見出し画像

ピエール瀧が捕まって元カノが号泣した話

「本当に辛い」
 ある日の午後、彼女はそう言いながら泣いた。春先とはいえまだ寒さの残る3月上旬、外からの光をカーテンで遮断した部屋で、通話口から彼女の泣き声が洩れている。ピエール瀧が捕まって一晩あけた午後、電気グルーヴのファンである彼女と私はお互いを慰める為に通話をしていた。

 私と電気グルーヴとの出会いは、恋人である彼女が『富士山』を歌っていたところから始まる。当時高校生だった私たちは、カラオケという娯楽でしかストレスを発散できなかった。そんな中で歌った『富士山』は鬱屈した日々の全てを昇華しているかのようで、鮮烈に私の頭に残った。私は笑った。ヘンテコな歌詞、奇天烈なオケ、そして彼女の必死な顔。笑うしかなかった。
 そこから私の生活に少しずつ電気グルーヴが挟まっていった。『誰だ!』の「俺は一体誰なんだ!」という歌詞に深淵を感じながら通学した日、一人暮らしの寂しさを紛らわす為にYouTubeに上がっていた『電気グルーヴのオールナイトニッポン』を聞いてゲラゲラ笑った日、真夜中『N.O.』や『無能の人』を聞きながらつまらない自分の作品を手直しする日。気がつくと、電気グルーヴが精神的な支えになっていた。
 彼女と別れてからも電気グルーヴは聞き続けた。きっかけは彼女だが好きになったのは私だ、電気グルーヴに罪はない。そう思いながら『March』を未練たっぷりにカラオケで歌ったことも、最早懐かしい。大学4年、彼女と別れた後の私は殆ど抜け殻だった。毎日のように号泣し『人事を尽くさず天命を待つ』を聞きながら「人事を尽くさず天命を待ちてえな!」とTwitterに呟いた。そんな私にも電気グルーヴは寄り添ってくれた……寄り添う、というより付き合ってくれた、と表現した方がいいのかもしれない。さもしい日々を送る私に電気グルーヴの2人が「馬鹿じゃねえの」と肩を叩く。そんな風に電気グルーヴは私に付き合ってくれたのだ。
「電気の映画、一緒に見に行かない?」
 そう誘った時、別れてから2年ほど経っていた。電気グルーヴが映画になる!という事実に私は興奮したが、それを1人で見に行く気にはなれなかった。だから誘ったのだ。唯一の「電気友達」である彼女を。彼女は二つ返事でOKした。
 映画は今までの電気グルーヴとしての活動をうまくまとめていて、エンドロールで不覚にも泣きそうになった。それは彼女も同じだったらしい。電気2人はすごく仲がいい。そう言い合った。その後私と彼女はカラオケに行き、高校生の時のように電気を歌った。『エンジのソファー』を歌うと、歌詞のあまりの馬鹿馬鹿しさに笑ってしまい、笑い声だけがカラオケルームに響いた。瀧サイコー、と2人で笑った。
 それから彼女は結婚した。相手は私の後に付き合った『shangri-la』しか知らない男だった。

「瀧を見るのがすごく辛い」
 電話口で彼女は言った。
「あんなに報道されて本当に辛い。実家まで行かなくたっていいじゃん」
「瀧の載ってる新聞、破いてやろうかと思った」
「瀧は確かに悪いけど、悪くない。悪くないんだよ」
 彼女は本当に瀧が好きだった。瀧の画像を送ってやるととても喜んだし、ライブの映像を見るとオタクよろしく奇声を上げた。瀧の話をする彼女は楽しそうだったし、私もその話を聞くのが好きだった。
「私が卓球だったら、お前は瀧だな」
 付き合っていた頃、そんなことを言っていた。おこがましい話だが、私たちは彼らにシンパシーを感じていた。破天荒な卓球とそれを見守る瀧。そんな関係性がとても羨ましかった。お互いがお互いを支え合う、絶対的な関係性。私たちもそんな風になれたらいい、という希望も込めて、私は度々そう口にしていた。
「瀧が大好きなこと、こんなので再確認したくなかった」
 彼女は泣きながら言った。私はただ、そうだね、としか言えなかった。

 私は瀧に無理して帰ってきてほしくないと思っている。今まで大変だった分、穏やかに過ごしてほしい。ストレスでコカインを使ったという話だから、そのストレスがなくなるまで充分休んでほしい。でもそう思っていても、瀧のことだから無理して出てきそうな気もする。無理するタイプだから、と彼女も言っていた。瀧は無理するタイプだから、ずっと無理してきたんだろうね。知ったような口で言っていた。
「本当に辛い」
 テレビに映る瀧を見る度に、彼女の声が脳裏に響く。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?