見出し画像

ウェッブ宇宙望遠鏡が、はるか彼方の、はじまりの光を捉える

2023年は、宇宙関連の大ニュースが多発する年になりそうだ。

私は天文学に明るくないのだが、それでもニュースメディアで「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」の記事をよく見かけるようになり、気になって調べてみたら、これが面白い。


■41光年先の惑星
2023年1月に話題になったニュースは「ウェッブ宇宙望遠鏡が、地球とほぼ同じ大きさの、太陽系外惑星を確認した」という内容だった。地球からの距離は約41光年。宇宙の話題にしては、そんなに遠くない星に聞こえる。地球から目視できるアンドロメダ銀河ですら、約250万光年先で、それよりはるかに近い。それがどうしてニュースになるのだろう…と思い、記事をよく読むと、この惑星発見の価値が分かってきた。

なにしろ確認したのは「惑星」なのだ。惑星は光っていないので、恒星よりもはるかに観測が困難だ。この惑星からは、視認できるほどの光は届いていないので、間接的な観測方法で実態を把握するしかない。

見えない惑星を知るため生み出されたのが「惑星が、恒星の前を通過する間に観測する」という方法だ。惑星が通過している時間帯は、惑星が重なっている面積の分だけ、恒星から受ける光度がわずかに減る。つまり恒星の「日食」の様子を観測することで、惑星を知るのだ。この観測方法を「トランジット法」というらしい。食の推移によって、惑星の半径や、公転速度を読み取れる。

また、惑星の質量は、主星である恒星の質量さえ分かれば、そこから計算できる。というのも、惑星と恒星は互いの重力で引っ張り合っているため、恒星の方も、惑星から受ける重力の影響により、その場で揺れるように、若干、位置を変えているのだ。その揺れの幅を測定すれば、惑星側の重さが計算できる。これを「ドップラー法」という。(ちなみに恒星は、明るささえ分かれば、そこから質量が推測できるそうだ)

こうして惑星の半径と質量が分かると、そこから惑星の比重も算出できる。そして、比重が分かると、惑星の物質組成を推測できる。組成から「地球型惑星」かどうかが分かる。

望遠鏡から分かることは、それだけではない。惑星が恒星の前を通過するとき、恒星が発する光の一部は、惑星の上層の大気をかすめたのちに、望遠鏡まで届く。その際の、光のスペクトルを分析すれば、惑星が持つ大気の成分を特定できるのだ。その方法を「トランジット分光」というそうだ。

ここまで聞いて、手法の巧みさに感心してしまった。この惑星は、まだ姿自体は撮影できていないのだ。にもかかわらず、半径、公転速度、質量、大地の組成、大気の成分‥と、見えないなかで、わずかな手がかりから、真相を手繰り寄せていく。その様に、安楽椅子探偵の小説を読むような楽しみを感じる。

* * *

NASAは、地球とサイズが近い惑星に的を絞って、詳細な観測を行っている。これは「地球外生命」の可能性を探っているからだ。生命が存在しえる気圧と温度の条件を兼ね備えた惑星。それは、大まかにいうと「水が、液体の状態を保てる惑星」ということになる。蒸発してしまうほど暑くてもNG。凍ってしまうほど寒くてもNG。この条件の範囲内に収まる惑星を「ハビタブルプラネット」と呼ぶ。

惑星の比重も重要だ。惑星の比重が大きいほど、生命がいる可能性は増す。一般に「地球型惑星」と呼ばれる惑星は、液体金属の核と、ケイ素やマグネシウムでできたマントルを持つ。これらがある場合、生命誕生に重要な海や大地を持つ可能性が増す。太陽系でいえば、水星、金星、地球、火星が、それにあたる。この4つの惑星は、いずれも比重が3.9を超えている。(それ以外の太陽系惑星は、もっと軽い。軽い場合は、氷塊かガスの塊であると予想され、生命がいる可能性は低い)

また、大気の成分も、生命誕生に大きな影響を持っている。まず、二酸化炭素など「温室効果ガス」が多いほど、惑星の気候は温暖に安定するため、生命誕生に有効に働きやすい。加えて、メタンガスの量は、生命誕生のきっかけとなる成分として重要となる。大気の成分分析は地球外生命発見のために不可欠なのだ。41光年先の惑星に対して、大気の成分を調べられるほどの高精細な望遠鏡があれば、生命存在の発見も、少し現実に近づく。

今のところ、この惑星は表面温度が高いこともあり、金星に近いのではないか…という予想が立てられているが、正確な結果が分かるのは、2023年夏予定の追加観測の結果によるらしい。今から楽しみだ。


■ウェッブ宇宙望遠鏡
ウェッブ宇宙望遠鏡は、略してJWSTと呼ばれる。JWSTの観測成果発表が開始したのは、2022年7月ごろからだ。そこからわずか半年で、続々と新たな発見を重ねている。「JWST 写真」と検索すれば、その成果が垣間見えるかもしれない。

JWSTは、ハッブル宇宙望遠鏡の後継機として開発された。先代であるハッブル宇宙望遠鏡は1990年に打ち上げられ、その後30年以上も稼働を続けている。次世代機のJWSTも1997年には計画が始まっていたが、開発は難航し、24年を経て、ようやく2021年12月に、打ち上げに成功した形になる。

JWST(出典: NASA)

JWSTはビジュアルも独特だ。機能に特化した末のデザインではあるが、鮮やかな鏡面の色使いとパターンデザインが相まって、どこか映画「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」の宇宙船を思わせるようなフォルムだと思う。

