短編小説「ひとり」
テレビで知ってるやつを見かけた。
仕事が終わって満員電車に揺られてやっと駅についてコンビニで適当に買ったご飯を片手に帰宅してなんとなくテレビをつけた。毎日一緒のルーティーン。
しかしいつもと違うのはテレビに知ってるやつが出てる。何の番組か正直分からないけど漫才を披露してた。面白い面白くない以前に口が開いたままになってしまった。
「いい加減にしろ。どうもありがとうございました。」
そいつは漫才の締めのセリフを言うとテレビから消えた。いつのまにテレビに出るようになったんだ、というよりいつお笑い始めたんだ。全然検討もつかなかった。
高校生の頃に見たあいつはどちらかというとお笑い芸人をやるというタイプではなく、物静かに過ごしているようなやつだった。俺はどちらかというと騒いでるようなタイプだった。
でも何かのきっかけで遊ぶようになった。きっかけなんて思い出せないが気がついたら昼飯を一緒に食べたり放課後ゲーセンに行ったりカラオケに行くようになっていた。でもそれは高校生の頃の話でお互い卒業してから会うことはなかった。
あいつの進路は知らないが俺は大学に行ってサークル入って新しく仲間ができてなんだかんだで充実した大学生生活を送った。その結果普通の会社に入って普通に一人暮らしをしていて彼女はいない。
テレビに出たらそこそこモテるんだろうか。そんな考えが頭をよぎったが俺なんかじゃ無理だなと思った。若干歪んでるであろう思考回路を一旦落ち着かせるためにコンビニで買った弁当の封を開けて口に運んだ。味がしない……。変な驚きで味覚がどっかへ行ってしまったんだろうか。
そしてしばらくするとまたテレビにあいつが出てきた。大勢のお笑い芸人であろう人達の中に紛れていた。
あぁ、あいつは一生懸命頑張ったんだなって思った。俺と一緒に遊ぶようになってからもそこまで明るくなったわけではなかったが何かをきっかけに変わったんだ。正直羨ましい。「ではまた来週」と司会者が言って番組は終わった。
俺はスマホを取り出してあいつの連絡先を探した。高校を卒業してから12年は経つ。その間にスマホのアプリは凄い変わっていった。トークアプリなんて当時なかったし連絡先はメールアドレスと電話番号しか残ってなかった。
俺は一言「頑張れよ」とだけメールアドレスに送った。
するとすぐにメールが届いた。エラーだった。俺はそのメールを見てスマホをベッドに放り投げた。
俺は味のしない弁当を再び食べ始めた。
END
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