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【短編小説】憑依と病気、親孝行

#一次創作 #短編小説 #統合失調症 #親孝行

 季節の変わり目は調子を崩しやすい。健常者よりも精神障がい者の方が崩しやすいのではないか。仕方の無い事ではあるが。
 
 世の中には仕方の無い事が多いと思う。産んでくれた親を選べないことや、やってしまった事と様々だ。
 
 僕の名前は水田清太郎みずたきよたろう、三十八歳。僕は二十五歳で診断された、統合失調症、という持病がある。
 
 未だに幻聴と被害妄想がある。被害妄想に関しては健常者でもある。でも、この病気を患うと被害妄想が強くなるような気がする。
 
 僕の体格は華奢で背が低い。髪の毛も薄い。性格は、人に言われた事をいちいち気にする。それから気が弱い。欲が少なく、喜怒哀楽の変化が少ない。
 
 高校には進学せず、家に居た。就職もしていない。何故かと言うと、調子が悪いから。それでも中学の時と精神科病院で知り合った友達が数名いる。中学からの友達は結婚していて、それでもたまに相談に乗ってくれたり、遊んだりしている。名前は岸雄二きしゆうじと言い、同じく三十八歳。
 
 彼は高校には進学したが、大学には行かなかった。岸に相談する主な内容は気持ちの問題。精神障がい者ではない彼は、僕を見てきたからかそういう人達の気持ちが少し分かるようだ。気分が沈んでいる時はそれを察してかこう言う。
「水田、気分落ちてないか?」
 よくわかるなあ、と思う。なので訊いてみた。
「何でそんなに僕の気持ちがわかるんだ?」
「そりゃあ、分かるよ。長い付き合いじゃないか」
 なるほど、嬉しい事を言ってくれる。
 
 そういうこともあったりする。
 
 今日は十二月十五日で障害年金が入る日。僕は家にお金は入れていない。その代わり貯金をしろ、と両親から言われている。
 
 最近の調子は主治医が言うには「冬季うつ」という病名がつけられていて、気分は沈んでいる。幻聴は少し減っている。被害妄想も同様だ。やはり、季節の変わり目が一番調子が悪くなる時期のようだ。主治医にも言われている。これもまた仕方の無いこと。
 
三食の食事を毎日食べる・毎日入浴をし、疲れを溜めないようにする・それと毎日の入浴で体を清潔に保つ・適度な運動をしストレスを解消し肥満予防をする。主治医にはこれらのことをした方が良いと言われている。でも、正直面倒。
だから、たまにサボるけど主治医にはやっています、と嘘をつく。
 
 昨日、障害年金の更新の通知が来た。封筒を開けてみると何も書かれていない診断書と年金事務所に送り返す為の封筒が入っていた。また、主治医に診断書を書いて貰う為のお金がかかる。勿論、自分の事だから自分で支払う。流石に親に出して欲しいとは言えない。
 
 父の名前は、水田正史みずたせいし、六十五歳。職業は重機のオペレーター。三十年くらいこの仕事を続けているのではないだろうか。僕とは違って気が強い。だからこんなに続けられるのだろう。父が言うには、一緒に勤務している仲間も気が強く荒々しいらしい。父はアルコールと煙草が好きで中学生の時から小遣いを親から貰ったらすぐに買いに行き、隠れてビールを呑んだり、煙草を吸っていたらしい。悪ガキだ。でも、そんな父でも病気があるからなのか、僕には優しい。体型は中肉中背。
 
 母の名前は、水田礼子みずたれいこ、六十六歳。職業は介護士。資格は介護福祉士までは持っているが、ケアマネージャーは持っていない。こういう仕事をしているだけのことがあって、性格は優しい。母はアルコールは好きだが煙草は吸わない。なので父に何度も煙草をやめて、と言っているがやめてくれない。
 母もいくら言ってもやめないから、呆れている様子。やめてもらうのも半ば諦めているみたい。
 
