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家族の事情

#短編小説 #一次創作 #家族 #乳がん

 僕の家族は6人。両親、祖父母、妹、僕。端から見ると幸せな家族に見えるらしい。でも、実際はそうでもないのだ。父は心臓の病気を抱えている。心房細動という病名らしい。2ヶ月に1回、受診している。母は副鼻腔炎といういわゆる蓄膿症という鼻の病気。祖父は肺炎でこの前まで入院していた。祖母は糖尿病でインスリン注射をしている。僕は心の病を患っている。妹は乳がんで手術する予定だ。なので、それぞれ病気を抱えている。幸せなんかじゃない。それでも治療をして何とか生活している。

 父は遠富敦とおとみあつしといって61歳。職業はダンプの運転手。現場で砂利や砂を運んでいるらしい。病気はあるがまだ、現役だ。父は旅行が好きで年に1回は家族で海外旅行に行っている。有給休暇がとれるみたいなのでそれを使って旅行に行っている。
 父は今日、病院の受診日らしく、循環器科にかかるため仕事を休んだ。日給月給の仕事なので今日休んだから、1日分給料がひかれる。いくらもらっているのか知らないけれど。訊いたこともないし。

 母は遠富佳代とおとみかよ、59歳。服屋さんで働いている。年輩の人が着るような服を売っている店に勤務している。雑貨類もおいているらしい。行ったことがないからよくわからないけれど。日程はまだはっきりしないが、蓄膿症の手術をすると言っていた。年輩者とはいえ、女性だから顔にメスを入れるのは可哀想。傷つくわけだから。まあ、いずれ傷も消えると
いいけれど。

 祖父は遠富茂吉とおとみもきちといい、85歳だ。忘れっぽくはなってきてるものの、検査したらまだ認知症ではないらしい。でも、免許証は返納した。父に説得されて。最初、祖父に返納の話をしたとき、彼は激怒した。まだ、大丈夫だと。中古だけれど車もあるしということで。でも、父は何かあってからじゃ遅いからと言い、暫くの間考えて貰った。祖父は祖母とも話し合っていたようで祖父母の話し合いの声が部屋から聞こえてきた。結局、父の説得というより、祖母の説得で返納を決意したらしい。
 祖父母は畑仕事をしている。キャベツ、茄子、きゅうり、苺、トマトなどの家庭菜園を祖母と2人でしている。2人にとっては生き甲斐になっているのかもしれない。畑を耕すのは祖父で、種をまいたり苗を植えたりするのは祖母がやっているようだ。

 祖母は|遠富ハル、84歳。数年前から糖尿病を患っていて、インスリン注射をしている。祖父の免許証返納の説得に関わった。祖父とは仲がいいようで食事は祖母が作り、2人で食べている。祖父母は総入れ歯なので、柔らかいものを食べている。年齢のせいもあるのかもしれないが、最近、入れ歯が合わなくなってきているとたまに言う。新しく作ればいい、と父が言うと入れ歯は高いからこのままでいいと言う。父は入れ歯代なら出してやるぞ? と言ってもまだ、お前らの世話にはならん、と気丈な態度をみせるから父は可愛くないと言っている。最期は父や母の世話になるのに何でそういうこというかな。

 僕の妹は遠富清美とおとみきよみっていって25歳になる。実は、乳がんで近々手術する予定。だから、仕事をすることもできず、最近では暗い表情の時が多い。仕方ない、それに右側の乳房を摘出するらしいから、片方しか乳房がなくなる。まだ、独身だというのに可哀想。彼氏はいるけれど、片方乳房がなくなるからフラれるんじゃないかと不安らしい。でも、それで妹がフラれたら、大した彼氏じゃないと思う。僕は妹のことが大好き。だからいつも僕は妹の味方。両親や祖父母よりも好き。

 僕の名前は遠富光とおとみひかるといって、27歳。心の病を抱えていて、病名はうつ病。無職。病気になってまだ1ヶ月しか経っていない。
死にたい気持ちに頻繁になる。もちろん服薬はしているけれど、なかなか安定しない。そういう状態は家族の中では妹しか理解してくれない。怠け者だと思われている。実際にこの前、怠け病と父に言われたし。あの時はショックだった。

 僕の家の人間はこんな感じ。端から見るよりずっと大変な事態になっている。命に関わる病気を抱えているのは、清美。若い内のがんは進行が早いから、ゆっくりしていられない。清美に何かあったら僕はどうすればいいか……。医師に任せるしかないけれど。でも、優しい言葉はかけてやろうと思っている。

