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「あなたの積読はどこから?」Vol.2/ライター:中村洋太さん

積読家の人々に本への愛を語ってもらうインタビュー企画「あなたの積読はどこから?」。2回目の今回は、ライター・エッセイスト、さらにはモデルとたくさんの顔を持つ中村洋太さんにお話をお聞きした。


「絶対に面白い」そう確信を持って購入した43巻の大作

中村さんの積読は優に100冊を超える。本棚には入りきらず、積読を詰め込んだ段ボールは3個。それでも収まらないため、文字通り床に積まれている本もある。

その大部分を占めるのは、塩野七生さんの『ローマ人の物語』だ。43巻あるこの作品を全巻購入したのは3年ほど前のことだった。そこから10巻までは読んでいるものの、残りの約30巻はまだ読めておらず積読になっている。

全43巻のローマ人の物語。圧巻。

歴史に興味を持ったきっかけは、2019年頃にビジネスメディアの副編集長を務めたことだった。同じチームに所属するのは優秀なビジネスパーソンばかり。そんな彼らはよく漫画『キングダム』の話で盛り上がっていた。そこでふと、優秀な人たちは三国志のような歴史を扱った長編を読んでいる傾向があることに気づく。

「優秀なビジネスパーソンたちの間でなぜこんなにも三国志が人気なんだろう」「読むことによって何が得られるんだろう」と興味を抱いた中村さんは、文庫版で30巻ある三国志の漫画を購入した。そしてその面白さに虜になり、『キングダム』も当時出ていた54巻までを一気読みする。他にも数多くの中国の歴史小説を読んだ。そうして中国史の世界に浸かっていた中村さんを、とあるネット記事が西洋史へと導いた。

「小泉進次郎さんが『年末年始は何をして過ごしましたか?』という質問に『塩野七生さんの“ギリシア人の物語”を読破しました』と答えていたんですよね。この作品は全3巻ですが、一冊が分厚い上に3冊合わせて1万円ほどします。でも進次郎さんは『もっと払いたいくらい』と話していて。そんなにお金を払いたくなるほど、そして彼のように多忙な人が貴重な休みを使って一気に読むほど面白いのは、どんな本なのだろうと気になりました。そして読んでみると本当に面白くて、そこから西洋史にも興味が広がったんですよね。中国史でもそうでしたが、ぼくは理系で世界史にほとんど触れてこなかったので、目の前に新しい世界が開かれたような気持ちでした。そこでもっと歴史を知りたくなって、古代ギリシアの次の時代である古代ローマを描いた『ローマ人の物語』に手を伸ばしたんです。43巻は大きな買い物だったけど、『ギリシア人の物語』が素晴らしかったからこれも絶対に面白いはず、と確信を持って買いました」

積読されている歴史物は『ローマ人の物語』だけでなく『水滸伝』(全19巻)、『蒼穹の昴』(全4巻)、『陋巷に在り』(全13巻)をはじめとする中国の歴史小説がいくつかあり、歴史小説だけで70冊を超える。そのほかは歴史関連でない小説、ノンフィクション、エッセイ、自己啓発書にビジネス書などさまざまなジャンルが揃っている。中村さんのこのようなジャンルにとらわれない読書習慣はどのようにして生まれたのだろうか。

読書の面白さを叩きつけてきた一冊の本

中村さんは、生物学の教授である父と地域情報紙のライターである母のもとに、3人兄弟の末っ子として生まれた。古本集めも好きだった父の書庫には、歴史や科学、生物学関連の書籍や古本がたくさん詰まっていた。

現在出版社に勤めている二番目の兄の本棚には、松下幸之助氏の『道をひらく』などの自己啓発書がたくさんあった。ベルリン在住の一番上の兄は、ドイツをはじめとするヨーロッパ史や語学、鉄道関係の本、そのほか様々なジャンルの小説やノンフィクションをよく読んでいた。家族随一の読書家である彼は、どんな時も必ず本を持っていた。夕食を食べる直前まで本を読んでいたし、家族で出かける時でさえ移動時はいつも本を開いていた。彼の読む本というよりもその姿に影響を受け、「本ってそんなにも面白いものなんだな」という気持ちを持つようになった。