JWSTの特徴や逸話については、語り切れないほどあるが、主だったものは以下だ。

総開発費は1.1兆円と言われている。計画を開始した時点の想定予算から、20倍以上に膨れ上がった。当初の打ち上げ予定年は2007年だったが、開発は10年以上伸びた。

・その高額な開発費から、たびたび米国議会では、計画中止が叫ばれたが、一方で意義の重要性から、存続を求める天文学会や国際紙の意見もあり、それに押される形で計画は進められた。

・JWSTが浮かんでいる場所は、ラグランジュ点と呼ばれ、地球から150万km離れている地点だ。つまり、月より遠い。

※ラグランジュ点とは、「ふたつの星の、重力の影響が釣り合う点」だと思ってもらえればいい。ガンダムが好きな方は、劇中、ラグランジュポイントにコロニーが置かれていたのを覚えているだろう。あれは「地球と月のラグランジュ点」だ。今回、JWSTが置かれたのはそれよりは遠い「太陽と地球のラグランジュ点」である。

・JWSTは、可視光線だけでなく、赤外線域を観測できるのが特徴である。それもかなり微弱なものまで受信できる。ハッブル宇宙望遠鏡と比べると、概ね100倍の暗さの星を捉えられる。これは、JWSTが背負う最重要ミッションに深く関わっている。

・微弱な赤外線を観測するためには、機体を極低温に保ち、かつ、地球と太陽、両方の赤外線の影響を遮断する必要がある。そのため、設置軌道にラグランジュ点が選ばれた。

ラグランジュ点(正確にいうと、L2点)にいれば、太陽、地球、望遠鏡の3つは一直線上に並び、ちょうど星の重力と、衛星の速度が均衡して宙に浮かんだまま、位置を保つことができる。望遠鏡から見て、地球と太陽は同じ方角に並ぶため、その面に遮光板を設けることで、地球や太陽からの赤外線を遮断できる。

・観測に必要な反射鏡が直径6.5メートルと巨大なため、通常の打ち上げロケットには収まらない。そのため、打ち上げ時点では、機構を折りたたんだ形で発射し、軌道に乗せてから、それを展開する‥というアプローチが採られた。

・その展開の段階でトラブルが起これば、計画が即座に破綻する。(ハッブル宇宙望遠鏡は初期不良に対し、宇宙飛行士が現地へ赴き、手作業で修繕作業を行ったこともある。JWSTは150万km先なので、修理することは不可能だ)そのため、打ち上げ段階で、安定して成功する設計精度が求められるプロジェクトだった。そのため、綿密なテスト工程が必要となったこともあり、開発は難航した。

・JWSTの開発が手こずる間、ハッブル望遠鏡の稼働を予定より延長する形で、宇宙研究は行われた。ハッブル宇宙望遠鏡は当初予定の2倍以上稼働して、間をつなぎ、たくさんの成果を出した。


以上、ひとつひとつのスケールが大きい話だ。

NASAが開発に費やした1997~2021年の24年間に、アメリカの大統領は5人を経て、アフガンとイラクとシリアで戦争をした。そのあいだも、JWSTは、ずっと構想と開発が続けられていたということになる。

その間に、半導体の集積性能は1000倍以上、伸びた。現在、JWSTには、68GBのSSDがストレージとして搭載されて、150万キロ先の宇宙を漂っている。

■はるか彼方にある、はじまりの光
JWSTが持つ最重要ミッションは、宇宙誕生の約2億年後以降に輝き始めたとされる「ファーストスター」を初観測することである。そのためには、約136億年前に生まれた、はるか遠い星が発する微弱な赤外線を観測できる必要がある。ファーストスターの実態が分かれば、初期の宇宙で本当に何が起きたか解明できる可能性が広がる。

ハッブル宇宙望遠鏡では、30年かけても、ファーストスターは発見できなかった。JWSTの持つ性能ならば、その深淵に辿り着いてくれるに違いない。

その他のミッションとしては、「太陽系の9つ目の惑星を見つける」という任務もあるようだ。(通称プラネット・ナイン。2014年より存在が提唱されているが、まだ観測はなされていない星)これは、JWSTの観測能力をもってすれば、直接の発見が近いうちに叶う可能性が十分にある。それも興味深い。

過去30年以上、進展できなかった宇宙の発見が、2023年以降、JWSTによって、立て続けに報告される可能性がある。今年は面白くなりそうだ。


<参考文献>
ウェッブ宇宙望遠鏡が、41光年先で地球サイズの太陽系外惑星を確認
https://sorae.info/astronomy/20230114-lhs475b-webb.html

太陽系外惑星の発見方法
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AA%E9%99%BD%E7%B3%BB%E5%A4%96%E6%83%91%E6%98%9F%E3%81%AE%E7%99%BA%E8%A6%8B%E6%96%B9%E6%B3%95

地球型惑星
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E7%90%83%E5%9E%8B%E6%83%91%E6%98%9F

太陽系の惑星の密度
https://jiom.hatenablog.com/entry/20140302/p1

ハビタブルゾーンとハビタブルプラネット
http://www.exoplanetkyoto.org/study/habitable/

生命が存在できる惑星の条件
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20170414-1.html

生命誕生とメタンガスの関係
https://www.infobae.com/jp/2022/04/01/methane-could-be-the-first-sign-of-life-beyond-earth/

JWSTの開発費
https://www.youtube.com/watch?v=9SFGyJd8JG4

JWSTのミッション
https://www.kodomonokagaku.com/jw_3

JWSTに期待される発見
https://creators.yahoo.co.jp/uchuyabaichkyabechi/0100197358

プラネットナイン
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO75552470Y1A900C2000000/

サポートも嬉しいですが、フォローしていただけるのが何より嬉しいです。よろしければ