 だがだ、僕はパソコンをいじっているとある記事を見付けた。これなら父でもやめる気さえあればやめられるかもしれない。
 
 禁煙外来という科が病院にあるらしい。どこの病院にもある訳ではないらしいが、調べてみる価値はある。検索欄にこの町の名前を入れ、一文字空けて禁煙外来と入力してエンターを押した。
 
 どうやらこの町には総合病院にあるらしい。早速、必要な部分を印刷して父に見せた。
 
 禁煙という言葉を見て父は、激怒した。
「このおれから楽しみを取るつもりか!」と。
 僕は怒鳴った父に怖気付いてしまい、代わりに母が言った。
「清太郎も貴方の事を心配しているのよ。だから、わざわざ調べて印刷までしてくれたじゃない」
 
 父は黙った。図星だからだろう。でも、父は意地になっているのか、
「おれは禁煙はしないぞ! いくら清太郎が言ってもやめない!」
 
 僕は勇気を出して言った。
「父さん、意地になるなよ。もっと素直になって禁煙外来に行ってくれ。病気になってからじゃ遅いから」
 
「ん……確かにそうだな。おれを納得させる事が出来たのは流石、おれの息子だな」
 父の口からそういう言葉を聞けるとは思わなかったから、僕は驚いた。
 
「受診日はいつだよ?」
 父は僕に質問した。珍しい。
「うーんと、月曜日から金曜日までの九時から十七時までらしいよ」
「そうか、わかった、お前には負けたよ。明日、総合病院に行ってみるよ」
「てことは、禁煙する気あるんでしょ?」
「まあな!」
 母の水田礼子はこう言った。
「清太郎! 凄いじゃないの! 頑固なお父さんを禁煙させる気になるなんて」
「凄くはないよ、ただ思った事を言ったまでさ」
 
母は笑みを浮かべながら感心したような表情で僕を見ていた。
 
「禁煙外来の詳しい事に関しては、その紙を見てね」
「わかったよ」
 父はそう返事をした。
 
 僕が父の事を思って言った事が伝わったからか、微笑で紙を見ている。息子の僕がわざわざ禁煙外来の事を調べて父に提案したのが嬉しいのかもしれない。
 
 久しぶりに友人の岸雄二と夕食を一緒にどうかな。メールを送った。
〈こんばんは。久しぶり。明日、岸が仕事終わったら夕飯食いに行かない?〉
 今の時刻は十六時過ぎ。彼の仕事は確か八時から十七時までなはず。残業が無ければ。だから今は仕事中だと思う。だから、すぐにはメールは来ないだろう。
 
 そして十八時を過ぎた頃、母が僕を呼んだ。
「清! 清太郎」
 居間の隣に僕の部屋はある。
「はーい」
 返事をした。
「ご飯だよ」
「わかったー」
 
 居間に行ってみると、良い匂いがした。今夜はカレーライスかな。居間の中央に置いてあるテーブルのいつもの父の向かいの席に正座をした。僕は胡坐をかかない。亡くなったばあちゃんの躾。ばあちゃんの亡くなった年齢は九十二歳。大往生だと思う。
 
 名前は水田ヤヘ。最期は老衰で息を引き取った。でも、覚悟していたからか悲しくは無かった。毎日、朝・晩と仏壇に手を合わせている。両親はそこを褒めてくれる。偉いと。親馬鹿だと思うけれど。世話になって、厳しく躾けられた僕は今では感謝している。
 
 仕事こそしてない僕だけれど、ばあちゃんのお陰で恥ずかしくない人間になれた。反面、両親は甘かった。
 
 小遣いが無くなれば母に言って貰おうとすると、ばあちゃんは、
「次の小遣いを貰う日まで我慢しなさい」と言う。障害年金は両親が管理している。なので、毎月十五日に障害年金を母から貰っている。
 