母は兄ほどたくさん読むわけではなかったが、その代わりにいつも取材に出かけ、夜遅くに原稿を書いていた。とにかく本や文章で満ち溢れた家だったのだ。そんな“読書サラブレッド”の中村さん。幼少期から本が好きだったのかと思いきや、読書を好きになったのは中学時代だった。

「小さい頃から本は読んでいましたが、児童書を人並みに読むくらいで本が特別好きだったわけではありません。好きになったきっかけは、中学時代に二番目の兄に勧められた中谷彰宏さんの自己啓発書です。『自分で考える人が成功する』とか、そういうタイトルの本。それらを読んでいると励まされる感覚があって面白いなと感じました。あと『ハリーポッター』シリーズにハマった時期もありました」

そんな中学時代を経て、高校生になった中村さんはある本と出会う。

「たしか母親が買ってくれて、サイモン・シンの『フェルマーの最終定理』を読んだんです。今や名著として有名ですが、当時はまだ文庫化されておらず単行本でした。それがもう本当に面白かったんですよ。フェルマーの最終定理そのものはすごく難解な問題なのに、作者の書き方がうまくて、高1のぼくでも概念はなんとなく理解できました。その『わかること』の感動が半端じゃなくて、夢中になって読みましたね。当時、あの本の影響で将来は数学者になりたいって思ったくらいでした」

『フェルマーの最終定理』は中村さんの心に鮮烈な足跡を残した。夢中になるあまり、総合学習の自由課題でフェルマーの最終定理に関するレポートを大量に書いたほどだった。これが決定的な経験となり、本を読むのがますます好きになった。

いつか花開く日を楽しみに、本の種を蒔く

そうして本を愛するうちに、気づいたら積読が100冊を超えるような愛書家になっていた。なぜ、まだ読んでいない本がこんなにもたくさんあるのに、別の本を買ってしまうのだろうか。

「たしかに、まず手元にある本から読んでいくのが順序としては理にかなっていますよね。でも、やっぱり今この瞬間の『読みたい』を優先したいんですよ。たとえ読んでいる途中の本があったとしても、『ぼくはどうしてもこっちが読みたい』と思ったらそれを読んじゃって。それでズルズルと100冊以上になってしまいましたね」

そんな中村さんにとって、積読とは『種まき』のようなものだという。

買ってすぐに読む本もあれば、積読になる本もある。だが、読んでいないからといって意味がないとはまったく思わない。結果的に最後まで読まない本もあるかもしれないが、いくつかの本はきっと読む。そして「寝かせておいてよかったな」と思う日が来ると信じているからだ。

「その『積読していてよかったな』と思えた時が、花が咲いた時だと思うんですよね。そのために100個の種を蒔いている感覚です。おそらく100個すべては咲かないけど、そのうちいくつかでも花は咲くし、それでいいのかなと。あと、本って買ったタイミングと読むのに最適なタイミングが必ずしも同じじゃないですよね。だから気になった本は所持しておいて、その本を読むべきタイミングでいつでも読めるようにしておきたいし、それが大事だと思います」

花開く日を待つ本の一部。

実際に今、積読本のなかで密かに蕾を膨らませている本がある。その本を思い出したきっかけは、無能唱元氏による『人蕩し術』を読んだことだった。本書では、田中角栄や本田宗一郎といった人たらしと言われる人たちの実例を用いながら、人心掌握術が紹介されている。その序盤に豊臣秀吉の話があった。豊臣秀吉のことを人たらしという観点から見たことがなかった中村さんだったが、この本をきっかけに彼のことが気になるようになったという。本書が非常に面白く影響を受けたからなおさらだ。

「秀吉に関する本を調べてみたら、司馬遼太郎さんの『新史 太閤記』のことが出てきて。それは秀吉がテーマで、しかも『いかに彼が人たらしだったか』を取り上げたまさにドンピシャの本だったんです。この本は司馬遼太郎さんの戦国三部作のうちのひとつです。それを知った時に、三部作の第一作目である『国盗り物語』が家にあることを思い出したんです。ずっと前に買って積読の海に沈んでいたような本でしたが、ここにきてスポットライトが当たり始めました。この機会に戦国三部作を一気に読みたいですね」

