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【短編小説】俺の愛する1人の女

#短編小説 #一次創作 #暴力

 俺は今日も彼女の矢下望やしたのぞみに暴力を振るった。ムカつくことがあれば望に八つ当たりしている。相手に寄っては直接本人に文句を言ったり殴ったりするが、上司が相手だとひるんでしまう。クビにはなりたくないから。

 俺の氏名は北沢裕二きたざわゆうじ、24歳。職業はコンクリート工場の工員をしている。力仕事なので筋肉質。高身長で自分で言うのも何だけれど鼻筋が通っていて目は二重なのでイケメンだと思う。女には優しく接するが男には冷たい。女が大好き。ハッキリ言うとスケベだ。

 矢下望は23歳。今日、俺は職場の上司に怒られた。何でかと言うと仕事でミスをしたから。悪いのは俺だから反発できない。だから望を気が済むまで抱く。抱くことに関しては彼女も嫌がらない。生理じゃなければ。望の体型は胸は大きくウェストは引き締まっていてスタイルがいい。何度見てもムラムラしてしまう。彼女の職業は俺と同じ会社の事務員だ。アパートを借りて一人暮らしをしている。

 彼女を抱く時は俺は寮住まいなので壁は薄いしすぐにヤっていることがバレるので望のアパートでする。

 俺は女が大好きだ。彼女と交際して半年くらい経過する。よく俺みたいなろくでもない男と半年も付き合ってくれているものだ。俺と望はこの会社で知り合って毎日顔を合わせ接している内に親しくなり、付き合うようになった。2回目のデートで望を抱いた。早かっただろうか、でも彼女は嫌がってなかった。我慢していたのか? いや、そんなことはないはずだ。

 望はどう思っているか訊いたことはないが、俺には結婚願望はない。子どもも欲しくない。彼女と2人で楽しく暮らせたらいいなと思っている。結婚すると、望の身内とも付き合わなきゃいけないのでそれが面倒。だから同棲のままでいいと俺は思っている。

 今は夜8時頃。彼女のスマートフォンが鳴った。
「誰だろ?」
 と言いながら望は画面を見た。
「お父さんからだ。ちょっと出るね」
 俺は黙っていた。
「もしもし、お父さん? うんうん、え、そうなの? わかった! すぐに行くから!」
 俺は彼女の様子を窺った。
「裕二! お母さんが倒れたみたいなの! 救急車で運ばれたから総合病院に行って来る!」
「マジか! やばいのか!?」
「詳しいことはわからないけど、とにかく行ってみる!」
 望の顔色は青白くなっていた。きっと凄く驚いたからだろう。
「気つけてな!」
「うん! ありがと!」
 今は12月だから道路も圧雪アイスバーンになっているので滑る。

 望が事故らないか心配なのもあるが、彼女の母親のことも気掛かり。会ったことはないけれど。

 普段、望は母親の話はあまりしないけれど、きっと大切に思っているはず。だから、もしものことがあったらとても悲しむだろう。取り乱して号泣するかもしれない。そんな姿は見たくない。

 彼女が慌てて実家に行ってから約1時間が経った。俺はあえてこちらからは連絡しなかった。まだ病院にいるのだろうか。気になる。その時だ。俺のスマートフォンに電話が来た。相手は誰かと思い見てみると、矢下望、と表示されていた。すぐに出た。望の声は震えていた。
「お母さんが……お母さんが……亡くなった……」
「え! マジか……!」
「心筋梗塞だって……」
「そうなのかぁ……」
「何日間か裕二のところにいけないわ……」
「そうだよな、落ち着いたらまた来いよ」
「うん……ありがとう。今すぐにでも裕二のところに行って抱きしめてもらいたいけどね……」
「うん。ちょっとでも来れないのか? 優しく抱きしめてやるよ」
「ありがとう……でも、今は無理かな。お父さんも凄い落ち込んじゃってて傍にいてあげないといけないからさ……。ごめんね、こっちから言っておいて」
「いや、それはいいけどよ」
「今度行くね」
 望は終始洟をすすりながら、懸命に喋っている気がした。
「わかったよ、待ってる」

 望の母親とは会ったことはないが、急逝してしまった。望や父親のショックは計り知れないだろう。可哀想に。いい人に限っていなくなってしまう傾向があるのは何故だろう。皮肉な話しだ。

 望の家にお参りに行かなくてはならないだろう。まだ彼女の家には付き合って半年になるが、一度も行ったことがない。こうなる前に一度くらい行っておけば良かった。こうなってから行ったんじゃ、遅い、と望の父親に思われそうだ。でも、それは仕方がないこと。彼女の家には特に行く用事もなかったし。

 それにしても望のことが心配だ。あまりのショックでおかしな真似をしなければいいが。おかしな真似というのは、自死のこと。一応、そのことを伝えておくか。俺はそういう内容のLINEを送った。