 今月は欲しい漫画の単行本があったのでそれを買った。小遣いは一万円貰っている。喫煙をしないし、飲酒もしない僕はこれもばあちゃんの躾だ。でも、お陰で小遣いは減らない。
 
 普通なら両親の方が厳しく、祖父母の方が甘い傾向があるけれど、うちは違う。
 
今の時刻は二十時頃。メールが一通届いた。相手は岸雄二から。
〈おーう! 久しぶり。元気か? 調子は大丈夫か? 俺は六時半頃なら行けるぞ。何食べる?〉
 
 僕はメールをすぐに返した。
〈ラーメン食べたいな〉
〈お! それはいいなあ。どこか旨い店知ってるか?〉
〈いや、わかんない。岸は知ってる?〉
〈まあ、二~三軒知ってるぞ〉
〈そうなのか。じゃあ、お任せでいいから行くか〉
〈わかった。俺、呑みたいから迎えに来てくれよ。あ、水田も呑みたいのか?〉
〈いや、僕は呑まないよ。迎えに行くから〉
〈サンキュ〉
〈じゃあ、明日な〉
 それでメールは終わった。
 明日が楽しみだ。母に明日は夕食要らないと伝えないと。
 
「母さん」
 母は台所にいて、何やら調理をしているようだ。
「ん? どした?」
「明日、岸と夕飯食べてくるからいらないから」
「あら、珍しいじゃない。何食べるの?」
「ラーメンだよ。アイツが旨い店知ってるらしいからそこに行く」
「そう、いいねえ。今度家族でも行こうか」
「そうだね」
 
 今は二十時半頃。
「お風呂沸いてるよ、入ったら?」
「明日、出かける前にシャワー浴びるから今夜はいいや」
「お風呂入らないと疲れとれないんじゃないの?」
「まあ、そうだけど。面倒だから」
「また始まった。先生からも言われてるでしょ。体を清潔に保ちなさいって」
「いいんだ。たまには入らなくても」
「そう。好きにしなさい」
 
 母を怒らせてしまったかな、まあいいや、勝手に怒らせておけばいい。そんな事を思っちゃいけないけれど、本心だから。
 
 それにしても僕はいつまで無職で養生していいればいいんだ。ドクターストップはいつ解除されるのだ。今の時点で幻聴や妄想があるから、まだ無理だろう、多分。
そんなことを考えながら僕は布団を直していた。寝るのはいつもだいたい二十三時頃。でも、両親は二十二時頃に寝る。僕が起きるのはだいたい八時頃。母は六時くらい。父は七時頃らしい。
 
二十二時頃。僕は不意に読書がしたくなった。ホラー小説を。パソコンでホラー作家を検索して、その作品も検索してみた。作品が大量に表示されている。でも、聞いたことのない作家だ。タイトルと表紙、あらすじを読んで面白そうな小説を注文した。十二月二十日までには到着するらしい。たまに気が向いたら買っているサイトだ。因みに今日は十二月十四日。
 
中古で古い作品だが、面白そうだ。期待している。安く買えたし良かった。
ここは北海道で離島だから到着するまでに時間がかかる。仕方がないが。
 
 不意に聞こえて来た。幻聴だ。
 ガンバレヨ
 コッチヘクルナ
 シンダホウガイインジャナイカ
 
 という前向きなものや、後ろ向きな幻聴が聞こえて来た。何なんだ一体、意味不明だ。そう、僕が思うに幻聴は霊的なものではない。初めて幻聴が聞こえた時は霊に憑りつかれたと思っていたが、精神薬を飲んで症状が緩和されてきたときには、ああ、これは病気のせいなんだ、と自覚した。これは大きな進歩だ。
 
