7章-(7)ママとの約束は?
その夜、予定の勉強の丸印をつけた後、明日のデートの用意をしていた。
帰省準備の方はすませてあった。
週番の直子が、香織を呼び立てた。まだ、ママには、いつ帰るかという知らせをしていないままだった。
「オリに電話よ、いそいで!」
ママかも。ちょっと警戒の構えで、電話ボックスへ駆けこんだ。。
「ヘロー、オリ、ハウアーユー」
響きのいい、でも落着いた女の子の声だ。
「ファイン、サンキュー、アンドユー?」
反射的に答えた。ん? 誰だ?
「お姉ちゃんの声を忘れたな!」
「え? おねえ?・・帰ってきたの?」
アメリカにいるはずの志織だった。
「そ、昼前にね。ここはおじいちゃまの家のリビングさ。皆で夕食し
ながら、パパたちとおしゃべりして、ひと休みしたとこ」
「お姉ちゃんは冷たい! 1学期に1度も手紙も電話もくれなかった。寮だとそれが待ち遠しいのに!」
妹の甘え声になった。それから首をすくめた。香織の方こそ、1通も書いていない。
「あした、ごっそり読めるよ、15通。ママ当てにきっちり書いて送った もの」
さすがだ。志織は急に声をひそめた。
「オリ、ママに約束させられたって? 5箇条あるんだって?」
ママったら、おしゃべり!
「忘れちゃったよ、そんなの」
妹のすねたふくれ声になる。
「・・だと思った」
ククッと志織が笑った。あれ? お姉ちゃんが変わった! ママの小型みたいに、香織を見張ってる方だったのに・・。
「思い出させてあげる。胸に手を当てて、ようく考えてみなさい」
志織は姉らしく、威張って咳払いした。
「1つ、編み物は卒業まで延期」
(今、1つ仕上げて、これからも続けるよ。ミス・ニコルにほめられたもの)
「1つ、補欠入学のことは秘密」
(直子と結城君まで知ってる、江元先生も、瀬川班長も)
「1つ、ママが卒業生、も秘密」
(これも、直子とポールたちにも知られてる)
「1つ、週1回ママに便りを出すこと」
(絵手紙は続かず、本棚にハガキの山、残ってる)
「1つ、ボーイフレンドは大学生から」
(おお、これこそ最大の約束破り!)
「オリが全部破れるはずないもの、3つ破れてたら、大物ね、どう?」
「えっへん! 5つ破りの大物さ!」
と、香織が力んで言うと、志織ははじけるように笑った。信じていない のだ。香織も笑った。冗談がうまくなったね、だって。フフフ、おかし!
それで、お姉ちゃんには、ほんとのことを話しておくことにした。
「あのね、まだママに話してないけど、寮に2日残って、デートの約束してる人がいるの。交換留学生のポールの、ホストファミリーの星城高の2年生で、18歳。彼もサンフランシスコに5年いたの」
「すごいじゃないの、オリ、見直しちゃったよ! じゃあ、ほんとの5つ 破りなんだね!」
「お姉ちゃんも知ってる野田圭子ちゃんが、ママにTELしてくれて、圭子 ちゃんちに泊めてもらうことにしてくれてるの。ママにはないしょってこと」
「ひゃー、ますますすごいよ、オリ!」
「私がお願いしたわけじゃないよ。圭子が自分から言い出して、そうなっ ちゃったの」
「いいさ、青春よ。私は手紙だけがママとの約束で、別に破らないけどさ。やれることは何でもやれば。いい思い出を一杯作るために、なんてね。オリが大阪に帰るのを楽しみにしてる。それとね、オリにとっても、大事な話があるの。ママには話せないけど、オリがデートするんだったら、本気で話しておきたい話なの。そのために今回帰ってきたみたいな気がする。あちこち出かけたい気分ではないの。静かに読書や家事や、気をまぎらすつもりで 帰って来たの」
香織はそれって何? いつものお姉ちゃんと違う、出かけたい気分じゃ ない、なんてどうしたの、と聞き返したいと思いながら、早く会いたい、 とだけ答えた。電話は切れた。
宿題もたっぷりあるけど、何とかなるって。いや、なんとかするって! 後まわしせずに、最初からコツコツやるわ。そして、1日に2,3段ずつ でも編み物もするわ。香織の目的もなにも、解決してないことは、いっぱいあるけど、でも1学期をなんとか乗り越えられたもの。
夏休みにはお姉ちゃんがいる。それになんと言っても、大物の香織だもん! それにしても、さっきのお姉ちゃんの、ママにも言えない、大事な話って、何だったんだろう? と心に引っかかっていた。
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