 数時間後にLINEはきた。相手は望から。
<心配かけてごめんね。大丈夫だよ、そんなことしないから。そんなことしてもお母さんは喜ばないし>
<そうか、それが分かっていれば大丈夫だな>
<ありがとね>
<落ち着いたら俺もお参りに行くよ>
<ありがとう。そうしてもらえるとお母さんも喜ぶと思う>
<望はどうなんだ? 大丈夫か?>
<何とかね。めっちゃ泣いたけど>
 彼女の目は真っ赤になっていると思う。でも、笑みを漏らしているみたいだ。気配で分かる。

 望の笑顔を見ると元気が出る。好きだからなのか。彼女はどうなのだろう。俺の笑顔を見て元気が湧いてくるだろうか。訊こうと思ったが照れくさいような気がする。だから訊かない。

 今日も仕事は夕方5時に終わって今から風呂に入るところだ。一応、入浴する順番も決まっている。俺は24歳という若造なので最後の方だ。なので、7人目に入るから垢が浮いている。気持ち悪いのでシャワーを浴びる。浴槽には入らない。身体を洗って洗髪して上がる。毎日そんな感じ。

 浴室から上がって自分の部屋に戻ってみるとスマートフォンのランプが点滅している。電話きてたのか? と思い、見てみると会社の後輩から連絡があった。どうしたんだ、たまに連絡はしてくるけど。こいつは、
山島武彦やましまたけひこといって、21歳だ。入社2年目。因みに俺は24歳なので入社5年目だ。こんなきつい仕事をよく続けてこられたな、と自画自賛した。山島は筋肉も勿論あるんだろうけれど、太っている。短気なのですぐに怒る。俺の前では抑えているようだけど。慕ってもくれているようだ。

 折り返し山島に電話をかけた。何度目かの呼び出し音で繋がった。
『もしもし、山島です』
「電話くれただろ。どうした?」
『今度、おねえちゃんがいる店に呑みに行かない?』
「あー、呑みに行きたいけど俺、彼女がいるからなぁ」
『そんなのは友達と遊びに行くとだけ言えばいいんですよ』
「そんな、お前、人のことだと思って適当なこと言うなよ。バレたらどうするんだよ。山島、お前責任とれるのか?」
『いや、それは無理だけどさ』
「俺だって自分の女以外にも友達はつくりたいよ。だけど、嫉妬深い女だから悪いけど無理だな」
 少し間が空いて山島は喋り出した。
『裕二さん、意外と真面目なんだね』
「意外とはなんだ!」
『ああ、すみません』
 山島は笑いながら言った。

 全く。山島の野郎、甘い顔をしていれば好きな事言いやがって。俺は基本、男には冷たい。でも女には優しい、筈なんだが。山島とは付き合いが長いからかあまり冷たい態度で接しれない。もしかして俺は根は優しいのか?自分でも気付いてなかった。


 望の母親が亡くなってから1週間が過ぎた。彼女は居間にいるというので電話をするのは控えていた。

 でも、望の方からメールが来た。
<おはよう。私、明日から仕事に行くよ。今日辺り会える?>
 俺は嬉しかった。望に久しぶりに会える。
<勿論。会おう! 18時くらいからにしないか?>
 仕事を終えて、入浴したらそれくらいの時間になるだろう。
<うん、いいよ。じゃあ、そのくらいの時間に行くね>
<いや、今日は俺が行くよ。お参りしたいし>
<そっか。ありがとう。きっとお母さんも喜ぶよ>

 俺は仕事を終え、予定より少し遅い18時20分に望の家に着いた。俺は望の家のチャイムを鳴らした。出て来たのは彼女だった。
「いらっしゃい」
「オスッ!」
 望は以前より少し笑顔が減ったように感じるし、顔色が青白い。でも、致し方ないだろう。こんなことがあった後だから。

 仏間のある部屋まで案内してくれた。
「お父さんに挨拶したいんだけど」
「いや、まだ会うのは早いよ。付き合ってまだ半年しか経っていないんだからさ」
「そういうものかな」
「そうよ、もっと月日が経ってからにしよう」
「わかったよ」

 今、気付いたけれど、菓子折り持ってくるの忘れた。それとお布施も持ってきていない。だめだこりゃ。このことを望に話すと、
「いやいや、いいよ。気にしないで」
 と言ってくれた。
「サンキュ」

「私の部屋に行く? それとも出掛ける?」
「出掛けるか!」
「わかった」
 望の格好は紫色のセーターにピンクのハーフコートを羽織り、ブルージーンズを履いている。可愛い。因みに俺は、ロングTシャツにダウンジャケットを羽織り、カーゴパンツを履いている。

 最近は望に暴力を振るっていない。叩くと泣くので何だか可哀想に思えて。それに、自分の彼女だから大切にしないと、という思いもある。

 今すぐではないが、結婚を考えているし、俺は。彼女はどう思っているかは分からないが。今まで暴力を振るってきたから、それを訊くのは少し怖い。もし、結婚は考えていない、と言われたらショックだから。こんなヤンチャな俺でも人並みにショックは受ける。

