フォローしませんか?
シェア
エンドウ
2017年9月30日 22:40
「ガール」 優しげな声が降りてくる。栞はその声から自分の体を遠ざけるように寝返りを打った。午前4時の青白い光は辺りを照らすには暗すぎるが、夜を明るくするには充分だ。カーテンの隙間から覗く外の景色を眺めながら栞はため息をついた。電柱の奥、道路を挟んだ向こうの家、コンクリートの壁の間からキンモクセイの木が伸びている。ぽつぽつと黄色の花をつけた枝からは絶え間なく強烈な匂いが飛んできて、窓を締め切っ
デイビッドは元々栞の家の下宿人だった。 父方の親戚の友人らしい、という話を聞いた時、栞は家族の危機管理能力を疑った。どこの馬の骨だか分からない人間を家の中に入れてしまうなんて。しかしデイビッドは栞の家族によく馴染んだ。稼業の駄菓子屋(といっても棚に並ぶのは生活用品ばかりで、なんでも屋といった風情だった)の手伝いをよく行い、飼い犬の面倒も見てくれた。そのお陰で店の評判は割と良く(デイビッド
2017年9月30日 22:41
物心つく前からの遊び相手だったデイビッドは、いつも優しく栞に接した。それはまるで兄妹の様だったし、実際栞も兄のように慕っていた。背の大きなデイビッドに持ち上げられると、栞はいつも歓喜の声を上げた。デイビッドの腕の中の世界はとても広く、それでいて暖かかった。 それなのに、どうしてこうなってしまったのだろう。 「食べるかい?」 目の合ったデイビッドが首を傾げる。彼は今、マチから貰った
デイビッドが引っ越したのは、突然の出来事だった。 夕飯時、家族で食卓を囲んでいるところで、 「僕、ここを出ようと思っています」 とふいに宣言した。 母を始め、父も酷く驚いたし、もちろん栞も驚いた。皆、デイビッドはずっとここにいるものだと思っていた。それほど、デイビッドは栞の家族に馴染んでいたのだ。 どうして引っ越すの、荷物をまとめているデイビッドに栞は聞いた。わざと
2017年9月30日 23:14
昔、父から聞いたことがあった。 デイビッドには幼い妹がいた。栞を初めて見た時、思わず口走ったという。やあ、ガール。キミと同じくらいの子を僕は知っているよ。僕の妹だ。流暢な英語でそう言ったそうだ。 栞はことあるごとに聞いた。妹ってどんな子? しかし、いくら聞いてもデイビッドは答えなかった。微笑んで、また今度ね、と言う。その表情があまりにも悲しげで、栞はそれ以上追及することができなかった