 両親は何者かに憑依されてしまった、と考えているらしい。それを否定しないと。
 
今日は両親は既に寝てしまったので、僕は、明日話そうと思った。
――翌日の朝八時半頃。自分の部屋から居間に移動した。
「父さん、母さん。話したい事があるんだ」
 母は驚いたような顔をしてこちらを見ていた。父は何も言わずにこちらを凝視している。
「二人は勘違いしているみたいだから言うんだけど、僕が聞こえてくる声は、幻聴と言って統合失調症の症状なんだ。だから霊的なものではないんだ」
 
 二人は顔を見合わせていた。そして父が話し出した。
「そんな病気あるのかよ。どう考えても霊の仕業だろ」
「父さん、違うんだ。実際、薬を飲んだら症状が軽くなったからこれは病気なんだ」
 母は腑に落ちない様子で喋り出した。
「でも、あんたたまに今でも聞こえる、て言うじゃない。それが病気だって言うの? おかしいよ、そんなの」
 
 年齢のせいか両親揃って頭が固い。分かって貰うためにはどうしたらいいだろう。僕は今度の受診の時に主治医に相談してみることにした。
 
 翌日の朝七時頃。岸雄二と夕飯を食べに行く時間を決めてなかったので夕方七時に行こうかというメールを送った。すると、彼は起きてスマートフォンを弄っていたのかすぐに返事が来た。
〈六時半でもいいぞ? 七時じゃ腹減ってしまう〉
〈そうか、じゃあ六時半にしよう〉
〈仕事も明日はそんなに忙しくないから、定時で上がれるから〉
〈わかった、じゃあその頃迎えにいくわ〉
〈了解!〉
 これで一旦メールは終わった。岸も仕事があるからゆっくり会話も出来ないだろう。
 
 僕も主治医の意見を参考にしながら将来的には一般就労したいと思っている。
 まずは、デイケアに通うことから始める形になっている。前回の診察の時に母も一緒に同行してもらって主治医と母と僕で話をした。デイケアを一~二年通って、調子が良ければ、作業所に通ってそこでも一~二年通って、様子を見ながら一般就労の道へ、もしくは障がい者枠の一般就労へ進むという計画だ。
 あくまで計画なのでその通りにいくかどうかは分からない。人生は長い。焦る必要はないと思うけれど、焦ってしまう。
 
 早くしないと老人になってしまう。こういう考え方が良くないんだろう。焦らずゆっくりと生活しなければ。生き急いでは駄目だ。
 
 時刻は夕方六時前。出掛ける準備を始めた。シャワーを浴びて歯磨きをして。今は冬なので紫のセーターにブルージーンズを履いてダウンジャケットを羽織った。もうすぐ約束の時間になるので母に、「行ってくるから」と声を掛けてから家を出た。
 
 六時半きっかりに岸雄二のアパートに着き駐車スペースに停めた。僕は青い普通車から降り、チャイムを鳴らした。玄関のドアが開かれ岸が出て来て言った。
「よう。久しぶり!」
「おお、久しぶりだな。いつ以来だ?」
「うーん、一ヶ月くらい前かな」
「そうか。もう行けるのか?」
「後は歯を磨けば行ける。まあ、上がれよ」
「うん」
 
 そう言って僕は岸の部屋にお邪魔した。部屋の中は散らかっていた。相変わらずだ。「掃除くらいしたほうがいいよ」僕は苦笑いを浮かべた。
「時間がないんだ」
 まあ、分からなくはないが。無職の僕とは違う。病院で知り合った友だちもいるが、岸みたいに何でもぶっちゃけて話せない。それに彼は話しやすいし。
 
 親にも話せないことを岸には話している。例えば性のこととか。友だちだからこそ話せることだ。
 
「歯磨き終わったから行けるぞ。着替えも済んでるし」
 岸の服装は白いトレーナーにダメージジーンズ姿だ。身長は僕より少し低い。
「んじゃ、行くか」
「おう」
 先に玄関から外に出たのは僕で、その後に岸が出て鍵をかけていた。先に僕は車の鍵を開け、運転席に乗った。その後、岸が助手席に乗った。
 彼は言った。
「相変わらず散らかってるな」
 僕はその言葉がしゃくに障り言い返した。
「岸の部屋だって散らかってるだろ」
「俺は忙しいんだ」
 そう言われては返す言葉がない。
 
