脚には、おばさんが、赤チンをぬってくれました。

「赤いずぼんしかないけど、いいかなあ」               と言いながら、あきらが息をきらして、かけこんできました。

「わるいわね、あきらちゃん。一郎くんには、あした、このズボンをお返しするわ」

「ぼくのも、あしたでいいよ。また、あしたおいでよ。あの自転車でさ」

「うちのたっくんも、お兄ちゃんを  まってるわ。ほんとにありがとね。    おばさんが、おいしいものを作っておいてあげる」

おばさんがそう言うと、あきらがうれしそうに、一郎をふりかえりました。たのしみだね、って言いたそうに。

「ねてるうちに、帰ったほうがいいよ」

たっちゃんをちらっと見て、あきらが言いました。自転車を、とられない ようにね、と教えてくれているのです。一郎はうなずきながら、ずっとまえから、あきらと なかよしだったような気がしました。

おばさんに送られて、一郎はへやを出ました。あきらがゆうえんちまで  ついてきました。

じゃ、あした、といいかけて、あきらがきゅうに声を上げました。

「きみ、グローブもってる?」

「うん、小さいけど、ある」

トオル兄ちゃんを相手に、豆ピッチャーをやったのですから。

「じゃ、あした、ここで、キャッチボールやろう」

「うん、やろう。あしたね」

一郎は手をふって、自転車にとびのりました。わくわくして、頭のあせものことなんか、ふきとんでいました。

日は西にかたむきかけて、サンダースのれんしゅう場の上を、一郎と自転車のかげが走って行きます。

鳴りそこないの口ぶえをふきながら、あの坂の下まできました。さっきの ダイコン畑は、少し折れたり、へこみは残っているけれど、なにごとも  なかったように、あおあおと広がっています。

一郎は自転車をおりて、坂を見上げました。長い長い坂が、せりあがる      ように、まっていました。この坂を、トオルお兄ちゃんと  いっしょにじゃなく、ひとりでのぼる日がくるなんて、信じられないことでした。これから、  なんども上ったり下ったりしそうです。そして、いつか、サンダースのれんしゅう場にも・・。

一郎は、うんしょうんしょ、とかけごえをかけながら、自転車をおして、 坂をのぼっていきました。 
                    (おしまい)


(次は、小学6年生の女の子の物語です。数回で短いですが、どうぞ   よろしく  おつきあいくださいますよう!)

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