中村洋太さんの積読本

アンダーグラウンド/村上春樹 著

1995年3月20日の朝、東京の地下でほんとうに何が起こったのか。同年1月の阪神大震災につづいて日本中を震撼させたオウム真理教団による地下鉄サリン事件。この事件を境に日本人はどこへ行こうとしているのか、62人の関係者にインタビューを重ね、村上春樹が真相に迫るノンフィクション書き下ろし。 

amazon.jpより引用

今回のインタビューでは歴史小説にまつわる話をたくさんお聞きした。しかしそれと同じくらい、いやそれ以上に中村さんが熱心にその魅力を語ってくれた作家がいる。村上春樹さんだ。村上春樹さんの作品を最初に読んだのは大学生の時、『ねじまき鳥クロニクル』という作品だった。

「村上春樹さんの作品、とくに彼のエッセイを読めば読むほど、彼に対する尊敬の念が大きくなっていきました。彼の小説は『よくわからない』と言われることも多いし、実際にすっきりしない終わり方の作品がたくさんあります。でも、ぼくはそれでいいと思っていて。大切なのはいかに物語に没頭できるかです。彼の小説はその点では非常に優れていると思います。いつも読むのを止められなくなってしまうほどです。文体も素晴らしいしストーリーも力強くて、そんな作品たちを彼は自分を律してコンスタントに書き続けている。それを考えると本当にすごい人だなと。考え方に共感するところもあるし、彼の書いたものは小説以外のものもすべて読んでみたいと思ったんです。一時期は、ブックオフでまだ持っていない彼の本を見つけるたびに買っていたこともありました」

中村さんの自宅にはこの時期に買った村上春樹さんの作品が、まだ読めていないものも含めてたくさんある。そのなかの一冊が『アンダーグラウンド』だ。なぜ多くの作品があるなかでこの本を紹介しようと考えたのだろうか。

「パラパラッとめくってみたところ、この作品は例えばAさんにインタビューしたとしたら、そのAさんが自分の言葉で語っているように書かれているんですよね。いわゆるQ&A形式の書き方ではないんです。取材の文字起こしそのままではなく、足りない言葉も補いながらAさんがひとりで語っているように書かれている。その口調にはちゃんとAさんの雰囲気が出ているし、彼のことだから、おそらく62名いたら62名分の個性を書き分けているんじゃないかなと。それを読むことはすごく勉強になりそうで、とても興味のある一冊なんです」

本の内容にももちろん興味を惹かれるが、それと併せて「村上春樹さんが一人称形式のインタビュー記事を書くとどうなるのか」を知ることができる。そしてそれは書き手としての自分に、多くのことを教えてくれるはずだ。そう確信している。

村上春樹さんといえば、4月13日に新作長編『街とその不確かな壁』が発売された。

「新作もまだ読めていないんです。GWの楽しみのために買っていたんですが、仕事が忙しくて読めませんでした。あとは図書館で予約していた別の本の順番が回ってきて。半年近く待っていた本だったから『これは今読まなきゃ』と思って先に読みました。そのあとも仕事が立て込んでいたり別の本を読んでいたりで今に至ります。彼の小説は世界観に没入しながら一気に読みたいので、次のまとまった時間の楽しみに取っておきます」

彼にとって村上春樹さんとは、憧れでありお手本でもある存在だという。自分には小説は書けないが、「とにかく読者を話の世界に思いっきり引きずり込みたい」と思いながら日々執筆を行っている。結論の美しさを追求することよりも、いかに長い文章でも最後まで読んでもらえるかを追求することにモチベーションが湧く。読者が「気づいたら読み終わっていた」となるのが理想だ。

「彼の、ストーリーと文体の人を引き込む力、難しいことを難しい言葉を使わずに表現していく力は本当にすごいです。自分が書く仕事をするようになってなおさら感じますね。そんな彼の文章を読むことで自分の文章力も上がっていく感覚が昔からあります。これからも作品そのものを楽しみながら、村上さんから学んでいきたいです」


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