【フィン物語群】鍛冶場の詩【和訳】
フィン・マックールの愛剣といえばマク・ア・ルイン(Mac an Luin)が有名である。しかしその具体的な来歴となると、そう簡単には検索に出てこない。
以前これを調べた際には、ジェイムズ・マクファーソンの『オシァン』劇中にて、フィンガル王の剣「ルーノの子」(英:Son of Luno/蘇:Mac an Luinn)が言及されていることを確認した。ルーノとは、スカンディナヴィアの鍛冶師の名であるという。
その後、ソフィア・モリソンの『マン島の妖精物語(Manx Fairy Tales)』(1911)に収録されている「キタランド」に、オーラフ王の剣として「Drontheimの闇の鍛冶師、ローン・マックリブイン(Loan Maclibuin)によって作られた王の剣マカブイン(Macabuin)」なるものが登場することを知った。
どちらも北欧の鍛冶師によって作られた王の剣であり、LunoやLoanといった鍛冶師の名前も似ている。なにか関連性があるのかしら・・・。
と思っていたら、有力な情報が飛び込んできた。
https://twitter.com/Al_batross/status/1747855058841313338
LunoにせよLoanにせよ、その原型は「Lon mac Liomtha」にあるという。
このLon何某というのはマク・ア・ルインを打った鍛冶師で、アイルランドやスコットランドにその逸話が伝わっているようである。
というわけで今回はマク・ア・ルインの由来譚となるLon mac Liomthaにまつわる話のうち、『Duanaire Finn』のXXXVI(第36歌)の詩、「The Lay of Smithy」を和訳した。
いつものごとく英訳からの重訳であることをご承知おきいただきたい。また誤訳・誤解釈ありましたら何卒ご一報おねがいします。
・出典
今回使用したテクストは、Gerard Murphyの『Duanaire Finn (The Book of the lays of Fionn): Part II』(1933)p2~p15である。
なお、後年(1953)に出版されたpart IIIに英訳の修正や正誤表、用語集が収録されており、そちらも参考にした。そのため1933年版に掲載された英訳そのままの和訳でないことには注意されたし。
その他、ゲール語原文から独自に再解釈した点などは適宜注釈を入れていく。
●和訳●
本書冒頭に各詩の解説が掲載されていたので、そちらも和訳してみた。概要のかわりとしてここに挿入する。
●登場人物
・八人のフィアナ戦士・
Fionn:フィン・マックール
Oisin:フィンの息子。この詩の語り手。
Daolghus:フィアナ戦士。のちのCaoilte。
Diarmaid:フィアナ戦士。ディアルミド、ディルムッドなど。
Mac Lughach:フィアナ戦士。フィンの娘Lughachの息子(つまり孫)と見なされることがある。
Beareの職人の三人の息子たち:フィアナ戦士。
・その他・
Lon:鍛冶師。
●詩
pp.2-3
※Brogán:聖パトリックの書記。
※Cumhallの息子:フィンのこと。
※Fian:フィアナ戦士。
※Luachair Deadhadh:コーク、ケリー、リムリックの境界にあるSlieve Logher山脈
※上王の血筋:英文の「seven of us about the high king」の「about」にあたるゲール文字原文は「mun」で、これは「um+an(about the)」と思われる。eDILいわく、umには「around, about」の他に「特別な意味で、ある人物の一族の集まり」の意があるという。この場面では上王がいないため、周囲や近衛の意ではなく、一族を意味すると解釈した。なお推測するに、上王の血筋ではない残りの一人はDiarmidと思われる。
※食料:英文は「roasting」(炙ったもの?)となっているが、ゲール文字原文の「fulacht」について、同書第三巻の用語集では「調理された食べ物、食事」となっている。そのためここでは「食料」とした。
pp.4-5
pp.6-7
※Líomhthaの息子Lon:ゲール文字原文では「Lon mac Liomtha」
※Bergen:ノルウェーのベルゲン
※Lochlann:伝説的な北方の地名だが、ここでは北欧、スカンディナヴィア(特にノルウェー)を指すと見て良いか。
※troigh mhná troghain:英訳は「the pangs of a woman in travail(産気づいた女の苦しみ)」としているのだが、同書第三巻で否定している。確証がないためここではゲール文字原文をそのまま置くが、あえて訳すなら「カラス女の脚」となるか。後述の解説を参照。
pp.8-9
※Eachtghe:ゴールウェイとクレアの境界にあるAughty山脈を含む地域。
※つまり先頭に鍛冶師と遅れてDaolghus、次にFionn単独、次にDiarmaidとMac Lughach、最後にOisinと三兄弟、の四つにわかれて追走している。
※Mag Maoin:ゴールウェイ県のLoughreaの周りにある平原。
※Cruachain:クルアハン。
※Magh Luirg:ロスコモンのBoyleの平原。
※Seaghais:Boyle川
※Corannの洞窟:スライゴー県にあるKeshの洞窟。Keshcorranとも。
pp.10-11
※「懇願して(?)」は英文で「beseeching them(?)」となっているが、同書第三巻では
「(原文のga ttoghdhaを)『彼らに懇願する』という訳は、疑わしい語源(to+guide)に基づいており、文脈にほとんど合致しない」
としている。が、では正しくは何なのか、修正した訳については書かれていない。
※優れる(?):同書第三巻の用語集では、英訳の「success」にあたる原文の「biseach」について「増加、改良の意。(この詩では)意味が疑わしい」としている。eDILではbisechの意として「increase, addition; improvement, betterment, progress」(増加、追加:改良、改善、進歩)を挙げている。ここでは「一撃をよく与える」といった感じだろうか?
