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【短編小説】それぞれの問題

 私は死に向かって生きている。みんなそうかもしれないけれど。私には不倫相手はいる。でも結婚願望もないし、子どももいらない。私の名前は
大江貞美おおえさだみ。性格は暗いと思う。死に向かってなんて明るい人間は言わないはず。未だ独身で今年三十四歳になる。職業は警備員をしている。仕事仲間とは仲が悪い。私は独りぼっち。友達は一人しかいないし。寂しいと思う時が結構ある。でも、私には妹と兄がいる。妹は邦美くにみ、三十二歳、独身。私と違って明るい性格。でも、胃腸が弱いらしい。職業は居酒屋の店員。友達は結構いる様子。だからなのか、たまに酔って帰って来る時がある。友達との交流が好きなようだけれど、熱中をするような趣味は無いみたい。兄は正二郎しょうじろう、三十六歳で既婚者。子どもはいない。三十七歳の奥さんがいる。奥さんの名前は、銀子ぎんこという。正二郎兄さんの職業は現場監督をしていて、有能な人材だと思う。でも、私を含めてそれぞれ問題を抱えている。

 まず、私は莫大な借金を抱えている。好きな男に騙されたのだ。金額は二百五十万円。私の彼への好きな気持ちを逆手にとっていろいろ貢がされていた。ある時、会社を興したい、というので資金が必要と言われて、
「二百五十万円貸してくれないか?」
 と言われ迷いもなく貸してしまったのが間違いの元だった。私は本当に馬鹿な女。愛している男の為なら何でもする。例え私が損をしても。でも、今はその男のことはどうでもいい。だから、警察に被害届を出した。
 事の│顛末《てんまつ》を警察には話したが、
「好きでやったことですよね? 一応、被害届は受理しますけど、捕まえられるかどうかはあまり期待しないで下さい」
 と言われ、警察は役に立たないと思った。
 結局、あれから警察からの連絡はなかった。やっぱりだめか……。これじゃあ泣き寝入り。でも、どういう男かを見抜けなかった自分自身のせいなのかな、そう考えると悔しい気持ちでいっぱいになった。

 正二郎兄さんは、銀子さんという綺麗で上品な奥さんがいるにも関わらず、浮気をして銀子さんにバレたらしい。子どももいないし激高した銀子さんは離婚する! と言い出したらしいけれど、正二郎兄さんは猛省をして今は離婚はしていないけれど、別居はしている。

 妹の邦美は居酒屋で知り合った男性と仲良くなり、身ごもってしまった。  邦美は昔から尻の軽い所があって、前は夜中にミニスカートをはいて帰宅途中にレイプされた。レイプした相手は以前からストーカーのように邦美をつけていた男性らしい。その時は彼女の体内に男の体液が入っているのが確認され、それを病院で取り除いてもらった。現在、身ごもっている子どもはどうしようと考えているのだろう?

 三人三様の問題があることを両親は知らない。皆、独立しているので、兄弟姉妹の間で隠している。

 私の悩みを友達の│伏木圭子《ふしきけいこ》に相談するつもり。彼女とは幼馴染みで、未だに仲よくしてくれている。同級生。でも、圭子は結婚しているからなかなか時間がとれない、小さい子どももいるし。だから、土日のどちらか旦那さんがいる日に会おうと話している。なので、今週の日曜日に圭子の家で話しをする約束をしている。
 私がわざわざ銀行に出向いて借りた大金をアイツは言葉巧みにさらっていった。まあ、もともと元カレに貸す為に借りたお金だけれど。でも、そのお金は返ってきていない。結局、私が返済している。馬鹿馬鹿しい。だからどうやったらそのお金を返してくれるか話すつもり。

 