「ちっ」と僕は舌打ちをした。岸が話した。
「案内しなくていいのか?」
「ああ、して欲しい」
 
 そう言って岸はナビになってくれた。こいつのことだからきっと旨い店を紹介してくれるだろう。もし、美味しかったら今度両親と食べに来よう。
 
 十分くらい走って車が十台程停めれる駐車場の端の方に停めた。外に出ると、良い匂いがしてきた。僕は豚骨ラーメンが好き。果たしてあるだろうか。まあ、強いこだわりはないが。なかったら他の味でも良い。
 
 僕らは車から降りて施錠した。赤い暖簾のれんに店名が書いてある。店の造りもレンガ模様で洒落ている。
 
 岸を先に行かせて僕は入った事がないので後から入店した。
「いらっしゃいませー!」
 と威勢の良い男性店員の二、三人の声が聞こえてきた。中年の茶髪で中肉中背の男性が近づいて来た。
「いらっしゃいませ。二名様ですか?」
「うん」
 岸が答える。
「こちらへどうぞー」
 言いながら僕達を促した。そして、こう言った。
「店内が混んできましたので小上がりでもよろしいですか?」
 岸は頷きながら言った。
「うん、いいよ」と。
 中年の男性店員は、
「お決まりになりましたら赤いボタンを押して下さい。すぐに参ります」
 そう言って別のお客さんのところに行った。
 
「先に見ていいぞ」
 岸は僕にメニュー表を手渡した。
「サンキュ」
 旨そうなラーメンの写真が数ページに渡り載せてある。
 
「僕は赤味噌角煮ラーメンにするかな。旨そう! 好みの豚骨ラーメンはないね」
 岸は言った。
「ああ、それはないな。でも他のラーメンもホント旨いから。ここは」
 僕は彼に質問した。
「岸は何にするの?」
「俺はお決まりのメニューの、白味噌角煮の大盛りだな」
「大盛りにも出来るんだ。僕も大盛りにするかな」
 
 岸はテーブルに上にある赤いボタンを押した。
 すると、先程の男性店員が、
「ただいま参りまーす!」
 と叫んだ。
 
 言った通り、他のお客さんの対応を終えてからすぐに来た。
 岸は決めたメニューを言ってくれた。
「赤味噌角煮ラーメン大盛りと、白味噌角煮ラーメンの大盛りで」
「承知しました。少しお待ち下さい」
 爽やかな男だなと僕は思った。
 岸がこちらを見て喋り出した。
「最近、調子どうだ?」
「まずまずかな。悪くはない」
「そうか、それなら良かった」
 僕は礼を言った。
「ありがとう」
「いや、何もだ」
 僕は岸の事について話した。
「仕事は忙しいの?」
「いやあ、今は冬だから暇だ。会社で資料整理をしているわ」
「そうなんだ。読書は? してるのか?」
「ああ、毎日読んでる」
 岸はそう答えた。
「趣味があっていいな。知っての通り僕はこれといった趣味はないよ」
 僕はそう言った。岸は笑みを浮かべながら話した。
「読書しようぜ。図書館で借りてもいいし、古本屋で買ってもいいし」
「うーん、何を読むかな」
「小説はどうだ?」
「小説な、オススメはあるか?」
 僕は質問を質問で返した。
「そうだな、俺はミステリーと恋愛が好きで読んでるけどどちらがいい?」
「どっちも読んだことがないから分らないよ」
 そう言って二人で爆笑した。その時、さっきの男性店員がやって来た。
「お待たせしました。赤味噌角煮のお客様は?」
 僕は「はい」と言いながら、右手を挙げた。僕の前に器を置いた。白味噌角煮ラーメンは岸の前に置いて伝票を裏返しにして置き、
「ごゆっくりどうぞ」
 言ってから去って行った。
 
