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江國香織と私

 江國香織と私の付き合いはもう本当に長い。
 中学の頃に出会って、それから事ある毎に読んできた。同じ本を何回も。
 出ている作品はたぶん殆ど読んでしまったし、本棚の1段だけ全て江國香織で埋まっている。
 私の人生で一等を決めるとしたら、『きらきらひかる』と『すいかの匂い』だと思う(おかしいことは分かってる。一等なのに2つなのは)。この2冊は何度も何度も読み返した。数年に1度、大抵心がおかしくなっている時に。
 中学の頃は恋愛のれの字も知らなかったから(勿論恋はしていたがすべて片思いだったし、恋人を持ったこともなかった)、江國香織を読んでは「恋愛とはこういうものなのか」と感慨に耽った。こんなにロマンチックでセンチメンタルで時々意味不明で脆く不幸せなものなのか、と。
 それから十数年。私は今年で28になる。
 6年の付き合いの果てに浮気をされ「別れよう」と女に言われた時「私の幸せを壊す奴はお前でも許さない」と怒り狂い「嫌だ、別れたくない」と泣き喚き、それから何年もその恋を引きずった。
 始めて寝た男は病的な潔癖性で予言者のように現実を突きつけてくる人だった。「別に付き合わなくとも僕は君の味方だから」そう言われて、私から別れを切り出した。
 2番目に長く付き合ったのは年上の女だったが、最初から最後まで「あなたを恋人として見れない」と言われ続けた。
 年齢性別問わずにいろんな人間と付き合って、その度に別れた。この世が終わってしまうのではないか、というくらい泣き喚いて、恋愛なんてするもんじゃないと吐き捨てる癖に、その数ヶ月後にはまた新しい恋人を見つけてくる。
 知らなかった。自分がこんなに愚かで馬鹿らしい女だということを。

 色恋沙汰で心が擦り切れている時はよく江國香織を読み返した。年を重ねれば重ねるほど、恋愛をすればするほど、江國香織が何を言っているかがよく分かる。
 恋愛を知らなかった時分では分からなかったことが、もう今では分かってしまう。
 今日『神様のボート』を読み返した。

『—葉子はいいこだな。
 昔、父は私に膝にのせ、頭をなでながらよくそう言った。
 —せかいいちだよ。
 私は問題ばかりおこす子供だったのに』

 私はこの部分で号泣してしまった。「いいこ」だった時なんてない。いつもさもしい恋に狂って周囲に迷惑ばかりかけてきた。愚かで浅ましい女。中学の頃の私が今の私を見たらなんて言うだろう。
 毎週通っているカウンセラーによく言われる言葉がある。
「エンドウさんは現実検討ができてないんだよ」
 現実。現実ってなんだろう。分からない。私は「葉子」だから分からない。恋に狂った女だから分からないのだ。
 浅ましい。嘆かわしいくらいに浅ましい。
 勝手に焦がれるような恋をして、そのストレスのはけ口に素性のよく知らない男と寝たりもした。「同性とセックスするなんて俺には無理だな」、そんなことをベッドの横で何度も言われた。

 恋を知らなかった私、
 ごめんね。
 貴女の憧れていた江國香織の世界は、
 きっと多分、酷く不自由で恐ろしく自由だったよ。

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