「どこに行こうか?」
 俺が彼女に訊くと、
「食欲はあまりないからゆっくりしたいな。カフェとかで」
 と、答えた。
「カフェ行くならカラオケボックスに行かないか?」
「うーん、カラオケボックスかぁ」
 望の表情は曇っている。
「何だ、乗り気じゃないなぁ」
「うん、静かな場所にいたくて」
「それなら俺の寮でいいだろ」
「そうね、私、コーヒーメーカー欲しくて。買ったら裕二の部屋に置かせて?」
「良いけど、自分の部屋に置かないのか」
 彼女は何やら考えている様子だ。
「置きたいけど物が多くて」
「断捨離しないのか」
「断捨離ねぇ、これでも片付けていらない物は捨てたんだけどね」
「そうなのか、じゃあ、俺の部屋に置いていいぞ」
「ごめんね、物を増やしてしまって」
「いやいや、良いけどよ。因みにどこで買うんだ?」
「通販で買うよ」
「そうか」

 とりあえず俺の寮に戻って来た。望はスマートフォンを弄っている。
「コーヒーメーカー注文してるのか?」
「うん、そうだよ」
 俺は探るように訊いた。
「高いのか?」
「安いのもあるよ。高いのもあるけど。折角買うなら、多少高くても良い物が欲しいと思ってね」
「なるほどな」

「夕飯はたまに望の手料理がいいな」
「私の? いいけど何が食べたいの?」
 俺は考えている。そして思い付いた。
「カレーライスが食べたいな」
 そう言いながら、俺は冷蔵庫を開けた。
「具材が何もない。買いに行かないとなあ、面倒くさい」
 彼女は笑い出した。
「それじゃあ、作れないじゃない」
「仕方ない、買いに行くか。具材はお前が選んでくれ。俺はよくわからん。金は俺が出すから」
「いやぁ、私も食べるから支払いは折半にしよ」
「いやいや、作ってもらうから、その工賃」
「工賃って」
 言いながら望は笑った。可愛い。

 再び車でスーパーマーケットに向かった。俺が籠を持ち、買い物を始めた。豚肉、じゃがいも、人参、玉葱、と6缶パックの350ミリのビール、板チョコを籠に入れた。
「後はいいか?」
 俺は訊くと、
「ワンピース買いたいから、2階に行こう?」
 と望は言った。
「ああ、わかった」

 女の洋服選びは長いからなぁ、と思いつつ会計を済ませ、2階に向かった。お客さんは結構いて、婦人服売り場に向かった。彼女は服を見たからか目を輝かせている。そんな彼女を俺は、いい女だなぁ、と思った。

 今日は買いたい服が決まっていたので、割と早く買い物を終えた。毎回こうだといいのだけれど。望の給料日は俺と同じ会社なので25日。毎月5000円くらいの予算で服やズボン等を買っている。俺はそれに興味があまりないので、彼女が選んでくれて買っている。今、着ている服やズボンも望が選んでくれたもの。なかなかセンスが良いと思う。もし、望がいなかったらダサい服ばかり着ているかもしれない。そういう点では、有難いと思っている。

 買い物を終え、2人で俺の寮に戻って来た。時刻は19時より少し前だった。俺は買い物袋からビールを取り出し、6本の内1本を取ってテーブルの前に座った。
「望も呑まないか?」
「私はカレーを作るよ。先に呑んだら眠くなっちゃう」
 確かにそうだなと思ったので何も言わなかった。

 寮にしては珍しくシンクが設置されている。

 俺は3本目のビールを呑もうとした時、
「カレーできたよ」
 と、言われたので開けなかった。
 大皿にご飯とルーがたっぷりと盛られ、スプーンがテーブルの上に載せられていた。「旨そう!」そう言うと、
「旨そうじゃなく、旨いのよ」
 自信たっぷりの様子。そうなのだ。忘れていた。望は料理が得意だったんだ。料理学校も行ったらしい。でも、料理以外の洗濯・掃除は好きじゃないと以前言っていた。それでも、やっているから偉い。流石だ。

「いただきまーす!」
 と威勢よく食べ始めた。
「うん! めっちゃ旨い!」
「でしょ!」
「望は食べないのか?」
 彼女は苦笑いを浮かべて言った。
「裕二が食べているのを見てると何だかお腹膨れてきちゃった。だから後で食べるよ」
 それを聞いて、「そうか」と言いながら笑ってしまった。

 時刻は夜9時過ぎ。望は風呂に入った。その時、メールが来た。相手は山島武彦からだ。内容を見てみると、1人で呑みに行って見付けた女の顔写真。正直、かわいい。もしかして加工した写真だったりして。それは分からないけれど、山島はいい女を見付けたものだ。なかなかやるなぁ。俺も望に内緒でこの子に会わせてもらおうかな。モロ好み。でも、もし望にバレたらとんでもないことになる。

 俺は愛する矢下望という1人の女をこの先も愛し続けていきたい。浮気などせずに。明日は晴れるのだろうか、月がぽっかり水に浮かんでいるように見えた。

                              終 

  


  

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