 僕はまずスープをレンゲですくって飲んでみた。
「うん! 濃厚で美味しい」
 僕は思わず口に出していた。
 
 これは両親を連れて来ても文句は言われないだろう。
 岸はこう言った。
「だろ? この店はイチオシなんだ」
 
「岸はお父さんとこの店に来た事あるの?」
 彼は笑みを浮かべながら言った。
「一度だけな。自分で作って食いたいらしい」
「へー、そうなんだ。お父さん、料理好きなんだね」
「まあ、嫌いじゃないと思うぞ。一日三食作って食ってるから」
 それを聞いて僕は驚いた。
「マジか! そいつは凄い! 僕なんか、一食も作らないよ」
 岸は苦笑いを浮かべながら言った。
「威張って言う事じゃないぞ」
「いや、そういうつもりではないけどさ」
 
 それから僕らは、夢中になってむさぼった。
 
「あー! 旨かった」
 僕が最初に食べ終わった。岸は言った。
「水田、食うのはえーな!」
「うん、旨いから尚更だね。て、言うか岸は僕が食うの早いの知ってるしょ、前に何回か一緒に飯食いに言ってるんだから」
「そういえばそうだったな」
 言いながら岸は笑い飛ばした。
 
 岸は言った。
「両親にも食わせてやったらどうだ?」
「そのつもりだよ」
「そうか」
 
 岸は僕を褒めた。
「やっぱり水田は親思いだな」
「うーん、まあ今まで育ててくれたし、死んでしまってからじゃ親孝行はできないから」
「確かに! 今のは水田の名言だな」
 僕はそう言われ照れてしまった。
「いやあ、そんなことはないよ」
 アハハハっと岸は笑った。
 
少しして、岸も食べ終わった。
「ふー。旨かった」
 彼はスープも全部飲んだ。
 それを見て僕も同じように飲んだ。
「スープも格別だな」
「ああ」
 
 岸はこの店のラーメンに慣れているからなのか、それ程この味に驚いていない様子。さすが常連は違うな。岸は言った。
「ビール呑んで良いか?」
 僕はこう答えた。
「ああ。良いよ」
「悪いな、俺一人で呑んで」
「いやあ、別に構わないよ。僕はそんなに好んで呑まないからさ」
 彼は少し驚いた表情を浮かべた。
「そうだったか。水田は呑まないのか。じゃあ、ソフトドリンクでも注文するか?」
「ああ。コーラが良いな」
 
「わかった」
 と言いながら赤いボタンを押した。
「ただいま参りまーす!」
 さっきの男性の声が聞こえ、早歩きでこちらに向かって来た。
「ご注文でしょうか」
「うん。瓶ビールとコーラ」
「わかりました。すぐにお持ち致します」
 そう言って去った。
 
 店員の動きを見ていると、機敏だ。トレーに瓶ビールと瓶のコーラとグラス二つを載せて運んできた。
 
 ラーメンを運んで来た時のように慎重にやって来た。こぼさないように気を付けながら。
「お待たせ致しました」
 岸は店員の言葉に対してこう言った。
「全然待ってないよ」
 と言うと店員は明るい笑顔を浮かべた。そしてこう言った。
「ありがとうございます」
 
 僕は岸と乾杯した。何に乾杯したかと言うと、二人の未来にだ。ちょっとキザだったかな。
 
 岸はビールを呑み終え、僕はコーラを飲み干した。
「さ! 解散するか!」
 岸は威勢良く言った。僕も同じように言った。
「そうだな! お疲れ!」
 
 僕は岸をアパートまで送り帰宅した。
 これからも彼とは仲良くしていきたい。それと両親とこのラーメン屋に来ようと思う。あとは、病気が寛かいすればいいなぁと思う。
 
 そういう想いを胸に秘め、僕は自宅に入り入浴した。
 
                              終


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