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【短編小説】疑惑と真実

 僕は見てしまった。彼女が男とラブホテルに入って行くところを。僕と彼女は夫婦だ。いつの間にあんな若い男と知り合ったのだろう。

 僕らの間に子どもはいない。僕は26歳で妻は24歳。浮気相手の男は妻より若く見える。妻が不倫をするのはこれで2回目。1回目は泣きながら反省している様子だったし、僕も妻を愛していたので許した。今回は正直呆れている。愛してはいるが、以前ほどの熱い情熱は少し薄らいだかもしれない。

 だが、妻は僕に現場を見られたことに気付いていないようだ。このままだとまた許すことになりそう。1度がっちり叱らないといけないだろう。なので、夜になって落ち着いたら話を切り出そう。

 僕の仕事はサラリーマン。高校を卒業して、今の会社に就職した。残業は毎日ある。約1時間ずつ。だから勤務時間は9時~19時くらいまで。本来は終業時間は18時までだけれど。

 妻はコンビニでパートをしている。1日4時間で月に15日程度の勤務。

 主に僕は営業職なので、妻が知らない男とラブホテルに入ったのを見かけたのは日中だ。

「離婚」の文字が頭をよぎる。せっかくお互い好きで結婚したんだけどなぁ……。どこで妻との歯車が狂ったのか。夜の営みだってあったし。仕事だって休まず行ってたから、お金に困っていたわけじゃないのに。なぜ、妻は僕を裏切る行為を2度もしたのか。

 妻のことは今でも愛しているが、向こうから別れを切り出してきたら離婚もやむを得ないと思っている。こちらから別れを切り出すことは今のところ考えていない。悪いのは妻のほうだけど、「別れ」の言葉を待つ。

 会社の同僚にも、妻が浮気をしている、と打ち明けると、そんなのとっとと別れちまえ、と言われる。確かにそうかもしれないが、別れを言い出す勇気が出ない。

 もし、別れよう、とこちらから言い出したら妻は何と言うだろう。その反応が怖いのだ。

 でも、僕と別れてその男のところに行ったほうが幸せなのではないだろうか。
 そう考えるとこちらから、別れよう、と言い出しても良いかもしれないという勇気が湧いてきた。よし、今夜別れを告げよう。

 いつものように19時過ぎに仕事を終えて帰宅した。家の中に入るなり、
「今日はあなたの誕生日ね! おめでとう!!」
 意外な展開だ。今日、僕の誕生日だっていうことは完全に忘れていた。僕の気持ちから「別れ」というものが消えた。

 正直に言うと、誕生日を覚えていてくれて手の込んだ妻の料理を見ると僕には到底「別れよう」とは言えない。

「ありがとう! 今日が僕の誕生日だってこと忘れていたよ」
「これからもがんばってね!」
 嬉しい。妻が浮気しているとは思えなくなってきた。じゃあ、あの現場はなんだったんだ。

 もう少し妻の様子を見よう。今後の動向でどうするか決める。何かの間違いであって欲しい。僕は今も妻のことを愛しているから。

 今夜は珍しく妻のほうから誘ってきた。今までは僕のほうからばかりだったけれど。欲求不満なのだろうか。でも、あの男に抱かれているはずなのに。

 ラブホテルに行って何もしないということはないだろう。僕に求めてくることがほとんどない、不思議だから余計そう思う。

 セックスレスと言っても過言ではないくらい性行為がなかったから。会話も今は少ないし。

 一夜明けて妻は、
「またしようね。凄く気持ちよかったから」
 僕はそう言われて興奮した。
「それと、今夜出掛けてくるね」
 それを聞いて男と会うのか? と思った。思い切って訊いてみた。
「誰と会うの?」
「職場の人だよ」
「女の人?」
「何でそんなに突っ込んで訊いてくるの?」
「いやあ、別に」
 と僕ははぐらかした。
「あなた、もしかして私が男の人と会うと思ってるの?」
 この前のことを言おう。
「だって、この前、男の人とラブホテルに入ったのを見たよ」
 妻の表情が曇った。でも、
「あ! あれは、私がモデルになったの。男性は写真家でさ。お小遣いももらったし」
 疑念が次々と湧いて来る。
「ヌードモデルか?」
 ぎょっとした顔で僕の顔を見た。
「そんなわけないじゃない!」
 怒鳴るように言ってきた。
「そうか、わかった。変な疑いかけて悪かったな」
 妻は怒っているのか、
「ホントだよ!」
 と言った。
でも、なぜラブホテルに行く必要があったのだろう。アトリエみたいな場所はなかったのか。イマイチ疑いが完全に晴れない。

僕が他の女性と2人で行動する事がないから、尚更疑うのかもしれない。

そもそも妻以外に出会う女性は職場の人でしかない。妻はどうやって知り合っているのだろう。出会い系サイトでもやっているのか? 疑惑の念が湧いて来る。考えすぎだろうか。

男友達に相談してみることにした。石井零いしいぜろという奴。会って相談に乗ってもらおうと思ったので、まずメールを送ることにした。
<零、   ちょっと相談に乗ってくれないか?>
 しばらくしてメールがきた。きっと相手は零だと思い、画面を見てみた。やはり零からだ。
<いいよ。どんな相談?>
 今の時刻は18時15分過ぎ。仕事はめずらしく定時であがった。だから、こんなに早く帰れる。車の中でメールの続きを書いた。家でスマホをいじると何見ているの? と興味津々で見てくるから。
<もしかしたら妻が浮気してるかもしれないんだ>
 メールはすぐにきた。
<マジか! そういうことする奥さんだった?>
 僕は返答にこまった。でも、
<まあ、もろもろの話は会ってからするよ。零のアパートでもいいか?>
<ああ。いいよ>
<今から行っていいか?>
<風呂入って、夕飯食ってからならいいよ>
<……んー、それならあまり時間ないな。早めに終わらせるから今からじゃだめか?>
 返ってくるまで多少時間がかかった。
<わがままな人だね。仕方ない。30分くらいなら話せるよ>
 わがまま。俺だっていつも融通きかせてやっているのに。お互い様だろ。仕方ないとは何事だ。まったく! かわいい後輩だからおおめにみてやるけれど。

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