 清美は明日入院して明後日手術を行うそうだ。心配は尽きないけれどここは祈るしかない。グッと堪えて、オペの結果を待とう。オペの日は仕事を休むと両親は言っている。祖父母は仕事はしていないからもちろん病院に行くはず。父方や母方のおじさんやおばさんも妹が乳がんだということは知っている。でも、家族ではないからお見舞いに来るのは術後だろう。

 清美の顔色が悪い。不安だし手術も怖いと言っている。母はこう言った。
「清美、気持ちはわかるけどここは頑張るしかない! あんたのいいところは元気で明るいところだから、手術が終わったらまた明るい清美の姿をみんなに見せてね!」
 そう言われ、涙を拭って、
「うん! 頑張る!」
 と言った。さすがは母。清美の気持ちを考慮して言っている。
 妹の友達にも私は乳がん、ということを打ち明けているらしく、応援してくれているみたいだ。病気はあるものの、みんなに応援されて彼女は幸せ者だ。

 清美の一番の親友の田島律子たじまりつこさんは、手術が終わったら連絡ちょうだいね! と言われているらしい。昨日、妹は家族の前でそう言っていた。僕にはそういう友人はいないから羨ましい。因みに田島さんは清美と同い年らしい。前に、高校1年生の時知り合ったと言っていた。でも、田島さんに彼氏ができたらしく、最近ではあまり会っていないようだ。清美の友達は田島さんだけじゃないらしいが、やはり田島さんに会える頻度が下がってから何となく寂しそうに見える。僕は思った。清美に彼氏はいないのだろうか? 彼氏じゃなくても好きな人はいないのかな。気になる。妹には幸せになってほしい。

 入院当日。2人部屋だ。清美は緊張しているのだろうか。表情が引き攣っているように見える。僕は、「頑張れよ!」とエールを送った。清美は、
「うん! 頑張る!」
 と言っている。自分に言い聞かせているようにも見えた。僕は車の免許を持っているし、親に中古で買ってもらった軽自動車で清美を送っていくことにした。今日は月曜日。午前中に入院した。妹が不安にならないために夕方までいてあげることになった。これは清美の要望だ。僕は訊いた。
「彼氏には手術のこと言ってあるのか?」
「うん、だけどメールは返ってこないよ。もういいんだ! あんな奴」
 僕はかけてやる言葉がなかなか見つからなかった。でも、僕はこう言った。
「まだ、明日もあるからもしかしたらメールくるかもしれないじゃないか」
 清美は黙っていた。でも、
「もし、手術終わってもメールこなかったら別れてやる!」
 妹は珍しく怒りを露わにしている。普段はそんなに怒らないけれど。

 両親は仕事が終わったら祖父母を車に乗せて来るらしい。
 僕がいたからか、看護師が書類を持ってきた。そして、こう言った。
「ご家族の方ですか?」
「はい、そうですが」
「書いてもらいたい書類があるので、この封筒に入れておきますね」
「わかりました」
 両親に見せよう。多分、入院する時のそれだろう。
「清美、気分はどうだ?」
「うーん、手術するのは初めてだから少し不安。でも、お兄ちゃんがいるからだいぶマシ。ありがとね」
「いやいや、僕は何もしてないからできることをするよ」
 清美はふふん、と嬉しそうに笑った。
「ありがとね、相変わらずおにいちゃんは優しいね」
「うーん、相手によるかな。嫌いな人もいるよ。だから、そういう人には優しくない」
「へえー、そうなんだ。てっきり誰にでも優しいのかと思った」
「いやあ、そんなことはないよ」
 僕は苦笑いを浮かべた。
 
 時刻は11時過ぎ。
「売店に行って弁当買ってくるわ」
 僕がそう言うと清美は、
「まだ残っているかな、まあ、病院の向えにコンビニはあるけどね」
「ちょっと、行ってくる」
「うん」

 まず売店に行ってみたが、弁当はなかった。売り切れかな。仕方ない、コンビニに行こう。さすがだ、弁当の種類は豊富にある。その中でカツカレーを選び、温めてもらった。それから、妹の病室に戻った。戻ってみると横になっていた。
「清美、具合い悪いのか?」
「うーん……何か怠い」
「そうか……看護師呼ぼうか?」
「いや、いい。大丈夫。ありがとう」
「無理すんなよ」