 日曜日ーー。
 私は朝九時頃目覚めた。空腹感があるので朝食を作る事にした。でも、その前に顔を洗いうがいをした。それから煙草に火をつけ吸った。メンソールの煙草を吸っている。それ程きつくはないと思う。台所に行き、水道の水で煙草の火を消した。吸い殻は三角コーナーに捨てた。冷蔵庫から卵を二個取り、シンクの角で割りお椀に入れて砂糖を小さいスプーンで一杯入れかき混ぜた。長方形の卵焼き用のフライパンをシンクの下から取り出し、ガス台に載せた。火をつけ、サラダ油を少し垂らした。フライパンが熱くなるのを待ってからサラダ油をまんべんなく広げ、生卵を投入した。ジュワ! という音がし、暫く焼いた。
 それから皿に載せ醤油をかけ、レトルトのご飯を電子レンジで温めた。
 スープを飲む為にやかんに水を入れガス台に載せ火をつけた。
 数分程でやかんの水が沸騰したのでガスを止め、別のお椀にわかめスープの素を入れお湯を注いだ。それらを部屋に置いてあるテーブルの上に置いた。白地にピンクのハートの模様がついたパジャマ姿のまま朝ご飯を食べた。卵焼きがふっくらしていて美味しい。きっと、砂糖を入れたお陰かもしれない。いつもは塩を入れる。
 スマホを見てみると、一通のLINEが来ていた。内容は、
<おはよう! 貞美。今日、約束してた日だね。申し訳ないけど、来週にしてもらえないかな? 子どもが熱出しちゃって。ごめんね>
<そうかぁ、それなら仕方ないね。じゃあ、来週の日程分かり次第LINEちょうだい?>
<うん、わかった>

 友達の子どもが発熱したから仕方ないと言い聞かせる。でも、やっぱり、腹が立つ。前々から約束していただけに尚更。かと言って、他に友達はいないし、寂しい話だけれど。そういう理由で許せないのは、私が人として未熟だからだろう。だからってすぐに成長出来る訳でもなく。

 私は急に心配になり、正二郎兄さんに電話をかけた。でも、繋がらない。どうしてだろう? 何をしているのか。尚更心配になる。銀子さんとの仲は大丈夫なのだろうか? まあ、別居しているのは正二郎兄さんが悪いから仕方がない。でも、どこかでのたれ死んでないか気になる。 
 数分後、電話がかかってきた。スマホを見ると正二郎兄さんからだ。電話に出た。
「もしもし」
『おう! 貞美。電話くれただろ? どうした?』
 元気そうで良かった。
「心配だったの、どこかでのたれ死んでいないかどうかを」
 彼は笑い出した。
『そんなことあるはずないだろ。仮に死んだとしてもただでは死なん』
 そうだよなー、と思っていた。
「銀子さんとはまだ、仲直りしてないの?」
 するとさっきの笑いは消え、
『まだだ』
 一気にテンションが下がったように感じられた。
『いつになったら許してくれることやら。俺は早く元の生活に戻りたいよ』
 それは自分が悪いからよ、と言いたかったけれど、言わなかった。
「あれから半年も経つから、お互い冷めちゃった?」
 そう言うと、正二郎兄さんの声のトーンが高くなった。
『おれは銀子のことは今でも愛してるよ!』
 強い口調で言ってきた、これは本心なのだろうと感じた。でも、妻である銀子さんはどうなのだろう? 冷めてないのだろうか。私だったらいくら謝られて反省したとしても許さないし、即冷めると思う。女だからって舐められたくない。
 正二郎兄さんの問題は解決するまでまだ時間がかかりそう。

 妹の邦美は妊娠している。居酒屋で知り合った男性の連絡先は分からない。どれくらい費用がかかるかネットで調べてみたら、最低でも十万円位はかかるようだ。邦美の貯金はほとんどないらしい。誰かに借りるしかない。この話は両親には絶対に言えない。きっとお父さんは、居酒屋で成り行きで出逢った男の子どもなんて知ったら激怒するだろう。お母さんも厳しい。まずは、「どうするつもりなの!」と言ってくると思う。実は私も以前、ナンパされた男の子どもを妊娠したことがある。姉妹揃って尻軽。その時、私は少しお金に余裕があってナンパしてきた男の連絡先は知らないままだったので自分で何とかお金を工面して中絶したことがある。その時、両親に話したらお母さんにビンタされた。お父さんには怒鳴られた。だからもし今後同じようなことがあっても絶対に両親には言わないと決めている。私も邦美に貸してあげようと思い通帳の残高を見たが、数万円しかなかった。なので彼女には消費者金融から借りる事を薦めた。バレずに借りられるらしい、ネットで見つけた。
「実際いくらかかるかはっきりした金額はまだ分からないので、後から払うようにする」
 と邦美は言っている。その方がいいだろう。善は急げで明日の午前中に産婦人科に行くらしい。

 時刻は朝七時三十分頃。私は仕事に行く支度をしていたところ。圭子からLINEが来たので開いてみた。
<おはよー! この前はごめんね。今週の日曜日なら大丈夫だよ>
 内心、本当に大丈夫かなと思った。私は八時までに出勤しないといけないので、
<帰宅したらLINE返すね>
 と送った。