※芽(shoot):原文の「buinne」について、同書第三巻では「sapling(若木、若者)」としており、またeDILではまさにこの詩での例を「torrent, flood; stream, current, wave」(激流、洪水:急流、流れ、波)の応用例に分類している。鋼の若木、あるいは鋼の急流か? しかし柄が長いのであれば若木にたとえるのが無難に思える。
pp.12-13
※細身で熱い:英訳は「slender-warm」、原文は「caílti」である。これは「cáel(slender)」と「te(warm)」からなる合成語。
pp.14-15
※ゲール文字原文には「mhic Cumaill」とあるのだが、英文には「son of」がない。このままでは「(フィンの父)Cumhallの剣」ということになってしまうため、これは誤訳・脱字だと思われる。
・要約
Oisin「昔のことを話そう」
~~
八人のフィアナ戦士が丘の上に着くと、そこに三本腕一本足の奇怪な姿の男がやってくる。
Lon「われは鍛冶師のLon。おまえたちと競走しにきた」
八人はLonを追いかけて、洞窟の中にある鍛冶場へたどりつく。
鍛冶師と、戦士の一人Daolghusが鎚を振るう。その様を見た他の鍛冶師たちが「あの細身で熱い(caoilte)男は何者だ?」と尋ね、それを聞いたFionnが「では彼(Daolghus)のことを今後はCaoilteと呼ぼう」と言う。
鍛冶師は七つの剣、九本の槍を八人に与える。
八人が一晩ぐっすり眠ると、最初にいた丘に戻っていた。
~~
Oisin「あの男たちがもういない、そんな時代になってしまったのは悲痛なことだ」
●解説と覚え書き●
◆冒頭で「なにゆえ闘いを終わらせることをCaoilteと呼ぶのか」とあるが、実際に語られるのは「DaolghusがCaoilteと呼ばれるようになった経緯」である。「闘いを終わらせる(原文:sgaoílte na sgainnear)」がDaolghusを指すケニング(比喩的修辞)かなにかなのだろうか? 詳細はわからない。
◆「上王の血筋に連なる七人」について、この詩のみでは八人のうち誰が該当するのかわからない。血縁関係を考えれば、Fionnと息子Osian、甥のCaoilte、孫のMac Lughachの四人と、Beareの職人の三人の息子たちはそれぞれ縁戚だろう。となると残るDiarmidを除いたこの七人が該当すると思われる。
しかしそうなると職人の息子たちも上王の縁者ということになるが、一体何者なのだろう。この三兄弟は『Duanaire Finn』の他の詩にも登場しており、フィアナ戦士であることは間違いないようだが、今のところ来歴等については確認できていない。
※追記
これについて日月日氏から有力な情報をいただき、しかしここに追加するには少し長すぎる話になったので別途記事を設けることにした。
簡潔に言えば、彼らは上王MacConの子孫で、Beareの職人はその里親となる。彼らの名はGlas、Gear、Gubhaで、異母兄弟との戦いで討ち死にしている。
◆「とある職人(One Craftsman)」の原文は「Áonchearda(aon+cerd)」だが、aon(óen)には「one」以外にも「unique, without equal, peerless」(ユニークな、比類なき、唯一無二の)などの意味もある。そのため「優れた職工」という意味もあるかもしれないが、どちらの意味かわからないため今回は英文のOneをそのまま訳した。
◆劇中でFionnたちが通過した地名を並べて推測すると以下になる。
・Luachair Deadhadh:Slieve Logher山脈(ケリー県)
・Bealach Luimnighの門:不明。ただしLuimnighはリムリックのスペル。
・Sliabh Oidhidh:クレア県のWoodcock Hill(ヤマシギの丘)?
