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2章-(3)友だちごっこ?

「ほうら、大事なもの」

目の前で、カギがゆれていた。さっきのでっかい奴だ。みゆきはカギをひったくって、どんどん歩いた。

そいつはぴったりくっついてくる気なのか、みゆきのすぐ側で、大きな声が上から降ってきた。

「駅の方じゃなく、このマテバシイの並木通りを行くってことは、あんた、第4中学へ行くんでしょ? だったら、あたしとおんなじ。よかったぁ!  あたし、引越して来たばっかしで、制服がまだなんだ。あんたのも4中の 制服じゃないね。仲間ができて、よかったぁ!」

 (うっ、タンジュン!人の気も知らないで)

ちらっと、ひっかかる言葉があった。〈マテバシイの並木〉なんて、初めて聞くけど、どうしてわかるの?

みゆきの思いが聞こえたみたいに、そいつは笑い声をあげた。

「マテバシイって、アスナロみたいに面白い名前だね。待てばシイノキに なれるわけないのに、アハハハ」

見かけによらず頭がいいのか。みゆきはちらっと横目を使いたくなった。
とたんにヤリが降ってきた。

「あんた、私立を落っこったんでしょ。気にすることないよ。公立の方が ずうっとラクで、おもしろいよ、ぜったい」

 (ほっといてよ!あっちに行って!)

わめきたいのに、口はカラカラだ。舌が動かせず、声も出ない。みゆきは ふり返りもせず、ぐんぐん歩いた。

 (ちはるお姉ちゃん、ママの車に乗せてもらってるかな)

ちらっと頭をよぎって、胸がさわぐ。でも、そんなこと、考えない、考え ない!

みゆきは頭を振った。このごろ、それが新しいくせになってしまった。  こんな見も知らない奴に、涙なんか見せてなるものか!

そいつはなおも追いついてきて、息を切らしながら言った。

「あんた、4月のついたちに引っ越してきたでしょ。あたしは3月の26日。知らないよね? あたし、ずっとあんたのこと見てたんだ」

みゆきはどきっとした。

(ずっと見てたって? じゃ、さっきも見てたんだ、鍵に手こずってるのを!)

みゆきは横目で隣の顔をにらんだ。といっても、見上げる形になる。みゆきよりも首から上、背が高い。横にもどっしり太っていて、あちこちテカっている紺のジャケットのボタンは、開けたままだ。

「あたしのうちは、都営住宅の西のはし。あんたのへやから一番近いよ。
20メートルもないくらい。友だち見っけ、って思ったんだ。ていうか、 もう、友だちだよね」

みゆきはキュッと立ちどまった。怒りがまたぶり返してきた。

 (かってに決めないで! 友だちなんか、2度とぜったい作らないって  決めたの!)

みゆきのはげしい表情に気づいたのか、そいつはあわてて手をふった。

「わかった、わかった。友だちごっこでもいいよ。うちの隣のおばさんたちみたく・・」

 (ごっこ、だなんて。バカみたい!)

「あたしの名前を言っとかなきゃ。野間栄子。千葉から来たんだ。向こう じゃ、エイってよばれてた。あんたは?」

みゆきの答えを待つよりも先に、エイは身をかがめて、みゆきの黒い   皮かばんの名札をのぞきこんだ。

太い長いおさげが2本、ぷっくりふくらんだ血色のいいほお、ひとえまぶたの眠そうな目が、みゆきの間近に見えた。

「内藤みゆき、だ。かっこいい名前。それと、その制服、似合ってるぅ!」

制服!それが今のみゆきにとって、どれほど屈辱か、エイは何にもわかっ ちゃいない。

「あたしんちは父親は今いなくて4人、週末にはアニキが帰ってくる   けど・・。みゆきの家族って、おとうさんと2人きり?」

ふいうちの、心臓ひと刺し、だった。

 (タコ、まぬけ! 鈍感っ! 勝手にひとのことに踏みこまないでよっ!)

みゆきは走るような早足で、エイを置き去りにした。

マテバシイの並木の下を、真新しい薄いグレー地に青と緑の格子のスカートの制服組がかたまりあって、ゆっくり4中へ向かっていた。肩を押しあったり、笑い声を上げたりふざけたり、にぎやかだ。

その間を、みゆきはひたすら追いぬいて行った。怒りといっしょに吹き上げてくる涙を、けんめいにはじきとばしながら・・。こんな風にしか人に対せなくなった自分が嫌いだ、と自分にわめきながら・・。

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