パラダイスティ9

私は彼が帰宅してから鞄から煙草を取り出した。するとバーテンダーはすっと灰皿を出してくれた。

「お客さん煙草吸うんですね。」

「ちょっとだけ吸うんです。」

私はそう言って煙草に火をつけた。

「いい匂いですね。紅茶の匂いですか?」

バーテンダーは聞いてきた。私が人生で初めて煙草を買おうと思った時にたまたま目の前に煙草屋さんがあったので入ったのだ。その時に目に留まった煙草がパラダイスティだった。紅茶の匂いがする。吸ってると匂いなんか分からないが。

「そうです。パラダイスティって言うんです。知ってますか?」

「聞いたことありますね。ここに来るお客さんも誰か吸ってたと思いますよ。紅茶の匂いって落ち着きますよね。好きですよ。」

「でも煙草って吸ってると紅茶の匂いしないんですよね。」

私は改めて匂いを感じ取れるか意識して吸ってみたがやっぱり紅茶の匂いなんかしなかった。

「まあしょうがないですよ。煙草ですから。でも紅茶の香りのする煙草吸われるんでしたら先ほどお出ししたダージリン・クーラー良かったですか?」

「はい、気に入りました。」

なら良かったですとバーテンダーは言ってグラスを洗い始めた。私は通知が届いたような気がしてスマホを見た。以前インストールしてから全く触ってないアプリからの通知だった。私はトークアプリを開くと長谷川君とのトークを開いた。

「今日はありがとう。久々に会えて懐かしくなった。」

彼に送るとすぐ既読がついた。思わず早っと思ってしまった。

「俺も久々に会えて良かった。また一緒に飲もう!」

彼から返事が届いてまた可愛らしいスタンプが送られてきた。私もうさぎの可愛いスタンプを送り返した。中学生の頃はガラケーでメールでのやり取りだったのを思い出した。今はメールなんてほとんど使ってない。届くのはよく分からないメールマガジンと迷惑メールとSNSアプリの通知メールくらいだ。たった7年で色々な事が変わったと実感した。そしてすぐこういった気持ちは忘れる。

「良ければお名前伺ってもいいですか?」

バーテンダーが聞いてきた。

「立花っていいます。」

「立花さんですね。ありがとうございます。私改めてここの支配人の近藤と申します。よろしくお願いします」

近藤さんは私に名刺をくれた。

「バーテンダーさんも名刺持ってるんですね。」

「そうですね。ここの従業員は全員名刺持ってますよ。」

名刺には店名が書かれていた「Bar Serenity」と書いてあった。名前の通り安らぎの時を与えてくれるのだろう。そんな気がした。

「長谷川君ってよく来るんですか?」

「長谷川さんよく来てくれますよ。お知り合いみたいですね。」

「中学の同級生なんです。まさかここで数年ぶりに再会するとは思わなかったんですけどね。」

「素敵な方ですよね。」

「いつも一人で来てるんですか?」

私の口から考えてもなかった事が飛び出てしまった。あっと思ったがもう遅かった。

「ほとんどは一人で来てるんじゃないですかね。私がお休みの日に来てたりする事もあるので残念ながらそこまではないですね。」

近藤さんからの言葉で何故か安心してしまった自分がいた。

「そうなんですね。ありがとうございます。」

そう言うと、ドアが開いて男性と女性のカップルが入ってきた。時計を見ると仕事終わりの人達が飲みに行くような時間になっていた。私は鞄から財布を取り出してお会計をお願いした。

「またいつでも来てくださいね。お待ちしてます。」

近藤さんはそう言って領収書を渡してくれた。私はありがとうございますと言ってお店を出た。外は少しだけ肌寒かった。

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