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必要とされる場所

 最近は御近所付き合いなどは、希薄になってきているようですが、どこの町内にも、その地に古くから住んでいる人、古くからある家はあるものです。
私の実家も、そのような感じで、家族が多いこともあり、また、町内には永らく動かずに住み続けている家が多いせいか、古くからの家々は互いに濃い付き合いをしているように感じます。

 祖父母がいて両親がいて、子供がいて、
賑やかな笑い声が絶えない家。
そんな家も、家そのものが古くなってくると共に、家族構成にも変化が出てきて、現在はお年寄り夫婦だけ、お年寄り一人だけの家も増えてきました。
大きな戸建てが多い地域だけに、大きな家にお年寄り一人の暮らしは、庭の手入れを見ただけでも、寂しさが募ります。

 
 テレワーク、リモートワーク、時差出勤が定着してきて、私は少し、オヤツの食べ過ぎを意識させられていますが、食べても食べても太れない体質のおかげか、オヤツについ手を出してしまいますが、母と姉は、低カロリーのオヤツ、スィーツを作る楽しみを覚えたようで、オカラ入りのケーキ、甘くないゼリー、キナコや胡麻が沢山入った蒸しケーキなどを食べさせられています。
母も姉も習性で、沢山作ってしまうのでしょう。沢山作って、甘みの少ないゼンザイや水羊羹などは、親しくしている一人暮らしのお宅へおすそ分けするのですね。

 そして、お届け係は、なぜか私。

おかげで、最近はめっきり、お年寄りと仲良くなり、本音のようなものを聞かせて頂き、人間は大変、歳を取るのは辛いものもある、楽しいばかりではない、幸せそうな家にも哀しみや悩みはあると、知らされました。


 昨年奥様を亡くされたFさん。
約120坪程の敷地の家に、一人暮らしです。
80才を超えていますから、元気そうには見えますが、本人は老化を強く意識してはいます。

 洋食好きだったが、最近は肉を欲しなくなった。何を食べても美味しくない。娘が週に1度来てくれて、家事をバタバタ片付けてくれるが、やかましくてならない。
カミさんも、口うるさい奴だったが、娘はカミさんより、うるさい。
また、色々と保存できる食べ物を作ってはくれるが、ガサツな味で不味い。
だいたい、なぜ、カミさんがワシより先に逝くのか信じられない。
何もかもカミさん任せだったから、自分のモノすら、どこにあるのか分からず、たいして困った。

 娘は小さな会社を経営している旦那の手伝いをしているせいか、忙しいんだな、来てくれても、家事を片付けるばかりで、ガタガタ、ザワザワ動き回り、ワイワイとワシに指示をして帰って行く。


「あの、、おじさま、、、息子さんか、娘さんのところで暮らすつもりはないのですか?」


 いやだな!!ワシは最後までここにいる。元気そうに見えても、足腰にガタはきているさ、ベッドから起き上がるときも、
椅子から立ち上がるときも、ヨッコラショとすぐは立てなくなってる、
散歩に出ても、つまらないしな、庭の手入れをしようと思っても、雑草を刈るのさえ難儀する、
新聞や本を読むにはメガネが必要だろ、、
老化してるのは分かってる。だけど、子供達のとこには行かないよ。


 「あの、、介護付きのマンションは如何ですか?」

 イヤだね!!この家を売ってまで、そんなとこに入りたくないよ。ここで、気ままに朽ちていく。

頑固な人とは聞いていたけれど、本当に頑固さん。朽ちていくなど、寂しい言葉を吐く。


 なーちゃん、あれな、この間、どれを処分したほうがいいかを訊いただろ、なーちゃんの勘はすごいよ。ピッタリだったよ。
あれは売って良かった。持っていても、大損だったよ。まあな、売った金は息子に流れたけどな。
息子は、飛行機に乗ってまで、はるばる、来てくれるのはいいんだが、必ず、相談がある、そして、その相談は金なんだ。
2人の子供の学校は私立だろ、高いマンション買ってローンがきつい、アイツも遊んでるわけじゃないが、
金がかかるんだろ、ワシになんとかならないかと言われたら、出してやらねばな、無かったら仕方ないとして、あるのに無いはウソになるからな。
息子のヨメさんは少し派手な女で、カミさんは余り良くは思っていなかったんだ、だからな、ワシは子供のとこには行かないよ。
家政婦さんを頼むことにしたから、まあな食事や洗濯や掃除は、これからは大丈夫だよ。

 首のところに、ひっかきの跡が沢山あって、どうしたのか訊いてみると、痒いらしく。背中も頭も痒いとか。

 老人性のものかなと、母に電話をして訊いてみると、室内の乾燥だろうと言う。
室温は28度。湿度計を見ると50%をきっている。
私まで、さわさわ痒くなってくる。

 窓を開けて空気の入れ替えをして、加湿器に水を入れて作動させ。
寝るときは、寝室にいつも、タオルを濡らしてハンガーにかけておくとよいと話すと、奥様は冬の間はそうしていたとか。
うるさいカミさんだったとか言いつつ、奥様のことは思い出すようで。
リビングの続きの部屋の和室に、立派な仏壇があって、花が素晴らしい。

花は近所の花屋さんに、週に2回届けてもらうとか。Fさんは、寂しいに違いない。うるさいとかなんとか言いつつ、奥様と2人の暮らしを思い出しているのだろう。
奥様は花好きな人だった。庭には多くの花を植えていた。


 痒いのは、乾燥か。よかった、よかった、老化かと思っていたよ。水を入れればいいんだな、、そうか、そうか、寝室には濡れタオル、、洗濯物を乾燥室に干さないで、リビングに干すようにしたら随分違う話をすると、それについても、そうか、そうかと素直だった。


 頑固な人が老人になり、老夫婦が仲良く暮らしていたのが、片方が亡くなり、すると、頑固さに拍車がかかるのかもしれない。意固地に頑固になる。


 ゼンザイをおすそ分けで持って行っただけが、ついつい、2時間近く、Fさんの本音を聞かされて、少し株の話もして。
私と話している時のFさんは、可愛らしい素直なおじいちゃんでしたが、玄関で、また来ますねと言う私に、何日の何時に来てくれる?と確認するあたりは、やはり、頑固でやり手のビジネスマンだった人だなと思う。

 曖昧な返事など出来ない雰囲気がある。
Fさんは、一見は元気そうだけれど、出歩かないせいか、足腰が弱っている感じが動作からも分かる。


 心なし明るい表情になったFさんですが、
もうすぐ春だろが、だがな、春が来て、桜が散るだろ、次に夏、庭のライラックの花が満開になって、、藤棚の藤が咲き誇って、、あ〜、次は、秋だよ、、落ち葉の掃除、、そして、冬、

もう、飽きたよ、

なんだか、待ちたくないんだな、飽きたんだ、季節を待ちたくない、

息子も娘も、心配ない、

ワシはもう、飽きたんだ、なーちゃん、誰しもいつかは老人になる、なーちゃんは残しておいたらいいぞ、自分が必要とされる場所をな。

 本音を聞いてしまうと、Fさんの寂しさや諦観を感じ取って、ふわっと涙があふれそうになるのをぐっと堪えて、

辞してきた。

 自分を必要とする場所を残しておく、、、か。