・Eachtghe: Slieve Aughty山脈(クレア県とゴールウェイ県の境)
・Mag Maoin:ゴールウェイ県のLoughreaの周りにある平原。
・Magh Maine:不明。
・Áth Bearbha:不明。一般的にÁthは浅瀬の意。
・Mucais:不明。
・Magh Meadhbha:不明。おそらくメイヴにまつわる地名と思われる。
・Fiodhachの息子Fraochの墓:不明。ロスコモン県Tulsk近郊にあるCarnfree(愛:Carn Fraoich)か?
・Gleann Cuilt:不明。
・Cruachain:クルアハン(現在のロスコモン県ラスクロガン)
・Magh Luirg:Boyleの平原(ロスコモン)
・Seaghais:Boyle川
・Ceann Sléibhe:不明。
・Corannの洞窟:スライゴー県にあるKeshの洞窟。Keshcorranとも。
おおむねケリーからリムリック、クレア、ゴールウェイ、ロスコモン、スライゴーと、アイルランド南西部から北西部にかけて北上しているのがわかる。
一部特定できない地名については、以下に覚え書きを付す。
・Bealach Luimnighの門
Bealachは峡谷、隘路、峠、道を意味するbelachと思われる。この英語化名Ballaghがつく地名はアイルランド各地にあり、リムリックにも存在する。ルート的にそのBallaghを指すかもしれないが、単にリムリックの町のことかもしれない。
・Sliabh Oidhidh
Sliab Oidhidh an Rígh(王の最期の山)と同じ地域か。現在のWoodcock Hill(ヤマシギの丘)であり、ルート的にはここを指していると思われる。
・Magh Maine
これと前後するMag Maoinとクルアハンの間には、かつてUí Mháine(英語化:Hy Many)の王国があり、これに由来する地名かもしれない。しかし確証はない。
・Áth Bearbha
Bearbhaはバロー川の古い綴りだが、これはアイルランド南東部の川でありルート的に不自然すぎる。似たような地名があったのか、あるいはスペルが異なるか。
・Mucais
ドニゴール県に同名の地名があり、「豚の背」の意だという。位置的に無関係であろうが、同様の地名は各地にあっても不思議ではない。
・Magh Meadhbha
「O’Haraの書(section 26)」などに見られる地名。メイヴに由来する地名と思われ、Magh Medba(メイヴの平原)か。おそらくクルアハン周辺と思われる。
・Fiodhachの息子Fraochの墓
『フロイヒの牛捕り』あるいは『クアルンゲの牛捕り』に登場するFráechか。Tulsk近郊にあるCarnfreeは彼の墓とされる。
・Gleann Cuilt
Gleannは峡谷の意と思われる。上述のCarnfreeとクルアハンはさほど離れておらず、この間のどこかにある谷か? 一応、現在そこにはセラモジ川が流れている。
・Ceann Sléibhe
「頭山」といった意味になるか。ケリー県のSlea Headのアイルランド語名だが、明らかにこれではない。Burrenの民話版にも登場するが、内容的にクレア県周辺の地域であろう。単純な名前(頭+山)であるし、同様の地名が各地にあったのかもしれない。このあとCorranの洞窟へ入っていくことから、洞窟のあるBricklieve山地を指すと思われるが確証がない。
◆特に打ち合わせもなくCaoilteがしれっと鎚打ちに参加しているが、彼には鍛冶屋の息子であるという伝承があるらしい。それを前提とした描写なのだろうか。
◆劇中では八人に「七振りの剣と九本の槍」が贈られているが、槍のうち二本がFionnのものとして、剣七振りに対して八人ということは、列挙された武器の名前のうちどれか一つは剣ではなく槍を指しているはずである。
文中ではそれぞれの説明にlann(剣)やcloidhme(剣)が付随しているが、DrithlinnとGearr na gColannとÉchtachにはない。このうちGearr na gColannは別の詩(XX、104と105行目)でオスカーの剣の名前として言及されている。
同書第三巻の用語集を見ると、Mac an Luin(Fion)、Drithlinn(Diarmaid)、Créchtach(Caoilte)、Fead、Fí、Fosgadh(三兄弟)、Gearr na gColann(Oisin)については「sword(剣)」としているのに対し、Mac LughachのÉchtachについては「weapon(武器)」と表記されている。
