ゲームローカライズってすごい!
SteamやSwitchなどのプラットフォームで気軽に国内外のインディーズゲームをプレイできる環境が整備されつつあり、洋ゲーをプレイする機会が増えてきた。
私は日本語以外の言語に明るくないし、日本語対応していないタイトルはたとえ面白そうでも避けがちだ。
どうしても気になった場合は機械翻訳を使ってプレイすることもある。過去の機械翻訳よりは精度が上がっているように感じるし、DeepL(世界一高精度を謳う翻訳ツール)の文章はかなり自然な印象を受ける。
アドベンチャーなら会話、シミュレーションならUIの意味が分かれば、ゲームの内容はある程度は理解でき、意味不明のままゲームを進めることはない。
しかし、細かい感情表現や日本語ならではの表現、ネットスラングなどはうまく翻訳できないため、製作者の意図をきちんと汲み取ることは難しい。
「どういう人が翻訳作業をしているんだろう?」
「翻訳者だからできるローカライズがあるのかな?」
とうっすら気になっていたところ、Twitterのタイムラインに流れてきたのが「通訳翻訳ジャーナル 2021年夏号」(7月号)だ。
なんと特集は「ゲーム翻訳者になりたい!」連動企画は「SIEローカライズチームの翻訳現場に迫る」である。
自ら検索してたどり着くことは絶対なかった。サンキューTwitter。これがTwitter。
翻訳者にはなれないが、ゲーム翻訳の現場には興味津々の私。早速購入してみたところ、面白いテキストの大サービス。
個人的におもしろかった箇所を引用しながら、紹介していきたいと思う。
『Ghost of Tsushima』”誉”の秘密
『Ghost of Tsushima』は鎌倉時代に起きた、元(モンゴル)の対馬侵攻を題材としたタイトルだ。
本作は海外発のゲームにありがちな「勘違い日本」ではなく、日本人でも違和感がないと評判になっていた。
ローカライズを担当したのは、石立大介さんと関根麗子さん、坂井大剛さんのチーム。
通常の翻訳作業に加え、専門家への時代考証の依頼や時代劇のワークショップへの参加など、全精力を傾けていたそうだ。
私が「なるほど!」と思ったのは言葉のチョイス。
未プレイの私でもよく聞いた、武士の「誉」だ。
"主人公の「誉は浜で死にました」という台詞。原文は"Honor died on the beach""
(出典:「通訳翻訳ジャーナル 2021年夏号」イカロス出版 2021 P.13)
私がお世話になりっぱなしの翻訳ツールDeepLで訳してみたところ、「浜辺で死んだ名誉」と出た。
違いは「誉」と「名誉」だ。
翻訳を担当した坂井さんは
”武士としての矜持や生き方を表す重要なキーワード"
(出典:「通訳翻訳ジャーナル 2021年夏号」イカロス出版 2021 P.13)
として「誉」に行き着いたそうだ。
なるほど、たしかに「誉」は耳に残る。
名誉と聞くとなにかキレイな印象があるが、「誉」と言われると泥臭く勝ち取ったような、心の根底に流れる誇らしさを感じる。
機械翻訳では「誉」とは出会えなかったわけだ。やはりプロのローカライズはすごい。
『Marvel's Spider-Man: Miles Morales』のネットスラング
『Marvel's Spider-Man: Miles Morales』は、まるでスパイダーマンになったかのようなアクションが楽しめるアドベンチャー。
ローカライズの担当は谷口新菜さんと大島陸さんのチーム。お2人は前作のローカライズも担当したそうだ。
本作はとにかく作業量が多かったようだが、私が注目したのはゲーム内のSNSで使われるネットスラング。
"英語版の『lol』は、前作では『w』に置き換えましたが、今作は思い切って『草』にしたり。『乙』なども積極的に使いました"
(出典:「通訳翻訳ジャーナル 2021年夏号」イカロス出版 2021 P.15)
再び登場の翻訳ツールDeepLで「lol」は「笑」と出た。
たとえ同じ意味でもニュアンスが違うと文脈やキャラクターから受けるイメージが大きく違う。
私の職場ではチャットでコミュニケーションを取ることが多い。人によっては、「笑」だし、「w」もいれば、「草」もいる。普段何気なく返信しているが、その人なりのチョイスがあると感じる。
そういった人となりまでも感じさせるのはプロによるローカライズに勝るものはない。
ちなみに私は「w」派。
ガチすぎる特集「ゲーム翻訳者になりたい!」
いよいよ本題。ゲーム翻訳者特集の内容がまた濃い。
特集の冒頭で現在のゲーム翻訳市場をサラッとおさらいし、関連用語を説明したところで本題に進む。
『Far Cry 4』などの翻訳に関わった大江昌道さんへのインタビューでは、働き方やスキルが中心。
"たとえばシューティングゲームの"cover"の訳は「援護する」という動詞か「遮蔽物」という名詞、2通りの可能性があり、文脈情報がないと判断が難しい"
(出典:「通訳翻訳ジャーナル 2021年夏号」イカロス出版 2021 P.57)
なんて具体的なコメントもあり、門外漢の私は、へぇー!と唸ることばかりだった。
ローカライズのプロセスを解説するコーナーではインディーズゲーマーにはお馴染みの架け橋ゲームズからザック・ハントリさん、桑原頼子さんが登場。
開発元からローカライズ依頼を受けて、リリースするまでの流れが解説されており、我々ゲーマーたちがプレイするまでに様々な工程があるんだなーと改めて感じた。
翻訳用のExcelも『A Short Hike』を例として紹介されており、これが噂に聞くExcelかとワクワクしてしまった……!
翻訳講座のコーナーでは長尾龍介さんによる、レクチャーがギッシリと4ページも載っており、課題と訳例を眺めるだけでもおもしろかった。
最後にはおまけとして、翻訳志望者におすすめのゲームが11タイトル紹介されている。
ローカライズをしてきた側の方々が選ぶローカライズなのだから、訳のクオリティは凄まじく高いに違いない。
私でもお名前を知っている福嶋美絵子さん、武藤陽生さんが翻訳を担当されたタイトルも入っていた。
おわりに
ゲーム翻訳者の方々のコメントを読んでいると、いろいろなことを吸収した結果、よりよい訳が生まれるのだろうなと感じた。
多くのゲームに触れて、ジャンルとしてのゲームの文脈を理解すること。ゲームに限らず、小説や映画など、より多くの作品に触れることが素敵なワードチョイスには大切なんだろうなー。
普段ローカライズされたタイトルをプレイする機会のある方にも、読んでほしい面白い特集だった。
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