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心理学紹介-5

このnoteを書いたのは西田さん

「心」という構成概念

心理学的な「心」とは、繰り返しになりますが目で見ることも触ることもできません。近年の脳科学の発展によって、怒りや怖れという単純な情動については、扁桃体という脳の部位が重要な役割を果たしているということはわかってきましたが、心理学では前に例として心理的ストレス反応を挙げたように、もっと複雑な「心」の現象も研究対象としています。

しかし、そういう複雑な「心」が人間の脳内のどのような物理的実体によって成り立っているのか、他の身体機能とどのように関連しているのかといったことは、まったくと言っていいほどよくわかっていません(そもそも、「心」の物理的実体を特定したいと思っている心理学者も多くはないでしょう)。

このように、直接見たり触ったりすることができない、しかしある現象を理論的に説明するために導入する概念のことを、「構成概念」といいます。構成概念それ自体を観察することができませんが、その代わりに、観察可能な事象を通して記述や測定をします。そして心理学では、「心」の構成概念を適切に記述、測定できているかどうかの基準について、長く議論を続けてきました。


妥当性と信頼性

ここからは話をシンプルにするために、議論を質問紙法で使われる心理測定尺度の適切さにしぼります。心理測定尺度の主題となっている構成概念を適切に測定できているかどうかを議論する際には、妥当性と信頼性という2つの基準を参考にすることが有効です。それぞれを簡単に紹介します。

妥当性とは、研究の主題にしている構成概念を的確に知ることができている程度のことです。そして 信頼性とは、構成概念の測定が安定している、あるいは一貫している程度のことです。

この2つの違いをわかりやすくするために、例として水の温度を測りたいときにどうすれば良いかを考えてみましょう。この例では、計量器でも定規でもなく、温度計で水の温度を測定したときに、「測定の妥当性がある」と言うことができます。測りたいのは長さでも重さでもなく温度なのですから、温度を測ることができるものを用意しなければならないということです。

一方でこの例での信頼性とは、用意した温度計が安定して動くかどうかにかかっています。温度計を持っている人の手の体温や周囲の温度に影響されて水の温度計測がうまくできないことがあれば、この温度計は信頼できないものとなってしまいます。

では、妥当性と信頼性は、実際の研究ではどのような基準で評価されているのでしょうか。

妥当性は、まずは構成概念をその研究の方法によって偏りなく測定できているかどうかによって評価できます。前に出てきた「心理的ストレス反応尺度」は、全部で53個もの質問項目から構成されていました。心理的ストレス反応について知りたいとき、「あなたはストレスを抱えていますか?」というような1つの項目だけではなく、なぜそんなにも多くの質問をする必要があるのでしょうか? しかも悲しみや泣きたい気持ちだけではなく、無気力さや落ち着かなさという状態についても質問する必要があるのはどうしてでしょうか?

それは、心理的ストレス反応という概念が、悲しい、泣きたいというネガティヴな気持ちだけではなく、怒りっぽさ、制御できないネガティヴな思考、集中力や気力のなさといった様々な側面から成り立つものだからです。こうした側面を偏りなく測定するための複数の項目を用意することで、心理的ストレス反応の測定の妥当性を高めているのです。

また、妥当性は理論的に想定される別の概念との関係が実際にあるかどうかといったことによっても評価できます。たとえば心理的ストレス反応尺度で高得点を取った人、つまり心に大きなストレスを抱えている人が、別の調査で頭痛や腹痛、不眠などの身体的ストレス反応と思われる症状にも悩んでいることがわかれば、この尺度が心理的ストレス反応を測定するためのセットとして妥当なものだと言いやすくなります。

 
次に、信頼性は複数の研究者によって尺度の内容や文言をチェックしたり、何度かプレテストを行ったりして検証します。

質問紙法ではあらかじめ用意された質問紙を対象者に見せて回答してもらいますが、質問に書かれている文章が難解であったり、意味が曖昧であったり、質問項目があまりにも多すぎたりすると、回答する人の読解力や集中力という偶然的な要因によって、回答が歪んでしまうということが考えられます。こういった調査時の偶然的な要因(調査場所はどこか、調査員は誰か、調査対象者の能力やその時々の気分など)に影響を受けずに、測定したい構成概念を安定して測定できているようにしなければなりません。そこで、質問の文章をできるだけわかりやすく中立的なものにしたうえで、同じ対象者に複数回同じテストを受けてもらう、内容が似ている別のテストを受けてもらったりするという検証を行います。こうして、安定的で一貫した回答を得ることができる質問を作っていきます。


心理学の学問らしさ

小難しい話になってきたと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、実はそこまで難しく考える必要はありません。こういった議論が主張しているのは要するに、「『心』について自分が知りたいことを、どうすれば十分に、正確に知ることができるのか」を、心理学者はいつも自問しなければならないということです。最初に紹介した心理テストのようなライトな心理学と学問としての心理学の違いはまさに、「心」を知る方法の妥当性と信頼性が高いかどうかにかかっています。

こうして書いてみると、より良い研究方法を模索していくことなんて当たり前だよと思われるかもしれませんが、これが意外にかなり難しい課題です。「心」とは、直接見たり触ったりすることができず、言葉やふるまいによっていくらでも嘘をつくことができてしまう、本人でさえ自分の気持ちをわかっていないこともあるくらい、知ることが難しいものです。だから、どうすれば「心」を知ることができるのかを問い続け、より良い研究方法を築いていく必要があります。そしてそのようなあり方こそが、心理学の「学問らしさ」の一端を担っているのです。


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