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メキシコ滞在記 vol.1

出発


16歳から18歳までの2年間と少し、私はメキシコという国で暮らしていた。
アメリカかぶれだった中学時代。
突如舞い込んだパパの海外赴任。
アメリカではないものの、「異国の地に暮らす」という甘美な言葉に酔いしれた私は、即座にメキシコ行きに賛成したと記憶している。
想像では大好きな赤毛のアンにでてくるような自然豊かな白樺の森の中で、本を読む自分を思い描いていたように思う。
出発の日の朝、友達たちが見送ってくれた。
泣いているみんなの輪の中でわたしは泣けなかった。
どうしてなのかわからないけど。電車の窓から、だんだんと遠ざかる故郷をただ見つめるだけだった。
故郷がはっきりくっきりと輪郭をなしてわたしの心に形を作った。
ふるさとが在り、そこを離れる寂しさをわたしは味わっていた。
生まれて初めての成田空港、生まれて初めての飛行機。
そこに意識はなく、覚えているのは飛行機の轟音と泣きはらしては眠る自分の姿だけ。
浅い眠りから覚めたときに見えた茶色い大地。
ただただ広くて果てのないすすけた地球の一部をみてまた泣いた。
友達と別れた朝も故郷を離れるときも泣かなかったのに、空を飛びながらわたしはひたすら涙を流した。
メキシコの北部、アメリカにほど近い工業都市、モンテレーについたのは夜遅く日付も変わろうとしている時間だった。
空港まで迎えにきてくれたパパの会社の人と共に地元のレストランへと入った。
初めての国でのはじめての食事はのどを通らず、なま暖かいメキシコの夜の空気が肌に触れて、明らかに違う異国の情緒に心は揺れた。
こんなに泣いて泣いて泣いたのに、涙はわたしを日本から遙かかなたのメキシコという国の北部にあるモンテレーという場所へと運んだだけなのだった。

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