用語集を見るにÉchtachが槍候補にあがってくるが、一方でDrithlinnを剣とみなしている理由についてはよくわからない。
●troigh mhná troghain●
19節の「troigh mhná troghain」について、第二巻では「the pangs of a woman in travail(?)」(産気づいた女の苦しみ?)としているが、同第三巻でこれは誤りだと注釈をつけている。用語集のtroghainの項目ではMeyerの記述を引用しつつ、「mná troghain」が戦いに関係するもので、troigを「足」、mná trogainを「雌の烏=モリガンのような戦女神の暗喩」と考察している。
これについて、Sharon Arbuthnot(2017)の「The phrase troig mná trogain in exhortative speech(『勧告的な話し方における「troig mná trogain」というフレーズ』?)」では、「雌ガラスの足=戦女神の足」で「(クーフーリンの最期のように)カラスの姿をした戦女神(モリガン)に踏まれる⇒破滅的な最期を暗示させる言い回し」ではないかとしている。
一見してこれらの意見は正しいように思える。ただし反論等についてまでは確認できておらず、これらの解釈を公平な視点で判断できていない点を踏まえて、本文ではそのままにしておいた。
・バージョンについて
今回和訳したのは『Duanaire Finn』に収録されている話であるが、この物語には様々なバリエーションや派生、影響作品が存在する。
全体のあらすじが似ているものとしては、John O'DonovanとEugene O’Curryの「The antiquities of County Clare」(1997)収録の「The Legend of Lon Mac Liomtha」があり、こちらは日月日氏による和訳記事がある。今回の和訳でも参考にさせていただいた。
他にはJ. F. Campbellの「Popular Tales of the West Highlands」第三巻(1890)収録の「LXXXV. The Song of the Smithy」がある。こちらでは鍛冶師たちの腕はなんと七本(!)となっている。
鍛冶師や剣にまつわるエピソードとしては、ジェイムズ・マクファーソンの『オシァン』や、ソフィア・モリスンの『マン島の妖精物語』収録の「キタランド」などがある。
『オシァン』では「スカンディナヴィアの鍛冶師ルーノが鍛えた剣<ルーノの息子>」が言及されるに留まるが、「キタランド」では後半のあらすじがほぼ近似してくる。鍛冶師が王に競走を挑み、代理で一本足の従者が王の相手となり、鍛冶場の扉まで走る。鍛冶師の金床を壊してしまうのはバレンの民話版と通ずるところがある。
英訳がないゲール文字オンリーの資料としては、Campbellが脚注で挙げている二冊がある。
John Gilliesの「Sean dain, agus orain Ghaidhealach」(1786)p.233
と、
Hugh and John MacCallumの「An original collection of the poems of Ossian, Orrann, Ulin, and other bards, who flourished in the same age」(1816)p.216
で、どちらも同様の物語が収録されていると思われるのだが、詳細はわからない。
なお鍛冶師の名前はそれぞれ
・Gillies版:Lun Mac-Liobhain
・MacCallum版:Luinn mac Liobhuinn
となっている。
●おわり
今回はマク・ア・ルインの来歴に関するエピソードとして、『Duanaire Finn』の物語を和訳した。
一つ目一本足の異形は日本でも鍛冶師のメタファー的なもの(一本だたら、天目一箇神)として見なされることがあるが、洋の東西で似た伝承があるのは興味深い。
またCaoilteの名前の来歴譚にもなっているのにも注目したい。
やや紆余曲折あったが、フラガラッハの能力(対峙した相手に、出産する女の強さだけを残す)に似た記述が出てきた時には関心が高まった。その後どうも誤訳らしいという話で低まったが。
なお、フラガラッハのほうは「mna seolta」なので、今回の「mná trogain」とは無関係であろう。たぶん。
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