 仕事は夕方五時過ぎに終え、帰ろうとしたところに大っ嫌いな女の同僚に呼び止められ、文句を言われた。
「おい、貞美!」
 私は振り向いて、
「何だよ」
「お前、最近仕事でミス多いよな! 辞めてしまえ!」
 私は酷い事を言われ頭に来たので言い返した。
聡子さとこだってたまにミスするだろ! お互い様だ!」
 彼女はフン! と鼻で笑った。
「貞美ほどミスはしてねえよ、ばーか」
 こんな口喧嘩、下らないので私は無視をして会社の車の後部座席に乗った。この現場に来る時は助手席に乗っていたけれど、あんな酷い事を言われたので聡子と並んで座りたくなかった。運転手は聡子。後から聡子が運転席に乗った。すぐに彼女は、
「貞美! 何、無視してんだよ!」
 今度は私が鼻で笑った。
「聡子に構ってる場合じゃねえ」
 彼女はエンジンをかけた。猛スピードでバックをし、発進した。聡子はいつも運転が荒い。これでよく警察に捕まらないものだ。
「何だと? お前は仕事以外暇だろ? どうせ彼氏もいないんだろ? その顔だもんな」
 いい加減、こんなやり取りはやめたい。疲れて来る。それでなくても仕事で疲れているというのに。嫌になる。別な仕事探そうかな……。これは前々から思っていたことだけれど。

 私は密かに会社の課長とできている。だから離れたくない。それだけがこの警備会社にいれる理由。不倫というやつ。課長には奥さんと子どももいる。だから、たまに逢瀬おうせをくりかえしている。周りからは何も言われないからバレていないだろう。課長と逢瀬を始めたのは、半年前。現場のプレハブで二人っきりになった時、私から、「私、課長の事が好きなんです」と伝えた。相手も満更でもないようなので、「課長に家庭があるのは知っています。でも、好きなんです!」と訴えた。課長は、「たまに会う程度なら付き合ってもいいぞ」と言われ、凄く嬉しかった。私と課長に明るい未来はないのは承知の上。でも、今この気持ちを言わずにいたら後悔すると思い、伝えた。私がこの会社を辞めても課長の連絡先は知っているから電話は出来る。辞めるとしても先に次働く会社を見付けなければならない。ハローワークへ近い内に行こうかな。課長にもこの話はしてある。
「そんなに嫌なら転職もアリだな」
 と言っていた。

 私と聡子は一旦会社に戻り、タイムカードを切って帰宅した。自宅に戻ってシャワーを浴びた。今夜は圭子とLINEするからコンビニ弁当を買って来て食べた。それから圭子にLINEをしたのは午後七時ころ。
<おつかれー、さっき仕事から帰って来て今落ち着いたところ>
 圭子の家は晩御飯の時間は遅いらしい。だから、子どもと一緒にお風呂に入ってるかもしれない。なので返信がまだないのかもしれない。
 約一時間後。LINEが来た。画面を見ると圭子から。
<今、娘とお風呂に入ってた>
 やっぱりそうだ。
<日曜日は何時頃なら都合がいいの?>
 私が訊くと、
<そうねえ、子どもは旦那が見てくれるから午後一時頃は?>
<うん、大丈夫! じゃあ、一時頃行くね>

 明後日、有休を貰ってハローワークに仕事を探しに行く。どんな仕事が良いかな。実際ハローワークのパソコンを見てみないと分からないけれど。有給届は明日書いて課長に提出しよう。因みに明後日は金曜日。その二日後の日曜日は圭子に借金の事で相談にのってもらう予定。

 翌日、私は女の子の日が来たらしくお腹が痛い。鎮痛剤の予備はあったかな。薬箱を見るとあと一回分残っていた。新しくドラッグストアに買いに行かないと。とりあえず、残っている分を飲んだ。少しでも痛みが和らげばいいけれど。時刻は朝六時過ぎ。仕事は八時までに行けば良いからもう少し横になっていよう。数十分痛みを我慢して横になっていたけれど、治まらない。私は外での仕事だからホルモンバランスが崩れているせいか生理不順。早かったり、遅かったり。仕事に行けるかな……。不安。毎月の事だけれど。明後日、ハローワークに行こうと思っているけれど、痛みが続くようなら無理をしないで横になって休んでいよう。その為には今日、遅くても明日会社に行って、有休届けを課長に提出しないといけない。それと今日の生理痛のことも課長には言おう。こんな時こそ、大好きな課長に抱きしめてもらいたい。課長にLINEを送ってみることにした。課長の名前は須賀正彦すがまさひこ
という。二人きりの時は正彦さんと呼んでいる。彼はレディーファーストで紳士な所が好き。年齢は四十六歳。私より一回り年上。そんなに年の離れた男性に恋心を抱くとは思わなかった。
<お疲れ様です。正彦さん、今日私のアパートに来れませんか? お腹が痛くて。それで正彦さんに傍に居て欲しくて……>
 だが、すぐにLINEが返ってくることは無かった。時刻は七時過ぎ。依然としてお腹が痛い。薬は効いていないみたい。仕方ない、我慢して仕事に行こう。私はゆっくりと支度を始めた。