 病室にはテレビがついている。そういえば病室に来る途中、販売機があったな。きっと、あれは一体なんの自販機だろう。僕は妹に訊いてみた。
「テレビ、観たいか?」
「夜、観たいかな」
 清美はそう言うので、
「テレビを観るためにはどうしたらいいか訊いてくるわ」
「ごめんね、ありがと」
「いやあ、いいんだ。気にするな」
 そう言って僕はナースステーションに向かった。
 僕は看護師に教えてもらい、さっき言っていた自販機で買うことを勧められた。やはりそうだったか。千円で1枚買えるらしい。財布から千円取り出し、1枚買った。そうして再び病室に戻った。 
 今までカーテンがひかれていて気付かなかったけれど、清美の隣にも入院患者がいた。カーテンは開かれていて、清美と話をしていた。僕は一応、挨拶をした。
「こんにちは、清美の兄です」
「あら、そうなの。お兄ちゃんが来てるって言ってたけど、貴方だったのね」
「はい」
「彼氏かと思った」
 そう言われて清美の表情から笑みが消えた。ああ……その話題には触れないで欲しかった……。清美を差し置いて彼氏との事情を話すわけにいかないので黙っていると、清美は話しだした。
「彼氏はいます。でも、面会に来てくれないんです」
「そうなんだ、なんでだろうね」
「わかりません」
 清美の目が赤くなっている。今にも泣きだしそうだ。僕は言った。
「あ、すみません。その話題には触れないでもらえますか。事情がありまして」
「あ、そうなんだ。ごめんね」
「わたし、寝るわ。お兄ちゃん、暇になるようなら帰ってもいいよ」
 清美は不貞腐れてしまった。でも、お隣さんは事情を知ってて言ったわけじゃないから仕方ない。そこを清美は理解しているだろうか。乳がんという大病を患っているから、卑屈になっているかもしれない。まあ、仕方ない。

 僕は先程買って来たカツカレーを食べることにした。少し冷めてきている。時間が経ったから冷めるのも当然だろう。時刻は13時頃になっていた。先割れスプーンを袋から出し、食べ始めた。うん! 旨い。そういえば妹は昼ご飯を食べていない。看護師はなぜ、何も言ってこないのだろう。清美が事前に断っていたのだろうか。それしか考えられない。お隣さんが話しかけてきた。
「清美ちゃんはがんだって聞いたけど手術するの?」
 清美はお隣さんに自分の病名を言ったんだ。聞いて欲しかったのかな。
「しますよ」
「そうなんだ、完治するといいね」
「そうですね、有難うございます!」

 お隣さんと暫く話しをしていて、白血病だということがわかった。可哀想に。ドナーは簡単には見つからないだろう。両親、兄妹など身内にドナーがいなければ他人に期待はなかなかできない。清美も大変な病気だが、お隣さんも負けず劣らず大変な病気だ。

 時刻は17時30分頃。清美は起きていた。
「夕食の時間だ」
 と呟いた。僕は訊いた。
「昼ご飯は断ったのか?」
「うん、食欲なかったからね」
「そうなのか、少しでも食べなさい、とか言われなかったの?」
「言われたけど、夕食はちゃんと食べるんでと言って断った」
「そうか」
「お兄ちゃんはどうするの? また、コンビニに行くの?」
「そうだな、行ってくるわ」
「わたしは食べに行ってるね」
「わかった」

 18時を過ぎて両親や祖父母がやって来た。
「お、来たね」
 僕がそう言うと父は、
「清美のベッドはここか。どこに行ったんだ?」
 母はベッド周りを見ている。
「夕ご飯食べに行ったよ」
「そうか、病院食、不味いだろうな」
「どうなんだろ、来たら訊いてみる。お昼ご飯は食欲がなかったみたいで
断ったらしい」
「そうなんだな」
 祖父は僕に訊いた。
「清美、元気なのか?」
「うーん、イマイチかな」
 祖父は俯いてしまった。
 祖母は、
「まだ、若いのに可哀想に……。言いながら涙を流していた」
「ばあちゃん、死ぬわけじゃないから泣かないでよ」
「それはそうかもしれないけれど、心配で心配で……それに乳がんなんでしょ? 嫁にもいってないってのに……」
 祖母は凄く優しく、人情味のある人だと思う。
 祖父は気丈でこれまた人情味がある。
 両親は楽観的でくよくよしない。僕は周りが言うには優しくて真面目だという。

