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科学と宗教の融和点がみえると、現代人として生きやすくなる

年明けから能登半島地震、羽田空港火災と震災・事故が続いてSNSを見ないで2日間をすごした。

まだ生き埋めになっている人がいて。
元日から家と家族を失った人がいて。
そのさなかに平然と、煽りキーワードに満ちた広告をはなち

(スマホひとつで稼げる)
(フォロワー爆増)
(SNS戦略)

といった空虚な言葉をばらまく世界そのものを閉じてしまいたくなる。

親しい人からのメッセージ返信くらいはと、3日ぶりでSNSを開いた。

739番 田中さんの記事が目に飛び込んでくる。
この人の記事には、いっさいの欺瞞がないから安心して読める。

なぜか読み飛ばしてしまっていた2週間前の記事に、不穏な年越しを吹き飛ばすくらいの感動をおぼえたので引用する。


科学者ファラデーが晩年に、少年少女へ語った言葉

“自然界のあらゆるものは、それぞれが自然の1部分であって、他の部分のために役に立たせるような法則によって結び付けられているのです”


古代インドの智慧、そして日本神道にも合致

引用した言葉は、古代インドのヴェーダの智慧そのものだった。

他の部分に役立たせるような法則によって結び付けられている

年明け早々からわが国でおきた天災・事故と同様に、誕生と殺りくが繰り返される自然界のなかで、
「他の部分に役立たせる法則を持つものだけが、生き残っている」
という事実。

〝自分以外のなにか〟の役に立たなければ淘汰される

科学を究めればみな、この結論にひれ伏し、そして神の存在を意識せざるをえなくなる。

『科学者はなぜ神を信じるのか  コペルニクスからホーキングまで』(三田一郎著。ブルーバックス)

こちらの本でもそのことは書かれていたのだが、今回、田中さんの紹介記事で知ったファラデーの場合、晩年に少年少女に向けて熱く語っている(この発見を、若い世代へつなごうとした=他の役に立つことを体現した)という点で、大きな感動をおぼえた。

義理と人情。令和のいま、確認すべきこととは?

情熱は、古びない

加えて、田中さんの文中の「情熱というものは、古びない」という言葉に、力強く励まされた。

12年余り、僧侶研修で人と人とをつなぐハブの役割をお寺がとりもどすべく力説してきたが、ほぼ暖簾に腕押し。

紙の書籍を数冊書いても、影響力はSNSに及ばず。

そして件のSNSでは、熱弁しても、手先の技術で煽る記事に埋もれてしまう荒波になかば辟易としていたけれども。

少数でも、地に足つけた人たちとつながってゆければそれでいい。

そのことを確信できたので、ようやっと仕事はじめに向かえそうである。感謝🙏

初詣は地元の出雲さんへ


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