 私が勤務している会社の現場の従業員は四名いる。あとは、課長と社長。今日の現場の相手は山下やましたという男性。彼だけが課長を抜かして少し喋れる仲間。お腹が痛いので山下さんで良かった。会社に行く途中でコンビニに寄り、サンドイッチとお茶一本とスポーツドリンク一本を買った。食欲がある時はお弁当を買うのだけれど。
 八時五分前に会社に着いた。陽射しが強くて暑い。曇りが良かったな、天気は味方してくれなかった。会社に着き、山下さんに、
「おはようございます」
 と挨拶した。彼は確か四十二歳だったかな。職場でも人生経験でも先輩。とても仲が良いとは言えないけれど、仕事は出来る人だと密かに思っている。
「おはよう」
 山下さんは微笑を浮かべた。私は彼の微笑は嫌いではない。イケメンとは言えないけれど、良い人だと思う。
「大江さん、現場に行く準備するぞ」
「はい」
「今日は暑いから飲み物持って来たか? 熱中症予防の為に」
「はい、持って来ましたよ。スポーツドリンク一本とお茶一本」
 私は得意気に言った。すると、
「そんな威張って言う事じゃないぞ」
 彼は笑っていた。
「そうですね」
 私は恥ずかしくなった。
 職場の連中とこんなに交流を図れて嬉しい。でも、きっと聡子と交流を図るのは難しいだろう。なんせ、あの性格だから。他にも二人、女の従業員がいるけれど、あまり良い関係を築けていない。
 

 今日の仕事を終え、私は帰宅した。明日は休み。生理痛も和らいでいる。今日も暑い日だったから、汗を沢山かいた。なので、すぐにシャワーを浴びた。さっぱりしたところで三百五十ミリの缶ビールを冷蔵庫の中から持って来て飲み始めた。
「プハー! 美味しい!」
 ビールは最初の一口が旨い。まるで、おっさんのようだ。酒のさかなに鮭とばを前に買ってあって封を切らずにキッチンの引き出しにしまってあったので、出して食べている。固いけれど味は良い。そこに一通のLINEが来た。正彦さんからだ。本文は、
<お疲れ! 君からのLINE、今見たよ。今からでも良ければ行くか? 長居はできないが>
 気付くの遅いなぁと内心思った。まあ、仕方ない。私は返信をした。
<お疲れ様です。無理しなくても良いですよ。私は大丈夫なんで>
 それから暫く彼からのLINEは来なかった。
 そして、約一時間後、ピロンとLINEの着信音が鳴った。スマホの画面を見ると正彦さんから。見てみた。
<無理はしないが、大丈夫なら良かった。また今度行くよ。それと、有休届を社長に提出したんだがもっと早く出せと言ってたわ。受理はされたがな>
 社長がそんなことを言っていたんだ、それはまずい! でも、受理されたから今回は大丈夫かな。なので、明後日はハローワークに行く予定。いよいよこの会社ともサヨナラできるかも。課長と山下さんとの人間関係は平気だけれど、聡子ともう二人の女性社員が嫌で堪らない。我慢の限界。だからといって、今勤務している警備員のように適当に選ぶようなことはもうしない。同じ事を繰り返すのはごめんだ。

 昨夜はあまり眠れなかった。何故だろう。なので、寝不足。休みだからいいけれど。朝九時位にハローワークに行く。何年ぶりだろう? 久しぶりに行くからか、少し緊張している。私らしくないと思う。私はどこに行っても物怖じしないタイプだと思うのだけれど。今の時刻は八時くらい。起きたばかり。用意しなきゃ。混んでいるかな? 人込みは苦手。多分、車で十分位で行けるだろう。