 両親たちは1時間もいただろうか、帰るらしい。僕も帰ることにした。僕は、
「また明日くるから」
 と言い、両親や祖父母も
「また明日な」
 そう言い病室をあとにした。
 僕は思った、一気に誰もいなくなって寂しい思いをしているんじゃないかな、でも、しかたない。

 帰宅して、僕は1日中病院にいたので疲れた。いつもなら朝から晩まで横になっているから。でも、これも妹の清美のためだ。
 看護師にもらった書類は父に渡してある。すぐにでも書いてくれるだろう。大事なものだから。
 手術の開始時刻は午前10時。9時頃着くように病院に行くという話しを家族でした。

 翌日は7時に起きた。いつもは8時まで寝ているけれど、寝ている気分じゃなかったし、出かける準備もしなくちゃいけない。とは言っても、大した準備もないが、僕の場合。母だったら女性だからメイクとか服を選んだりと時間はかかるかもしれないが。僕は心の中で清美の手術、上手くいきますように、と願っていた。それは家族みんなが願っているだろう。
 
 今朝はトーストを1枚食べた。あまり食べたくない。母は、
「あら、あんた角食1枚だけ?」
 と言われた。
「うん、あんまり食欲なくて」
「清美の心配してるから?」
「それもあるかも」
 母は俯き加減で、
「まあ、それは仕方ないね。清美だってなりたくてなったわけじゃないから」
「そうだね」
 それはわかっているんだけれど、からだが反応してしまう。今まで数人の彼女はいたけれど、ここまで心配した女性はいなかった。とは言っても、病気になった女性はいなかったから、いないのは当然かもしれない。

 8時30分が過ぎ、父が「いくぞー」
 とみんなに声をかけた。母は、
「もう少し待って」
 と言うと父は、
「早くしろよー、手術の時間になるぞー」
と言った。みんな急いで車に向かった。その途中で祖母が転んでしまった。「ばあちゃん大丈夫?」
 と僕が声をかけたけれど、
「大丈夫だよ」
 と言っていてよかった。骨折でもしていたらどうしようかと思った。手術までの時間もそんなにないし、祖母はけがをするしで、てんやわんやになるところだった。

 みんなが病院に着いたのは9時ころだった。入り口からエレベーターに乗り、3階まで行った。病室にずらずらっと入ると清美は、
「うわー! みんな来てくれたー! ありがとー」
 と嬉しそうにしていた。両親が、
「頑張れよ!」
 と言った。祖父母も、
「必ず治ると信じるんだ」
 と言った。僕は、
「大丈夫だから、そんなに不安になるな」
 と伝えた。
「みんな、ありがとう! 嬉しい」
 と言うと、涙を浮かべていた。
「清美、泣くなよ」
 と僕が声を掛けると、
「だって、嬉しいじゃん」
 そう言うと、家族みんなは笑っていた。
 そこに医師と女性看護師が来て、
「ご家族のみなさんですね、遠富さんに全身麻酔を投与します。書類は持ってきていただけたでしょうか?」
 父は封筒ごと看護師に渡した。それを看護師は中から書類を出し、確認した。
「では投与します」
 看護師は清美に注射した。

 約2時間後ーー。
 手術は無事終わった。
 清美は麻酔がまだ切れていないようで寝ている。

 妹は目覚めてから術後のケアを医師から受けた。事前に説明は受けていたが、患部には乳房がなくなっているようで、ショックを受けているようにみえる。でも、僕にはどうしてやることもできない。こういう時、自分の無力さを感じる。
 そういう話しを帰宅してから両親にした。すると、
「それは俺たちも同じだ。だから気に病むと余計、清美は自分を責めるから普通にしてろ」
「そうだね、わかった」

 約1週間後。清美は退院した。その1週間の間も僕はほぼ毎日お見舞いに行っていた。1~2時間くらいだけれど。お隣さんがいないから妹に訊いてみると、どうやら亡くなったらしい。きっとドナーが見つからなかったんだろうな。お気の毒に。清美は乳がんになって退職したのだけれど、今後、仕事はするのだろうか。訊いてみると、1週間くらいしたら仕事はしていいらしいので探して仕事はするようだ。

 今後は家族みんな健康に気をつけて生活していきたい。僕も心の病はあるけれど、デイケアに通ってみようと思う。主治医にも勧められていたし。デイケアで調子もよくなって気力もついてくれば、障がい者就労支援事業所に通う予定。いずれは、一般就労したい。まだ、先の話しだけれど。

                                 了

 

  

 

 

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