 ハローワークで探してみたけれど、看護師、ヘルパー、牧夫、コンビニ・スーパーマーケットのパート、警備員、が主だ。この中で店員は一人暮らしするには給料がパートだから足りないし、看護師、ヘルパー、牧夫は出来ない。とすると、違う会社の警備員しかない。確かに経験者だから警備員は採用されるだろう。でも、また警備員か。会社が違うから人間関係も違うだろう。親から独立して生活しているから、ある程度の収入がないといけない。仕方ない、また警備員だけどやるか、と思い受付にファイルを持って白髪混じりの男性職員に見せた。すると、
「履歴書と今から渡す紹介状を持って会社に行って下さい。今、この会社に電話をしていつ面接するか訊きますから」
「わかりました」
 早速、警備会社に電話をしてくれ私の名前と年齢、面接の日取りを訊いてもらった。
 電話を切って私の方に向き直った。
「明日の午後一時までに行って下さい」
「はい、わかりました」
 アパートに帰る途中にホームセンターに寄って履歴書を買って行こう。そう思い、車に乗った。

 買い物をしてからアパートに戻った。早速、履歴書に記入しよう。中から一枚取り出し順番に書き込んでいった。
 一応書き終えてもう一度見てみると、ハンコと証明写真がいるようだ。ハンコは持っていない。親なら持っているから借りに行こうかな。写真も撮りに行かないと。正直、面倒。でも、やらないと会社に提出出来ない。仕方なく重い腰を上げた。実際、体も太め。ふと思った。写真を撮るのに何を着て行けばいいのかな? 地味な色の服装にしよう。そう思い、黒っぽいTシャツを着て家を出た。地元の写真屋に行って撮って貰い、コンビニに寄って三百五十ミリの六缶パックの発泡酒を買ってから帰宅した。

 履歴書に証明写真を貼った。あら? 実家でハンコ借りるの忘れた。また行くのか! 面倒くさい! 仕方ない。借りに行くか。なので、電話をした。数回の呼び出し音で繋がった。
「もしもし、お母さん? ちょっと頼みたいことがあるんだけど」
『どうしたの?』
「ハンコ貸してくれない?」
『いいけどどうしたの?』
 私の口調は気にしていない様子。
「別の警備会社に就職しようと思って」
『あら、なんで』
 お母さんは私の愚痴を忘れたのか?
「前にも言ったけど、人間関係が悪すぎて。嫌になっちゃった」
『ああ、そういえば言ってたね。やっぱり上手くいかないの?』
「いかないから言ってんじゃん!」
 そういうとお母さんは笑っていた。
『そうだよね。まあ、経験あるから採用されやすいとは思うけどね』
「私もそう思う」
『ハンコ、出しておくから取りにきなさい』
「ありがと。早めに返した方が良いよね?」
 考えている様子で、
『そんなに使わないけど無くしたら困るから早めの方がいいかな』
「そんな、無くさないし!」
 私はお母さんの発言にイラっとした。
『うん、そう思うけど万が一ってことがあるじゃない』
 返す言葉がなくなってしまった。
「無くす前に、すぐ返しにくるよ。それと、たまには遊びに来てよ」
 また笑った。
『そうね、今度行くから』
 そう言っときながらなかなか来ない。年だから面倒なのかな。それは言ってないけれど。
『お母さんも仕事終わってからあんたの部屋に遊びに行くのは正直大儀なのよ。だから、来てくれると助かるけどね』
 結局そうなるのか、と思った。
「お父さんはどこ行ったの?」
『友達の手伝いに行ったよ。お父さん、大型免許持ってるからたまに砂利をダンプで運ぶのに頼まれるの』
「へー、アルバイト?」
『まあ、そんなとこ。いくら貰ってるのか知らないけど、釣り針とかエサ買ってるみたい』
「お父さん、趣味多いよね! 友達も沢山いるみたいだし」
『明るいからね、だから友達も多いのかもしれない』
 お母さんはそう言った。私は、
「羨ましい、私なんか嫌われる事が多いよ」
 そう言うとお母さんは、
『何でだろうね』
 言った。
「うーん、私、生意気かな?」
 お母さんは苦笑いを浮かべながら、
『たまにそういう時あるね』
 と言った。
「そういう時、注意してよ。気を付けるから」
『あら、あんた偉いじゃない。そう思えるようになったんだね』
「まあ、私も子どもじゃないからね。ハンコ取りに行くから」
『分かったよ、気を付けて来るんだよ』
 そう言われた後、私は車に乗り出発した。

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